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食堂を後にして寮へと向かった。
アスター学園の生徒は全員寮生活を送るという規則がある。
全校生徒を収容できる建物は男子棟と女子棟、そして食堂などがある共用棟の三棟から成り、男女合わせて四百の部屋がある。
私とロビンは共用棟の一階に足を踏み入れた。
放課後とあって、帰宅部の生徒を中心に玄関ホールは混み合っている。
特に変わったところのない、いつもの学生寮の風景が広がっている。
「手紙を見よ、だよね」
暗号文の中身を思い出す。
ざっと目に着く範囲を見回した。床、棚の上、壁の掲示板。
どこにも手紙らしきものは見当たらない。
「さすがにぱっと見で分かるようなところには隠しませんよね……」
はは、とロビンが困ったように笑った。
「逆に言えば、すぐ目に付かないところに隠しているってことか」
手紙、手紙……あっ。
「あるじゃん、手紙が沢山あるところ」
ロビンをうながし玄関ホールを横切る。
ホールの隅の壁をそろって見上げた。
「なるほど。郵便受けですか……」
同じ形、色の郵便ポストがびっしりと壁を埋めている。
縦に十個、横に四十個の並びで、その数は合計四百個。
部屋番号の書かれたプレートがそれぞれに取り付けられていた。
生徒の郵便物はすべてこの郵便ポストに届き、毎日自分たちの責任で回収する決まりになっている。
それはともかく、だ。
手紙のありそうな場所は分かった。でも……これは。
私はふう、と重たい溜息を吐く。ロビンも同じ気持ちなのだろう。少し口元が引きつっていた。
「四百個のポストを調べるのは大変そうですね」
「律儀に見てたら日が暮れるよねぇ」
そんなナンセンスなこと、あのユーリ・ネメシアがするだろうか。……しないだろうなぁ。
「ってことは、やっぱりこっちのヒントが必要ってことだね」
ロビンに二枚目のカード――創国の物語が書かれている方を見せてもらった。
「何回読んでも創国の物語以外の何物でもないんだけど」
ロビンは一枚目のカードをその横に並べた。
視線が二枚のカードの間を忙しなく動く。
やがて、
「ん……?」
ロビンはぱちりと目をしばたたかせると、一枚目のカードを指さした。
「この、【土】と【風火】という部分ですけど、二枚目のカードにも同じ言葉が出てきますよね」
言われてたしかに、と思う。
【土】は大地を作った土の妖精。【風】は混沌を吹き飛ばした風の妖精。そして、【火】は凍てついた空気を温めた火の妖精と一致する。
でもそれが一体なんなんだ、と思いかけてと気づいた。
ユーリの綻んだ微笑みと共に付け加えられた言葉が頭の中に浮かぶ。
『あなたが手伝うなら、ちょっと簡単すぎるかもしれないけど』
つまり、ロビンには分からなくて、私にしか分からないことが、この暗号の中にある。
ユーリとは長い付き合いだ。
きっと昔、二人で共有した何か。
なんだろう……。
記憶の引き出しを片っ端から開けていく。
そしてたどり着いた。
「妖精暗号だ……!」
「妖精、暗号……?」
初めて聞きました、とロビンが首を傾げた。
それもそのはず。これは私とユーリが小さい頃に作ったオリジナルの暗号なのだ。
それこそユーリが呪いにかかる前のことだ。
当時の彼女、いや彼は今の姿からは想像もつかないほどに引っ込み思案で、大人しい子供だった。
外で駆け回るよりも、屋敷の中で本を過ごして読むような、そんな日々を送っていた。
まあ、ネメシア家の跡取りとして、軽々しく外に出かけるともできなかったというのもあるんだけど。
唯一の年の近い子供だった私は、両親の頼みもあってユーリと遊ぶ機会が多かった。
その時に退屈なお屋敷の中での遊びとして考えたのが『妖精暗号』だ。
大人に分からないような手紙とか書いて、二人でこっそり交換したりしてたっけ……。
と、懐かしい思い出に心を馳せている場合ではない。
「たしか解き方は……」
暗号を生み出したのが私たちであれば、当然復号の手順も覚えているはず。
ユーリはそう踏んで、「ちょっと簡単すぎる」なんて言ったのだろう。
思い出という引き出しの中から取り出した記憶によると、必要なのは『創国の物語』だ。
「妖精暗号として考えるなら――」
ロビンから創国の物語が書かれている方を受取り、ポケットからペンを取りだす。
まず、妖精を示す言葉――【土】【水】【風】【火】に丸をつける。
「で、この四つの妖精には物語に登場する順番があるから、それをそのまま当てはめればいい」
すなわち、『一番目の土』『二番目の水』『三番目の風』そして、最後――『四番目の火』だ。
「この順番を数字として、もう片方のカードに当てはめると――【1】と【32】の交わる箇所が手紙の在りかだね」
ポストの並びは縦に十個、横に四十個だから……。
「一番上の段の三十二番目……ここだ!」
「寮長先生呼んできます!」
ロビンが走って玄関ホールの方へと戻っていく。郵便ポストには鍵がかかっていて、通常その部屋に入室している生徒しか開けることができないのだ。
でも寮長先生はスペアを持っているはず。
ややあって、ロビンが寮長先生を連れて戻ってきた。……前、深夜に遭遇したのとは別の、女性の先生だ。
事情を説明すると、あっさりと寮長先生はポストの鍵を開けてくれた。
もしかしたら、事前にユーリの根回しがあったのかもしれない。
……あいつならそれくらいのこと、やってのけるだろう。
とにかく、これでユーリの課題はクリアのはずだ。
「早く開けてユーリに届けよう」
そしてこの早業を驚かせてやる……。
なんて野望を胸の奥に秘めつつ、私とロビンは揃ってポストの中をのぞいた。
そこには――
「またカード!?」
ぽつんと一枚、先ほどと同じデザインのカードが置いてあった。
ユーリめ、面倒なことを……!
ロビンも苦笑いを浮かべつつ、
「あ、まだ何か一緒に入ってますよ」
とポストに手を突っ込んだ。
本当だ。よく見るとカードの下に不自然な隙間が見える。
ロビンの指がカードを持ち上げると、鍵が出てきた。
「これって、寮の部屋の鍵ですよね」
「うん、ナンバープレートもついているし」
「この部屋に行けってことですかね……」
まあそれ以外に考えられないだろう。
「よし、行ってみよっか」
うなずいて、私が一歩足を踏み出す……が。
「あ、その前に」
ロビンが声をあげ、私は中途半端に動かした足をぴたりと空中で止めた。
「な、なに?」
「その部屋って……女子棟ですか?」
「あ」




