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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
3.白い百合の髪飾り
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4

 食堂を後にして寮へと向かった。


 アスター学園の生徒は全員寮生活を送るという規則がある。

 全校生徒を収容できる建物は男子棟と女子棟、そして食堂などがある共用棟の三棟から成り、男女合わせて四百の部屋がある。


 私とロビンは共用棟の一階に足を踏み入れた。


 放課後とあって、帰宅部の生徒を中心に玄関ホールは混み合っている。

 特に変わったところのない、いつもの学生寮の風景が広がっている。


「手紙を見よ、だよね」


 暗号文の中身を思い出す。

 ざっと目に着く範囲を見回した。床、棚の上、壁の掲示板。

どこにも手紙らしきものは見当たらない。


「さすがにぱっと見で分かるようなところには隠しませんよね……」


 はは、とロビンが困ったように笑った。


「逆に言えば、すぐ目に付かないところに隠しているってことか」


 手紙、手紙……あっ。


「あるじゃん、手紙が沢山あるところ」


 ロビンをうながし玄関ホールを横切る。

 ホールの隅の壁をそろって見上げた。


「なるほど。郵便受けですか……」


 同じ形、色の郵便ポストがびっしりと壁を埋めている。


 縦に十個、横に四十個の並びで、その数は合計四百個。

 部屋番号の書かれたプレートがそれぞれに取り付けられていた。


 生徒の郵便物はすべてこの郵便ポストに届き、毎日自分たちの責任で回収する決まりになっている。


 それはともかく、だ。

 手紙のありそうな場所は分かった。でも……これは。


 私はふう、と重たい溜息を吐く。ロビンも同じ気持ちなのだろう。少し口元が引きつっていた。


「四百個のポストを調べるのは大変そうですね」

「律儀に見てたら日が暮れるよねぇ」


 そんなナンセンスなこと、あのユーリ・ネメシアがするだろうか。……しないだろうなぁ。


「ってことは、やっぱりこっちのヒントが必要ってことだね」


 ロビンに二枚目のカード――創国の物語が書かれている方を見せてもらった。


「何回読んでも創国の物語以外の何物でもないんだけど」


 ロビンは一枚目のカードをその横に並べた。

 視線が二枚のカードの間を忙しなく動く。


 やがて、


「ん……?」


 ロビンはぱちりと目をしばたたかせると、一枚目のカードを指さした。


「この、【土】と【風火】という部分ですけど、二枚目のカードにも同じ言葉が出てきますよね」


 言われてたしかに、と思う。


 【土】は大地を作った土の妖精。【風】は混沌を吹き飛ばした風の妖精。そして、【火】は凍てついた空気を温めた火の妖精と一致する。


 でもそれが一体なんなんだ、と思いかけてと気づいた。


 ユーリの綻んだ微笑みと共に付け加えられた言葉が頭の中に浮かぶ。


『あなたが手伝うなら、ちょっと簡単すぎるかもしれないけど』


 つまり、ロビンには分からなくて、私にしか分からないことが、この暗号の中にある。


 ユーリとは長い付き合いだ。

 きっと昔、二人で共有した何か。


 なんだろう……。

 記憶の引き出しを片っ端から開けていく。


 そしてたどり着いた。


「妖精暗号だ……!」


「妖精、暗号……?」


 初めて聞きました、とロビンが首を傾げた。


 それもそのはず。これは私とユーリが小さい頃に作ったオリジナルの暗号なのだ。



 それこそユーリが呪いにかかる前のことだ。

 当時の彼女、いや彼は今の姿からは想像もつかないほどに引っ込み思案で、大人しい子供だった。


 外で駆け回るよりも、屋敷の中で本を過ごして読むような、そんな日々を送っていた。


 まあ、ネメシア家の跡取りとして、軽々しく外に出かけるともできなかったというのもあるんだけど。


 唯一の年の近い子供だった私は、両親の頼みもあってユーリと遊ぶ機会が多かった。


 その時に退屈なお屋敷の中での遊びとして考えたのが『妖精暗号』だ。


 大人に分からないような手紙とか書いて、二人でこっそり交換したりしてたっけ……。

 と、懐かしい思い出に心を馳せている場合ではない。


「たしか解き方は……」


 暗号を生み出したのが私たちであれば、当然復号の手順も覚えているはず。

 ユーリはそう踏んで、「ちょっと簡単すぎる」なんて言ったのだろう。


 思い出という引き出しの中から取り出した記憶によると、必要なのは『創国の物語』だ。


「妖精暗号として考えるなら――」


 ロビンから創国の物語が書かれている方を受取り、ポケットからペンを取りだす。

 まず、妖精を示す言葉――【土】【水】【風】【火】に丸をつける。


「で、この四つの妖精には物語に登場する順番があるから、それをそのまま当てはめればいい」


 すなわち、『一番目の土』『二番目の水』『三番目の風』そして、最後――『四番目の火』だ。


「この順番を数字として、もう片方のカードに当てはめると――【1】と【32】の交わる箇所が手紙の在りかだね」


 ポストの並びは縦に十個、横に四十個だから……。


「一番上の段の三十二番目……ここだ!」

「寮長先生呼んできます!」


 ロビンが走って玄関ホールの方へと戻っていく。郵便ポストには鍵がかかっていて、通常その部屋に入室している生徒しか開けることができないのだ。


 でも寮長先生はスペアを持っているはず。

 ややあって、ロビンが寮長先生を連れて戻ってきた。……前、深夜に遭遇したのとは別の、女性の先生だ。


 事情を説明すると、あっさりと寮長先生はポストの鍵を開けてくれた。

 もしかしたら、事前にユーリの根回しがあったのかもしれない。


 ……あいつならそれくらいのこと、やってのけるだろう。


 とにかく、これでユーリの課題はクリアのはずだ。


「早く開けてユーリに届けよう」


 そしてこの早業を驚かせてやる……。

 なんて野望を胸の奥に秘めつつ、私とロビンは揃ってポストの中をのぞいた。


 そこには――


「またカード!?」


 ぽつんと一枚、先ほどと同じデザインのカードが置いてあった。

 ユーリめ、面倒なことを……!


 ロビンも苦笑いを浮かべつつ、


「あ、まだ何か一緒に入ってますよ」


 とポストに手を突っ込んだ。

 本当だ。よく見るとカードの下に不自然な隙間が見える。


 ロビンの指がカードを持ち上げると、鍵が出てきた。


「これって、寮の部屋の鍵ですよね」

「うん、ナンバープレートもついているし」

「この部屋に行けってことですかね……」


 まあそれ以外に考えられないだろう。


「よし、行ってみよっか」


 うなずいて、私が一歩足を踏み出す……が。


「あ、その前に」


 ロビンが声をあげ、私は中途半端に動かした足をぴたりと空中で止めた。


「な、なに?」

「その部屋って……女子棟ですか?」

「あ」

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