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ひりひりと肌が焼け付く。
息を吸い込むと流れ込む熱い空気。体の内側から焼き尽くされそう。
……とても覚えのある感覚だった。
鼻に刺さる何かが焦げ付く臭い。
瞼を閉じていても分かる、圧倒的な赤色。
知っている。この臭いを、色を……私は知っている。
喉の奥まで入り込んだ熱風にたまらず咽込んだ。
煙が染みて涙の膜が張った瞳を、恐る恐ると開いた。
ガラスの瞳のテディベアが私をじっと見つめていた。
間違いない。
これはあの日の記憶。
十年前の大火事――『セント・リースの大火事』と名付けられた厄災の記憶。
その日、私は両親と百貨店を訪れていた。
八歳の誕生日プレゼントを買ってもらうために。
使用人として働いていた両親はいつも忙しく、こうして三人で出かけることはほぼなかったから、とても嬉しかったことを覚えている。
おもちゃ売り場で、私は父にテディベアが欲しいとねだった。
透き通るガラスの瞳に一目ぼれしてしまったのだ。
父は私の頭を撫で、
「どれがいいんだ?」
と尋ねた。
「どの子も可愛いわね」
と、顔をほころばせる母と一緒に飽きることなく棚を眺めた。
父と母の笑顔を見たのは、それが最後だった。
どうしてそうなったのかはよく覚えていない。
火事だ、と誰かが叫んでいた。
母親に手を引かれ、父親の背を追ってひたすら走った。
しかし、私は手を放してしまった。
たちまち両親と私の間には火の壁が立ちふさがった。
母親の私を呼ぶ声がだんだんと小さくなっていき、私は一人炎の中に取り残された。
あの時と同じように、炎が目の前に迫っていた。
髪の焦げる臭いが鼻をつく。
本能が警鐘を発している。
無意識のうちに一歩後ずさっていた。……背中にも灼熱が触れているというに。
体が震えだした。足も手も、動かない。
逃げないと。逃げないと。逃げないと。どこに? どこ。おとうさん、おかあさん。どこどこどこ? 逃げないと逃げないと。どこ。どこ。どこに。火の無いところ。どこ。ない。そんなのない。おとうさんおかあさん。こわい、あつい。くるしい……!
目の前がチカチカと光っていた。喉の奥がひゅう、と音を立てている。
喉が渇いていた。あつくて、くるしくて、自分がもう、何をしているのかもわからない。
後ろの髪が焦げて、嫌な臭いを放っていた。
ああ、だれか、だれか、だれか……!
「助けて……っ!」
「――ノエルっ! 目を覚ましなさい!」
凛とした声が私の名前を呼ぶ。
千々に乱れていた思考が急速に整っていく。
「ユーリ……?」
見慣れた少女の陰が、炎の向こうに揺らめいていた。
なんで、ここに……? あの日私は一人で……。
「これは夢よ。今はあの大火事の日じゃない。目を覚まして」
「ゆめ……」
「ええ。あの日はもう終わったのよ。この炎も、あなたが消えろと願えば消える。すべて妖精の作り出した夢なのよ」
そう、だ。
私は今……生きているじゃないか。
たしかにあの日、一人で炎の中にいた。
ただ、独りぼっちにはならなかった。
父と母を亡くしても、ユーリが傍にいてくれた。
奇跡的に一命をとりとめた私は、両親の勤め先であったネメシア家に保護された。
火傷とショックで三日三晩眠り続け――目覚めた時。
一番最初に聞いた声はユーリの物だった。
『ノエル!』
あの時の泣き出しそうな彼――いや、彼女の顔を私は今も忘れない。
「……また、ユーリに助けてもらっちゃったなぁ」
気がつけば私たちを隔てていた炎の壁は、跡形もなく消え去っていた。
彼女が差し伸べている手は、あの日の物より大きい。
けど、握りしめた時の温もりは変わらない。
「何度だって助けるわ。あなたを失うわけにはいかないもの」
ユーリの顔は紙のように白かった。
もしかしたら、ユーリ自身も悪い夢を見たのかもしれない。
それなのに私のことを助けてくれた。
小さい頃は私が守ってばかりだったのに……いつの間にこんなに頼もしくなったんだろう。
「……ありがとう」
言いたいことはたくさんあった。けど上手くまとまらなくて、結局それだけ口にした。




