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この国では雨季が明けると夏の季節がやってくる。
日に日に気温は上がり、照りつける太陽の光は肌を刺すほどに強くなる。
しかし、このうんざりするような気候の中でもアスター学園は騒がしかった。
毎年のことだ。この季節の学生たちはみんな浮足立っている。
理由は主に二つ。
まもなくやってくる長期休暇、そして上期の終了日に行われる学園主催のダンスパーティのせいだ。
女の子たちはどんなドレスを着ようか、誰にエスコートしてもらおうか、とそこかしかで盛り上がっている。
男の子たちもまた、意中の子のパートナーになろうと贈り物や手紙やら、必死のアピール合戦中。
ここで結ばれるカップルもいるというし、ダンスパーティーというのはただの学校行事以上の価値があるのだろう。
……まあ、私には関係ないけどね。
だいたいこの手のものは、ユーリのところに男子生徒が殺到する。時々女子生徒も混ざっている。さすが才色兼備の生徒会長様、妖精姫様である。
私はそんな押し寄せる人波を上手いこと捌き、順番待ちの列を形成するのに手いっぱいで、気がつけばダンスパーティーも終わっている、という寸法だ。
それを別に不満に思ったことはない。
なんなら、今年は何人ユーリの所に来るかなぁ、なんて一人で賭けをし、その結果に一喜一憂しているくらいだった。
この学園に入学してから毎年恒例の行事。さすがにもう慣れた。
慣れたのだ、が。
「ノエルさん。僕のパートナーになってくれませんか!?」
まさか自分のところに申し込みがくるとは、予想外だった。
時刻は昼休み。生徒会の仕事に忙殺されているユーリの代わりに、昼食を購入しに行こうとした道中だった。
目の前でゆでダコのようになっている男子生徒には見覚えがある。
ええと、確か……
「クラブハウスの騒ぎの時に話を聞かせてもらった……」
「はい。美術部のロビン・ブレアムです」
そうだ。衣裳部屋の鏡に影(実は妖精だった)が映っていた、と証言してくれた彼だ。
それはいいのだが。
「なんで私……?」
彼とは授業も被らないし、特別交流があるわけでもない。顔を合わせたのだって、エリアルの事件以来だ。
思わず口にすると、彼はますます顔を赤くし、早口で言った。
「あ、あの時、あなたに一目ぼれして。ずっと、声をかけたかったんです……」
………………。
…………………想定外の事態すぎて、思わず固まってしまった。
自分で言うのもなんだが、一目惚れという単語と私がイコールで結びつかない。
「大丈夫? ユーリと間違えてない?」
「いえ、合ってます!」
合ってるんだ。へ、へぇ……。
「それで、もしまだ相手が決まっていなければ……僕のパートナーになってもらえませんか?」
未だフリーズから抜け出せない私に気づいていないのか、ロビンはどんどん次の手を打ち出してきた。
差し出されたのは髪飾りだ。
ダンスパーティーの伝統で、男性はパートナーの女性に髪飾りをプレゼントするというものがある。
あしらわれた大ぶりの白い花は生花をそのまま使っているようで、瑞々しい花弁を開いている。花以外の飾りは一切付いていない、シンプルなデザインだ。
って、他人事みたいに言ってるけど……ど、どうするのこれ!?
自慢じゃないけど、本っっ当に自慢じゃないけど、男性から誘われるなんて初めてのことだ。
な、なに言えばいいの。早くなんか言わないと。
頭の中はだいぶ騒がしいことになっていたが、声帯をどこかに置いてきてしまったかのように、一音にもならなかった。
こういうときに限って、百戦錬磨のユーリの言動も思い出せない。
突然投下された爆弾に、記憶まで全て吹き飛ばされたようだ。
ロビンは私の返事を真剣な顔で待っている。
なにか、なにか反応しなきゃ。
とにかくその一心で、無理やり口を開く。
そこに声が割り込んだ。
「ユリの花の髪飾り。珍しいけどいいセンスね」
「!?」
花弁と同じくらい白い手が横から伸びてきて、髪飾りをひょいと持ち上げる。
私とロビンは揃って肩を跳ねさせた。
「ユーリ!」
「ノエルの好みにも合っているし、まあ及第点といったところかしら」
謎の高評価。なんで上から目線。
「でも、残念。この髪飾りは受け取れないわ」
「なんでユーリが答えるの」
私まだ何も言ってないのに。
口を挟むものの、ユーリの口は止まる気配がない。
ついにはびしり、とロビンに指を突きつけ告げる。
「それでも、どうしてもノエルをパートナーにしたいって言うのなら……私の出したテストに合格してもらうわ!」
「本当に何言ってるの!?」
いくら妖精姫とは言え、こんなのメチャクチャだ。
声をかけてくれた人を試すだなんて、そんな失礼なこと許されるはずがない。
「ユーリ! 失礼なこと言わないで!」
思わず怒鳴ると、ユーリは一瞬目を見開いた。
が、すぐに、
「あなたは下がってて」
またぴしゃりと言われてしまった。
いや、本当に何様のつもりよあんた……!
「なんでユーリが出てくるのよ」
「ノエルは私の物だもの」
「あんたのモノになった覚えはないんですけど!?」
いつもだったらこんな風に怒鳴り合うことはない。私が大抵折れるから。
でも、今日はどうしてか、止まれなかった。
ユーリの行動が本当に、本っ当に理解できないからだろう。
「あ、あの!」
その時、ロビンが声を張り上げた。
そ、そういえばずっとほったらかしにしてたかも。
彼はユーリの方を見ると、
「……僕、そのテストに挑戦します」
そう言った。
ユーリは満足そうに微笑むと、ロビンの手にユリの髪飾りを乗せた。
「それじゃあ、今日の放課後生徒会室に来なさい。……それを持ってね」
ロビンは緊張した面持ちでうなずくと、一礼して去っていった。
口を挟む暇もなかった。
「さて、戻るわよ」
何事もなかったかのように、ユーリは歩き出していた。
「なんで勝手なことしたの」
その背中に問いかける。
こちらに顔を向けないまま、ユーリは答えた。
「……あなたは私の物だもの」
「だから、私はユーリの物になった覚えはない。たしかに補佐はしてるけど……」
行動を勝手に決められる筋合いはないはず。
そう続けるより早く――
「ノエル、彼のパートナーになりたいの?」
「今、そんな話してなかった」
「してたの。……あなた、ロビンに誘われたとき、すぐに断らなかったじゃない」
「……見てたの?」
「見えたの。こんな人通りのあるところで話してるんだから、当然だわ。……それで?」
ようやく視線がこちらを向いた。
口元は笑みを浮かべていた。けど……読めない。その目の奥が何を思っているのか。
「それは……」
言葉に詰まる。
正直に言えば、悪い気はしていなかった。
誰かに誘われるなんて初めてのことだし、舞い上がっていた自分がいることは否定できない。
私の沈黙を彼女はどう捉えたのか。
「……私、先に戻ってるわ」
再び背を向けると、ユーリは生徒会室へと戻っていった。
廊下の先にその背中が消えるまで、私はその場を動けなかった。




