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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
3.白い百合の髪飾り
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5

 結論から言うと、その部屋は女子棟にあった。


 ロビンは長いこと入るのをためらっていたが、特別に立ち入り許可が下りていたこと、そして私の強引な説得に応じて(折れたともいう)、無事女子棟に足を踏み入れたのだった。


 そんな彼は私の後ろを落ち着かない様子で歩いている。

 私たちの使っているフロアとはまた別の階ではあるが、構造なんてどこも似たり寄ったり。廊下には窓があって、その反対側にずらりとドアが並んでいる。

 とくに面白みのない風景だった。


 他の生徒に鉢合わせることもなかった。

 うん、よかった。これで誰かと出会ったらロビンが可哀想すぎる。


「ノエルさんが手伝ってくれて正直助かりました……僕一人だったら入れなかったですもん」

「逆に私が手伝うって言わなかったら、どうするつもりだったんだろう。ユーリは」


 とっさに暗号の内容を変えることはたぶんできないだろう。

 まさかロビン独りで女子寮に乗り込ませるつもりだったのか。

 ……ユーリ、恐ろしい子。



 顔が若干青ざめているロビンを引き連れ、目的の部屋にたどり着いた。

 間取りも特段他の部屋と変わらない、二人部屋のそれだ。

 ベッドには埃避けのカバーがかかっていて、空っぽのクローゼットのドアが開け放たれていた。


「空き部屋だったんですね」


 心なしかロビンはほっとしたような表情を浮かべた。

 これで誰かの私室だったら気まずいにも程がある。


 生活感のない部屋の中央にはぽつんと金庫が置かれていた。これは明らかに備品ではない。

 となると、ユーリか。


 私は迷わず金庫の傍に寄ると、ノブに手をかけ――ひねる。


「……やっぱ開かないか」


 がちゃがちゃ、と金属の触れ合う音が虚しく響いた。

 まあそうだよね。ここで鍵がかかっていなかったら、金庫が登場する意味がない。


 金庫はよくある、0から9までの数字の付いたダイヤル式のものだ。

 次はこの番号を突き止めないといけないみたいだ。


 ロビンはぐるりと金庫の背後に回り込むと、


「あ、カードが」


 と言ってもはやおなじみになった白いカードを手にした。裏側に貼り付けてあったらしい。


「これもさっきと同じ妖精暗号みたいですね」


 ロビンが見せてくれたカード。中身はこんな感じだ。


『【夢】はナイフ。【闇】はフォークである。

【水】【風】【土】は夢で切り分け、【火】二つ闇で掬う。

最後に【光】を夢で一つ切る』


 さっきより文章が長くなっているんだけど……。


「ええと、【水】【風】【土】、あと【火】はさっきと同じ法則でいいんですかね」

「たぶん……。他にヒントもないし。あとは【夢】と【闇】と【光】かぁ」


 言いながらちらりと金庫に目をやる。

 ダイヤル式。開錠するにはダイヤルを合わせるべき数字と、回す方向が必要だ。

 数字はさっきの暗号で判明している。あとは……


「どちらに回すか、か」


 二分の一なわけだから、順番に試していけば正解は分かる。

 けど、ユーリ的に言わせれば『そんなのナンセンス』というものだ。

 ここまで来たら徹底的に解いてやろうじゃないの。


「ナイフとフォークかぁ……土はともかく、水や風は切り分けられないと思うんだけど。物理的に」


 といいつつ、エアーナイフとエアーフォークを構え、きこきこと動かしてみる。

 ……うん。空気はやっぱり切れそうにない。

 そんな私の手元を見て、ロビンも苦笑いを浮かべた。


「火も掬えませんもんね……って、あ⁉」

「ど、どうしたの」


 いきなり叫んだと思ったら、ロビンはなぜか自分でもナイフとフォークを構える仕草をしはじめた。


「まさかエアー食事」

「エアー食事ってなんですか……。そうじゃなくて、手を見てください。ナイフとフォークを持ってる手」


 私が見つめると、ロビンはナイフを持っている方の手をあげた。


「ナイフは通常右手で持ちますよね。で、フォークは左手」

「つまり……?」

「この暗号の【夢】はナイフ……右を示す。そして【闇】は左を示しているってことですよ」

「な、なるほど!」


 私はポケットからメモ帳を取り出すと、改めて暗号文を書き下した。


【2】【3】【1】の順で右方向に回し、【4】を二回、左方向に回す。


 そして最後に【光】を……ん? 光?


「光ってなに?」


 並び的に数字なんだろうけど、何が当てはまるのだろう。

 光の妖精といえば、創国の物語の上では妖精王のことを示す。


「他の妖精は登場する順番があって分かりやすかったんですけどね」


 一番目に土の妖精が大地を作って……ってやつだ。

 これらの妖精は妖精王の光に導かれて、この国に降り立ったという。

 つまり妖精王はこの国に一番最初に降り立った妖精……。


「あ!」


 ダイヤルをつかむと、慎重に右に回す。

 目盛りが0になったその時、カチリと金庫の扉から音が鳴った。


 ドアの持ち手を下げると……動く!


「やった!」


 思わずガッツポーズ。


「どうして0だと?」

「妖精王は他の妖精よりも先にこの国に降り立った……1よりも前の数って言ったら0かなって思って」


 それにしても、この一ひねりある感じがなんともユーリっぽい。

 もう、回りくどいんだから!


「中を見てみましょう」


 ロビンは私と位置を交代して、扉を開ける役を買って出てくれた。

 危険なものはまさか入っていないと思うけど、念のため慎重にドアを開く。


 ゆっくりとロビンが中身を引き出した。


「手鏡?」


 現れ出たのは金のフレームが美しい、円形の鏡だった。

 鏡面はしっかりと磨かれていて、のぞきこんだロビンの瞳を綺麗に映し出している。


「これ、ユーリのものだよ」


 裏面には小花の彫り物がされているだけのシンプルなデザインは、ユーリが幼少の頃に奥様――ユーリのお母さんから譲り受けた物だ。


 ユーリはかなり気にいっているらしく、日常的に使っているから私も見覚えがある。


「それじゃあこれを会長に返せば、僕はテストに合格、なのかな」


 ロビンは鏡を私に差し出した。受け取り、割れないようにハンカチにくるむ。


「あ、そうだったね……」


 そういえばこれ、テストだったっけ。いつの間にか頭の中からすっかり抜けていた。

 そんな私の反応を見たロビンは苦笑いを浮かべた。


「ノエルさん、実はそんなにパートナーになる気ないですよね?」

「え」


 そ、そんなことはない……と思うんだけど。


 いや、心の底から「なりたい!」っていうわけでもないけど。

 なんて返せばよいかわからず口をぱくぱくさせていると、


「いいですよ、誤魔化さなくても。なんとなくわかってたんで」


 心の広いロビンはそう言ってくれた。


「ご、ごめん……せっかく誘ってくれたのに」

「いや、僕こそいきなりすみませんでした。驚かせちゃいましたよね」


 それは、多少は。

 とハッキリ言うわけにもいかず、曖昧に笑っておく。


 ロビンはポケットから髪飾りを取り出した。私に渡そうとしていた白い百合の髪飾りだ。

 生花だというのに、相変わらず瑞々しく花びらを開いている。


「本当は言うつもりなかったんですけど……変ですよね。これを見ていたら、口が勝手に……」

「えっ……」


 思わず私も髪飾りをじっと見る。

 綺麗だな。そのくらいのことしか感じない。


 でも、そう思ったのがロビンだというのなら、話は別だ。


 クラブハウスの件で、彼が少しだけとはいえ妖精を見ることができると分かっているのだ。

 もしかして、また――


「あの、ちなみにこれ、どこで買ったの?」


 情報を少しでも持ち帰りたい。その一心で尋ねた。

 しかし、


「ああ…………えっと……」


 歯切れが悪い。


「……分からない?」


 ロビンが眉間にしわを寄せ、うなずいた。

 ……これは、もう確定だろう。


「早くユーリの所に戻ろう。なにかおかしい」


 ハンカチでくるんだ手鏡を制服の内ポケットにしまう。

 ロビンの背を押して、部屋の出口に向かった。

 

 が。


「うわぁ、っ!?」


 ああ――遅かった。

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