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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
2.眠り続ける少女
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 ユーリは安心したように笑うと、握っていた手を離した。


 周りを見渡す。なにもない空間だった。

 足元は白。頭上は青と薄水色のグラデーション。地平の果ては見えない。


 絵画に描かれる空の上。まるでそんな風に思った。


「ノエル、あれ」


 袖をつい、と引っ張られ、ユーリの視線の先を追う。

 女の子が倒れていた。


「うちの制服だ」

「行ってみましょう」


 ユーリの言葉に揃ってそちらに足を向ける。

 倒れている女の子。それは先ほど眠っている姿を見かけたカレンだった。


「大丈夫!?」


 声をかけても反応が無い。

 ユーリは傍に膝をつくと、口元に耳を近づけた。


「……眠っているだけみたい」


 眉根を寄せ、苦しげな表情をしてはいるが胸の上下がこちらからも確認できた。とりあえず一安心かな。

 ユーリはカレンを地面に優しく横たえると、ぐるりとあたりを見回した。


「おそらく私たちが呼びこまれたのは、夢の世界ね」

「夢……って、寝ているときに見る夢、だよね」

「ええ。夢の妖精は知っている?」


 首を横に振る。聞いたことがなかった。


「まあ……そうよね。あなたは健康そのものだし」


 どういうこと?

 首をかしげると、ユーリが付け足した。


「夢の妖精は私たちが眠っている間に、夢を見せる力を持っているの。幸せな気持ちにさせて、心を安らげる役割を果たしてくれる」


 その力は不眠症の患者さんや、精神的に参っている人を助ける道具として使われているらしい。それは私には縁が無い話のはずだ。


 でも……。


「心を、安らげる……?」


 どうにもちぐはぐだった。少なくとも私の見た夢は、『幸せな夢』とは程遠い。


 同じ思いなのか、ユーリも複雑そうな表情を浮かべた。


「……まあ、『妖精は罪を裁く審判である』って言葉もあるくらいだし、人間への罰として不幸な夢を見せることもあるけれど、あまり聞かないわね」


 ユーリは人差し指を立て、続ける。


「もう一つ考えられるのは、エリアルの時と同じことが起きている、ということね」


 エリアル……クラブハウスで遭遇した妖精の名前だったはず。

 あの時は確か、本来温厚な性格のエリアルが大暴れしたんだっけ。


「そんなに頻繁に起こるの? こういうこと」

「そういうわけじゃないけど……実はこの前、聞いたのよ。妖精の持つ本来の性質を歪める力が存在するという話を」


「つまり、夢の妖精は『幸せな夢』を見せる性質が歪んだ結果、『悪い夢』を見せているってことだよね」


「ええ」

「理解はしたけど……」


 どこでそんな情報、知ったんだろう……。

 思わずじーっとユーリの顔を見ていると、つい、と目をそらされた。


 あ、話す気はないな。

 仕方なく私は会話を先に進めることにした。


「正体は分かったけど……具体的にどうしよう? エリアルの時みたいに、性質が歪んでしまった原因がわからないわけだし」


 私の指摘にユーリは困ったように頬に片手を添えた。


「直接話を聞ければ――っ!」


 ユーリのセリフが不自然に途切れる。


 その瞬間、私も感じ取っていた。


 ぞわり。

 背筋を鋭い刃が撫でていく。


 そんな気配。


 半ば反射で振り返る。

 やはり姿は見えない。


 ということは――。


「夢の妖精・ネロ!」


 ユーリがその名を呼ぶと、クスクス……と笑い声が耳に届いた。


 小さな女の子のような高い声で、しわがれた老人の声のようで……つかみどころのない、幻のようなそれは、今まで耳にしたどんな音よりも耳障りに思えた。


「声が聞こえるのって珍しい……」


 普段は妖精の姿は当然のこと、気配すらも捕えるのは容易ではないというのに。


「ええ。ただの人間にも察せられるくらいに、大きな力を解放しているってことね」


 ユーリは一つ息を吐くと、夢の妖精――ネロの方を見据えた。


「なぜこんなことを。あなたの本質は人間の助けとなること……隣人に害為すことではないはずよ」


 何が不満なの。

 ユーリはそうはっきりと付け足した。長引かせるつもりはないのだろう。


 耳障りな笑い声がぴたりと止まった。

 そのまましん、と静まり返った時間が過ぎた……ように私には感じた。


 しかし、ユーリは目を見開いた。


「どういうことなの……?」


 ネロが何か答えたらしい。私の耳には届かないってことは、少し暴走は落ち着いたのだろうか。


 それにしてもユーリがこんな顔をするなんて珍しい。

 一体何を……。


 もどかしく思っていると、ユーリが耳元に口を寄せてきた。


「分からない、って」


「……え?」


 いや、どういうこと……?


「『どうして悪い夢を見せているのかは分からない。でも、楽しい』……って」

「自分の意志でやってるわけじゃない、ってことなの?」


「……たぶん、これが操られてる状態ってわけね。『本来の性質を歪める力』ってものに」


 ユーリは少し考えこむと、再びネロに話しかけた。


「ねえ、どうすればもっとあなたに楽しんでもらえるのかしら?」


 ユーリはどうやら、ネロを楽しませ満足させる方向に持って行こうとしているようだ。


 ロクな要求をされそうにはないが、ユーリにも何か考えがあるのだろう。

 話に入り込めない私は、黙って対話の様子を見ているしかなかった。


「……遊ぶ? 私たちと?」

「遊ぶって……ずっと悪夢を見たりするのはごめんだよ?」

「それは私も。んー……それなら、ゲームをするのはどう?」


 ネロの気配が揺れた。

 お、興味を惹くことに成功。でも、ゲームって?


 ユーリは細い指を一本立てた。


「プレイヤーはノエル」

「私!?」


 勝手に何を!


「妖精が見えないのに一緒に遊ぶとか、どんな無茶振りよ」

「だからいいのよ」

「……??」


 いや、まって。本当に意味が分からない……。

 胡乱な目で見ている私を気にする風もなく、ユーリは説明を続けた。


「ルールは簡単よ。まず、ネロがどこかに身を隠す。それをノエルが探し出す……これだけ」

「見えないモノ相手にかくれんぼをしろと?」

「大丈夫大丈夫、ノエルならできるわよ」


 その根拠のない大丈夫はどこから来るのだろうか……。それだけ信頼してくれてる、ってことなのかなぁ。


 さらにユーリは、


「もしノエルが勝ったら、私たちを元の世界に戻してちょうだい。あなたが勝ったら……そうね、ずっとこの夢の世界で一緒に遊んであげるわ」


 あろうことか、そんな風に付け足したのだ。


「な、なんてこと言ってるの!?」

「大丈夫大丈夫、ノエルなら勝てるわよ」

「だからなんでそんな自信にあふれてるの⁉」


 こちらはすごいプレッシャーなんですけど。


 なにせ自分の運命だけではなく、ユーリとカレンの運命も背負っているのだ。


「……どう、ネロ? やってみる?」


 ユーリが問いかけると、クスクスと笑い声が耳に届いた。


 これは……承諾ってことでいいのだろうか。


「ノエルもいいわね?」

「異論しかないけど、いいよ……」


 ここまで来たら腹を括ろう。


 自分の力すべてをかけて、勝ってやろうじゃないの……!


 ユーリは一度私の頭をぽん、と軽くたたいて、にこりと笑って宣言した。


「誇り高き妖精王の名に誓って、互いの約束は守ること。では、勝負を始めましょう!」

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