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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
3.白い百合の髪飾り
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 この国では雨季が明けると夏の季節がやってくる。

 日に日に気温は上がり、照りつける太陽の光は肌を刺すほどに強くなる。


 しかし、このうんざりするような気候の中でもアスター学園は騒がしかった。


 毎年のことだ。この季節の学生たちはみんな浮足立っている。

 理由は主に二つ。


 まもなくやってくる長期休暇、そして上期の終了日に行われる学園主催のダンスパーティのせいだ。


 女の子たちはどんなドレスを着ようか、誰にエスコートしてもらおうか、とそこかしかで盛り上がっている。

 男の子たちもまた、意中の子のパートナーになろうと贈り物や手紙やら、必死のアピール合戦中。


 ここで結ばれるカップルもいるというし、ダンスパーティーというのはただの学校行事以上の価値があるのだろう。


 ……まあ、私には関係ないけどね。


 だいたいこの手のものは、ユーリのところに男子生徒が殺到する。時々女子生徒も混ざっている。さすが才色兼備の生徒会長様、妖精姫様である。


 私はそんな押し寄せる人波を上手いこと捌き、順番待ちの列を形成するのに手いっぱいで、気がつけばダンスパーティーも終わっている、という寸法だ。


 それを別に不満に思ったことはない。

 なんなら、今年は何人ユーリの所に来るかなぁ、なんて一人で賭けをし、その結果に一喜一憂しているくらいだった。


 この学園に入学してから毎年恒例の行事。さすがにもう慣れた。


 慣れたのだ、が。



「ノエルさん。僕のパートナーになってくれませんか!?」


 まさか自分のところに申し込みがくるとは、予想外だった。


 時刻は昼休み。生徒会の仕事に忙殺されているユーリの代わりに、昼食を購入しに行こうとした道中だった。

 目の前でゆでダコのようになっている男子生徒には見覚えがある。


 ええと、確か……


「クラブハウスの騒ぎの時に話を聞かせてもらった……」

「はい。美術部のロビン・ブレアムです」


 そうだ。衣裳部屋の鏡に影(実は妖精だった)が映っていた、と証言してくれた彼だ。

 それはいいのだが。


「なんで私……?」


 彼とは授業も被らないし、特別交流があるわけでもない。顔を合わせたのだって、エリアルの事件以来だ。


 思わず口にすると、彼はますます顔を赤くし、早口で言った。


「あ、あの時、あなたに一目ぼれして。ずっと、声をかけたかったんです……」


 ………………。

 …………………想定外の事態すぎて、思わず固まってしまった。


 自分で言うのもなんだが、一目惚れという単語と私がイコールで結びつかない。


「大丈夫? ユーリと間違えてない?」

「いえ、合ってます!」


 合ってるんだ。へ、へぇ……。


「それで、もしまだ相手が決まっていなければ……僕のパートナーになってもらえませんか?」


 未だフリーズから抜け出せない私に気づいていないのか、ロビンはどんどん次の手を打ち出してきた。


 差し出されたのは髪飾りだ。


 ダンスパーティーの伝統で、男性はパートナーの女性に髪飾りをプレゼントするというものがある。

 あしらわれた大ぶりの白い花は生花をそのまま使っているようで、瑞々しい花弁を開いている。花以外の飾りは一切付いていない、シンプルなデザインだ。


 って、他人事みたいに言ってるけど……ど、どうするのこれ!?


 自慢じゃないけど、本っっ当に自慢じゃないけど、男性から誘われるなんて初めてのことだ。

 な、なに言えばいいの。早くなんか言わないと。


 頭の中はだいぶ騒がしいことになっていたが、声帯をどこかに置いてきてしまったかのように、一音にもならなかった。


 こういうときに限って、百戦錬磨のユーリの言動も思い出せない。

 突然投下された爆弾に、記憶まで全て吹き飛ばされたようだ。


 ロビンは私の返事を真剣な顔で待っている。


 なにか、なにか反応しなきゃ。


 とにかくその一心で、無理やり口を開く。


 そこに声が割り込んだ。


「ユリの花の髪飾り。珍しいけどいいセンスね」

「!?」


 花弁と同じくらい白い手が横から伸びてきて、髪飾りをひょいと持ち上げる。

 私とロビンは揃って肩を跳ねさせた。


「ユーリ!」

「ノエルの好みにも合っているし、まあ及第点といったところかしら」


 謎の高評価。なんで上から目線。


「でも、残念。この髪飾りは受け取れないわ」

「なんでユーリが答えるの」


 私まだ何も言ってないのに。

 口を挟むものの、ユーリの口は止まる気配がない。

 ついにはびしり、とロビンに指を突きつけ告げる。


「それでも、どうしてもノエルをパートナーにしたいって言うのなら……私の出したテストに合格してもらうわ!」

「本当に何言ってるの!?」


 いくら妖精姫とは言え、こんなのメチャクチャだ。

 声をかけてくれた人を試すだなんて、そんな失礼なこと許されるはずがない。


「ユーリ! 失礼なこと言わないで!」


 思わず怒鳴ると、ユーリは一瞬目を見開いた。

 が、すぐに、


「あなたは下がってて」


 またぴしゃりと言われてしまった。

 いや、本当に何様のつもりよあんた……!


「なんでユーリが出てくるのよ」

「ノエルは私の物だもの」

「あんたのモノになった覚えはないんですけど!?」


 いつもだったらこんな風に怒鳴り合うことはない。私が大抵折れるから。


 でも、今日はどうしてか、止まれなかった。

 ユーリの行動が本当に、本っ当に理解できないからだろう。


「あ、あの!」


 その時、ロビンが声を張り上げた。

 そ、そういえばずっとほったらかしにしてたかも。


 彼はユーリの方を見ると、


「……僕、そのテストに挑戦します」


 そう言った。

 ユーリは満足そうに微笑むと、ロビンの手にユリの髪飾りを乗せた。


「それじゃあ、今日の放課後生徒会室に来なさい。……それを持ってね」


 ロビンは緊張した面持ちでうなずくと、一礼して去っていった。

 口を挟む暇もなかった。


「さて、戻るわよ」


 何事もなかったかのように、ユーリは歩き出していた。


「なんで勝手なことしたの」


 その背中に問いかける。

 こちらに顔を向けないまま、ユーリは答えた。


「……あなたは私の物だもの」

「だから、私はユーリの物になった覚えはない。たしかに補佐はしてるけど……」


 行動を勝手に決められる筋合いはないはず。

 そう続けるより早く――


「ノエル、彼のパートナーになりたいの?」

「今、そんな話してなかった」

「してたの。……あなた、ロビンに誘われたとき、すぐに断らなかったじゃない」

「……見てたの?」

「見えたの。こんな人通りのあるところで話してるんだから、当然だわ。……それで?」


 ようやく視線がこちらを向いた。

 口元は笑みを浮かべていた。けど……読めない。その目の奥が何を思っているのか。


「それは……」


 言葉に詰まる。

 正直に言えば、悪い気はしていなかった。


 誰かに誘われるなんて初めてのことだし、舞い上がっていた自分がいることは否定できない。

 私の沈黙を彼女はどう捉えたのか。


「……私、先に戻ってるわ」


 再び背を向けると、ユーリは生徒会室へと戻っていった。

 廊下の先にその背中が消えるまで、私はその場を動けなかった。

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