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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
2.眠り続ける少女
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「――!」


 とくとく、と心臓が脈打つ音が聞こえた。


 ゆっくりと目を開く。目に入ったのは見慣れた自室の天井……ではなく。


「いや、狭い! というか近い!」


 寝巻のガウンの襟元。そこから覗く骨ばった首筋。


 それを確認した瞬間、私は勢いよく体を……起こせず、ベッドに沈み込む。

 ものすごい力で体を抱きすくめられていた。


 視線をずらして、時計を見ると日付が変わっていた。

 どうやらこの男、私を抱き枕か何かと勘違いしているらしい。


 って、それより……!


「ユーリ! ちゃんと戻ってきてるよね!?」


 あの時、伸ばした手は届かなかった。

 目の前の胸板を拳で叩く。


 数拍ののち、のろのろと瑠璃色の瞳が開いた。


「……戻ってきてるよ、ノエル。あとちょっと痛い」

「よ、よかった……」

「そんなに僕のことを心配してくれるなんて、嬉しいな」

「当たり前でしょ! ユーリがこのまま目覚めなかったら……」


 言いながら、知らずのうちに大きく息を吐いていた。

 もし最悪の事態になっていたら……そう考えるとぞっとする。


「ノエル」

「うぐ」


 私の体をすっぽりと包み込んだ腕に、また力が込められた。

 ちょ、ちょっと苦しい。あと近い!


「僕は絶対に、ノエルを独りにしないよ」


 耳朶をくすぐるかすれ気味の声に、胸の奥がどくんと跳ねた。


「だからノエルも、僕を独りにしないで……」


 腕がわずかに震えていた。まるで縋ってくる子供のようだった。


「ユーリ……?」


 そろそろと様子をうかがう。

 穏やかな寝息が聞こえてきた。


「いや、このまま寝ないで!」


 せめて私を解放してほしい!

 渾身の力で胸板を叩くと、うめき声と共に腕の力が緩んだ。




「というわけで、胸板を強打されたせいで、ものすごく体が痛いんです。あの子、自分が力強いこと自覚してないのかしら……」

『それを自業自得と、人間の言葉では言うのだろう』


 目の前の妖精王の声音が心なしか呆れているように聞こえる。



 ネロと対峙してから一日が経った。


 カレンは無事に目を覚まし、少し体力は落ちていたものの、日常生活を問題なくおくっていると、エトルカから連絡をもらった。

 規則違反の罰則はまだ残っているけど、一旦大事にはならずに済んで一安心。


 今は放課後。

 ノエルは先生に呼び出され、職員室に出頭中だ。

 よって、生徒会室には私ひとりきり。

 静かで少し物足りないけど、妖精王に話したいこともあったからちょうどいい。


「さて……今回のネロの件ですが、不可解なことがいくつか」


 私はあの夢の中で最後にネロとした会話と、その後の調査で入手した情報を思い出した。


「まず、事件の発端となった妖精道具――キャンドルですが、金の林檎で取り扱っている商品ではないようです」


 日中、ネメシア家の者に頼んで、実際に店に見に行ってもらった。


 結果、あの店で扱っているキャンドルは全て林檎の形――私たちがソニアからもらったものと同じだ――をしていて、円柱形のものは取り扱っていない、という返答を得た。


『なるほど、何者かが故意に店に紛れ込ませたというのか』

「おそらく。そしてその人物こそが、妖精の性質を歪め、操る力の持ち主と考えます」


 そう話しながら、心の中では別のことを考えていた。


 妖精王は、こんなこととっくにお見通しなんじゃないか。もしかしたら、真相さえも……。


『闇の妖精使いという者たちがいる』


 突如投げかけられた未知の単語に、邪推を阻まれた。

 聞いたことのない単語だ。


「普通の妖精使いとは違うのですか?」

『違う。その者たちは、妖精の暗の側面を加速させる』


 妖精はそもそも二面性を持っている。

 人を助けるために振るわれる明の側面、人を裁くために振るわれる暗の側面。

 小さい頃から聞かされるおとぎ話の中にも出てくる、この国の常識だ。


 妖精は人間の良き隣人であり、罪を裁く審判である。


 その言葉の通り、人間が良き隣人である間は、妖精たちは自らの力を人間の益となる方向に貸し与えてくれる。


 しかし、人間が罪を犯せば、その力はたちまち刃となり、人間に襲い来る。水害や地震といった災害がその筆頭だ。


『闇の妖精使いは特殊な術を扱う。妖精たちの悲しみや怒り、そういった負の感情を昂らせることができる術だ』


 負の感情が爆発した妖精たちは、自分たちの力の暗の側面を過剰なまでに引きだしてしまう。


「それがエリアルやネロが暴走した経緯だと」

『ああ。あの二人は人間の生活に密着している故、一際人間に対する情も深い。些細な事につけこまれてしまったのだろう』


 妖精王は言葉を切ると、珍しく深く息を吐いた。


『このまま闇の妖精使いが台頭すれば、人間と妖精の間に培われた関係性は崩れ、この国は成り立たなくなる』


 妖精の力に圧倒された人間は、生活が成り立たなくなり、妖精を憎む。

 人間の信仰を失った妖精は力を失い、やがて滅びを迎える。


 つまりそれは、この国の滅び――絶対に避けねばならない。


『ユーリ。我の力を分け与えし者よ』

「はい」

『指針は定まった。闇の妖精使いを捕えよ』


 それはますますこの身を危険にさらすということと同義だ。

 でも、迷う余地はない。


「……かしこまりました」


 妖精王が私に力を与える限り、私は大切なものを守ることができる。

 そのためなら、自分の身の危険ぐらい安い物だ。


 幼いころから叩き込まれた、貴族としての礼を取る。

 妖精王は張りつめた気配をほんのわずかに和らげ、


『あの娘に真実を話さないのか?』


 唐突にそんなことを尋ねてきた。


「真実……さて、どれのことでしょう?」


 ノエルに隠していることなんて、たくさんありすぎる。


「私があなたと契約を結んでいること? あなたの契約の一環でこんな調査をしていること? それとも――私たちの呪いのこと?」


『全てだ。いつまでも隠し通せるものでもないぞ。あの娘はカンが鋭い』


 そのセリフは私のことを心配しているようにも聞こえた。

 けど、声音は面白がっている。完全に。


「分かってますよ。……でも、言いませんよ絶対に」

『なぜ?』


「……むしろなんて話せばいいんですか。『あなたは一度死んだのよ』なんて、言えるわけないでしょう」


 ましてや、どうやってこの世に存在しているかなんて――。


「言ったら彼女は絶対に気に病んでしまう」


 吐き捨てるように言った私をとがめる様子もなく、妖精王はくく、と笑った。


『お前は妖精よりも慈悲深いな、妖精姫。余程あの娘が大切と見える』

「皮肉ですか」

『いや、本心だ。……ではな、引き続き励め。妖精姫』


 一方的に言うだけ言って、ふっと気配が消える。



 深くソファに腰かける。自然と息がこぼれ出た。


 闇の妖精使い、自分に与えられた使命。

 呪いに、ノエルのことに……考えることはたくさんあって、進む先は霧の中のように霞んでみえる。


 でも、私は私の決断を後悔しない。


 コツコツと革靴の足音が近づいてくる。

 一度ぱしん、と頬を軽くたたくと、私はソファに座りなおした。

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