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『空飛ぶ箱』を使い、寮の自室に戻る。
部屋に入るなりユーリは扉に鍵をかけた。
共用スペースであるテーブルの前に私を連れてくると、借りてきたキャンドルを目の前に差し出した。
「なにか気づかない?」
「いい匂いがする」
「そうじゃなくて……するでしょ、妖精の気配」
「……これって妖精道具?」
あっさりとうなずかれた。……まったくわからないんだけど。
もう一度意識をキャンドルへと集中させる。レベルを一段階上げ、張りつめていた糸をさらに鋭く――。
妖精道具にはそもそも妖精の力のほんの一部しか宿っていない。それを一般人である私に感じ取れというのは、砂漠の中で砂金を見つけるかの如き所業だ。
……っと、たしかにほんの少し、小指の爪の先程少し、引っかかるものがある。
「キャンドルに火をつけることで込められた妖精の力が働くのでしょうね」
「ちなみに何の妖精かは?」
「さすがにこれだけじゃあ、ね」
ユーリが両手を挙げるポーズをとる。
さすがの妖精姫もこのわずかな気配だけで妖精を見分けるのは難しいのか。
私もそこに『居る』ことはわかるけど、それだけだし……。
「あまり気は進まないけど、あとは実際にカレンと同じ体験をするしかないわね」
と、ユーリはため息を一つ吐いた。
同じ体験。すなわち、カレンみたいに眠り続けた状態になる可能性もあるということだ。
うーん、それは確かにやりたくない。
「そもそも、この長さのキャンドルじゃ火をつけるのは無理じゃない?」
芯がわずかに残るのみのキャンドルは、仮に火が点いたとしても一分も持たないだろう。
「これから買いに行くの?」
「まさか。もう外も暗いし、今から出かけてもお店が閉まっちゃうわ」
「じゃあどうするの?」
答える代わりに、ユーリは手のひらにキャンドルを乗せた。
「こういう時こそ、便利な力を使うのよ――『リライト』」
紡がれた言葉に乗せて、春の陽だまりのような温かな光が、彼女のてのひらの上を包み込む。
それが収まり、姿を現したのはまるで新品同様のキャンドルだった。
「まさか、元通りにした……?」
「正確には『元通りに近づけた』かしら。残っていた蝋から本来の形をイメージしてみただけ。単純な円柱形で助かったわ。キャンドルがもっと複雑な形をしていたら、手に負えなかったもの」
ユーリの力は便利だが、万能ではない。彼女の頭の中でイメージができないものを再現することはできないのだ。
……って、そんなことより!
「また軽率にギフトを使って! 体は!? 大丈夫!?」
前みたいにぶっ倒れたらどうするつもりなのか。
思わず詰め寄ると、ユーリは慌てだした。
「へ、平気よ! 大したことはしてないわ」
「本当に?」
「ほ、本当、本当。私が嘘を吐いたことある?」
「…………」
「……ごめん、さすがに今のは自分でも白々しいと思ったわ。でも、本当に大丈夫だから、ね?」
瑠璃色の瞳にのぞきこまれる。たしかに、今は顔色もよさそうだし平気なのだろう。
「それならいいけど……」
「それにもう後は寝るだけだし」
続く言葉に耳を疑う。心配事の種はもう一つあった――!
「まさかとは思うけど、ユーリがキャンドルを使うの?」
「え? 当たり前じゃない」
「当たり前じゃない!」
進んでユーリを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
「私が使うから」
慌てて止めると、ユーリはじとっとこちらを見た。
「ノエル、火苦手でしょ」
「……我慢する!」
火に近づくことと、ユーリが一生目覚めないこと。
間違いなく後者の方が私にとって最大の恐怖だ。
「妖精が見えないあなたじゃ対処できないわよ?」
「それもそうなんだけど……! 私は、ユーリ一人に背負わせたくないの。ほら、私だって運動はできるし、カンだって働くし……」
思いつくままに言葉を並べていく。
自分でも途中、何を言ってるのか分からなくなってきた。
ただ単に、私はユーリと一緒に行きたい……置いて行かれたくない。それだけ。
言葉が尽きた頃、ユーリは大きなため息をついた。
「仕方ないわね。一緒に行きましょう、ノエル。……二人でちゃんと、戻ってくるわよ」
「……うん!」
付け足された言葉に大きくうなずいた。




