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エトルカの案内で、私たちは彼女の部屋を訪れた。
間取りは私たちの部屋と大して変わらないみたいだ。
勉強机とベッド、個人用のクローゼットが、入り口から見て左右対称になるように置かれている。
部屋の中心には丸テーブルが一つと椅子が二人分。部屋に入ってすぐのところにシャワールームの扉があった。
窓は入り口から見て真正面――部屋の一番奥に一つだけ。
カレンは右側のベッドで眠っていた。
頬は赤みが差し、呼吸も穏やか。本当にただ眠っているだけのように見える。
「時々うなされているときもあるんですけど、少し経つとおさまります」
そう言いながらエトルカは、ベッドボードに置いてあったタオルでカレンの額の汗をぬぐった。
その間ユーリはというと、ベッドボード、そしてカレンの勉強机へと視線を走らせていた。
と思ったら、エトルカに尋ねる。
「カレンが休息日にどこに行ったのかは分かる?」
「はい、分かりますけど……」
エトルカの反応が芳しくないのを見て、ユーリは付け加える。
「今のところは先生には言わないわよ。でも、何かが起きたのなら休息日の昼間がやっぱり一番怪しいから」
もう少し情報が欲しいの。
ユーリが言うと、エトルカは「そうですね……」とやや重たい口を開いた。
「駅前の百貨店で服を見て、近くのカフェでランチをしたって話していました」
駅前の百貨店は一つしかない。その近くで学生が入りやすいカフェというのも数は限られていそうだ。
「あと、雑貨屋さんに行ったって……新しく中央公園近くにできた……えっと」
「『金の林檎』?」
横から口挟むと、
「あ、そうです。そんな名前でした」
「まあ、女の子の休日の鉄板コースって感じよね」
ユーリが言うとなんだかなぁ、という気分になるがとりあえず同意。
「一緒に行動した人は分かるかしら?」
さらにユーリが尋ねると、エトルカはすらすらと数人の生徒の名前を挙げていった。
その中にはソニアの名前もあった。
……ということは、だ。
「ソニアは少なくともカレンのようにはならなかった。……つまり、訪れた場所自体には何の問題もなかった」
「そう考えて良さそうね。場所が問題なら、他にも同じ状態になっている生徒がいるはずだわ」
念のために、とエトルカに他の生徒たちの様子を尋ねてみる。
みんな普段通りに登校している、という話だった。
「何かが起きたとしたら、寮に戻ってきた後……特にカレンが一人になった時間が怪しそうね」
「夕食の後、だっけ」
「エトルカ、何か寝るまでの間に気になることはなかった?」
ユーリの問いかけに、エトルカはううん、と考えこむ。
「そういえば……部屋に戻ったときにいい匂いがしたんです」
ややあって、そんな答えが返ってきた。
「いい匂い?」
「お花の香りみたいな甘い……香水は私もカレンも使わないし、なんだろう、って思って」
なるほど、とユーリがつぶやいた。
そして、なぜか私に視線を向けた。
「何? 私、香水詳しくないよ?」
「そんなこと知ってるわよ」
それはそれで失礼な。
「それっぽい匂いがするものが無いか、探してもらえる?」
「……一応聞くよ? 私が?」
「あなたが」
「どうやれと」
「鼻で嗅ぎ分けるとか」
犬じゃないんだからさぁ!
「ノエルならいけそうかも、って思ったのよ」
さらっとなんてことを言うんだこの人は。
だいたい、私の直感は妖精限定なんですけども……。
「まあ、物は試しと思って……お願い?」
ぐ……っ。
上目遣いでそう言われてしまった。自分の顔の良さを有効活用している……!
まあ、ここで文句を言っても先に進まない。
大人しく私は捜査に乗り出すことにした。
とはいえ、さすがに嗅覚は人間のそれなので、片っ端から怪しそうなところを見るしかないけれど。
さて……どこから手を付けるか。
とりあえず、エトルカのテリトリーは除外。何かあったら本人の申告があるはずだから。
カレンの寝ているベッドに目を向けた。
ベッドボードには、エトルカが置いたタオルと水差しが置かれていた。綺麗に片付いている。
続いてクローゼット。冬用と夏用の制服が一つずつ。それと私服が数着納められていた。
心の中で謝りつつ、引き出しの中ものぞいてみる。衣類はきちんと畳まれていて、特に変わった物はなかった。
残りは……勉強机とカバンの中くらいか。
机は……ちょっと後回しにするとして。
「エトルカ、カレンの鞄ってどこにある?」
尋ねると、エトルカは勉強机の上に置かれていたハンドバッグを手に取った。
「これが出かけるときに使っていたものですね」
「ありがとう」
また心の中で謝って、鞄をあける。
「……うひゃぁ」
思わず変な声が漏れた。
というのは、何かマズいものとか変な物が入っていたというわけではなく。
ただ単純に、汚かった。
カバンの中で手を突っ込んで、引っかき回した後のようなグチャグチャ具合だ。
えっと、中身は……
「お財布とお化粧ポーチ……ん、これは……?」
引っ張り出したのは少量の液体が入った瓶。あと、紙きれ。
「その瓶のデザインは……香水ね。最近若い女子に人気なブランドの。百貨店でよく試供品を配っているわ」
……なんであんたの方が詳しいのか。
というツッコミは置いておく。
紙切れはカフェのクーポン券っぽかった。昼食を取った際にもらったのだろうか。
にしてもだ。
「クローゼットはあんなに綺麗だったのに……」
両者の印象がだいぶ違う。外出直後だったから、片付いていないだけなのか、それとも……。
思わずつぶやくと、
「クローゼットは自分の洗濯物と一緒に私が片付けているので……」
あっさりエトルカがネタばらしをしてくれた。
元々カレンはかなり大雑……いや、おおらかな性格をしていたようだ。
「となると、この惨状も納得ね」
ユーリがカレンの勉強机を見て苦笑を浮かべた。私が先ほど後回しにしたエリアだ。
高く積まれた本、放り投げられたペン。
そのほか、雑貨に小物。机の板が見えなくなるほどに物が溢れかえっていた。
勉強机なのに、これじゃあ勉強できないのでは……。
「……とりあえず崩さないように気をつけよう」
そう思いつつ、机に近づくと――
「ん……?」
甘い。
花のような香りがわずかに引っかかった。
ユーリとエトルカの方を見る。特に二人に反応はない。
気のせい?
いや……ここは自分の勘――というか、嗅覚を信じてみよう。
もう一度感覚を研ぎ澄ませ、匂いの元を探ると、机に備え付けられた引き出しにたどり着いた。
引き出しに手をかけると、あっさりと開く。
密閉された空間にこもっていた花の香りが、一斉に放出された。
と、ようやくここで、ユーリもエトルカも気がついたようだった。
「やっぱりあなたの嗅覚に任せて正解だったわ、ノエル」
「嗅覚褒められてもあんまり嬉しくないかな……」
むしろ自分の嗅覚にドン引きだよ。
手がかりの発見を誇るべきか、自分の野生化を嘆くべきか。
複雑な心中のまま、引き出しの中に手を突っ込んだ。
迷いなく引っ張り出したのは紙袋――先日ソニアにもらったのと同じ形状で、金の林檎のロゴが印刷されていた。
「アロマキャンドルね」
横から袋の中をのぞきこんだユーリがそうつぶやいて、中身を取り出した。
小さなガラスの器に燃えて黒くなったロウソクの芯が残っていた。
花の香りを漂わせる蝋の部分は残り僅か。火をつけるには心もとない長さだった。
「エトルカ、これに見覚えは?」
「いえ……キャンドルなんて使っているところ、見たこと無いです」
返答を聞き、ユーリはなるほど、とうなずいた。
「このキャンドル、一晩借りてもいいかしら?」
「え、ええ。私は構いませんけど……」
蝋のなくなったロウソクを一体どうするのだろう。
私もエトルカと一緒に首をかしげる。
ユーリはその疑問には答えず、私の手を引いて部屋を後にした。




