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宝物庫は中庭に面している。
ベンチと噴水、そして季節の花が咲き誇る、アスター学園一押しスポットだ。
今の時刻はくつろぐ人影もなく、西日が花々をオレンジ色に染めている。
その上をブリキのジョウロが浮遊していた。
こてん、と時折首を傾け、水を撒いていく。
あれは妖精道具――水の妖精の力が宿っている、って前にユーリが言っていたっけ。
確か名前は『降り注ぐ雫』だ。
私たちのような普通の人間が、妖精の力の恩恵を受けるには妖精使いの作った媒介が必要だ。
今では明灯球のように量産が成功したアイテムも多いが、二十年ほど前までは妖精使いが一つ一つ手作りしていたというから驚きだ。
ジョウロがふよふよとこちらに近づいてくる。
進路を妨げないように横にずれると、視界の隅に数人の女子生徒の影を見た。
そのうちの一人がこちらに気づく。
「あ! ノエル先輩!」
彼女は他の子達と二、三言かわすと、私の方へと近づいてきた。
「いいの、ソニア?」
「はい。たまたまそこで会っただけですし」
ソニアとはクラブハウスの一件以来、こうして声をかけあうような仲になった。
なにかと敬遠されがちな私たち(主にユーリ)にとっては貴重な、普通に話しかけてくれる後輩だ。
「先輩はこんなところで何してるんですか? 会長もいないみたいですけど」
「そのユーリの仕事が終わるのを待ってるの。今は宝物庫の点検中」
ドアに視線を滑らせる。
ちょうどユーリが出てきて、ドアに鍵をかけたところだった。
制服の内ポケットに鍵の付いたチェーンをしまい込む。
「あら、ソニア。ごきげんよう」
ユーリはソニアに気づくと、いつものように瑠璃色の目を細めた。
しかし、ソニアの返事がない。彼女はユーリの手元をじっと見つめていた。
おっと、これは供給過多か?
前みたいに、目の前で手をひらひらと振ってみると、弾かれたようにソニアの体がびくんと跳ねた。
「す、すみません! ぼーっとしてました!」
「いい加減慣れればいいのに」
「無理無理無理。眩しくて目が開けられない! むしろノエル先輩はなんで平気なんですか」
「慣れてるからかなぁ」
「……今はね」
ぼそりとユーリが何かつぶやいたが聞こえない聞こえない。
ソニアは何度か深呼吸を繰り返し、平常心を取り戻したらしい。
ふと思い出したように、
「先輩方って紅茶を飲まれますよね?」
そんなことを口にした。
私たちは一瞬顔を見合わせると、そろって頷く。
ユーリは昔からかなりの紅茶好きだ。
私はそうでもないのだが、ユーリに美味しい紅茶の淹れ方を叩きこまれてからは良く飲むようになった。
「ハーブティーもお好きですか?」
「あまり飲まないけど、嫌いではないわね。ノエルは食べられるものなら大体好きだし、平気よね?」
「ちょっと。私が食いしん坊みたいな言い方やめてくれない?」
間違ってはいないんだけど、その言い方は癪だ。
くすくすとソニアが笑う。
「もしよければ……これ、もらってくれませんか?」
差し出された紙袋の口からは、ちらりと紅茶の缶がのぞいていた。
「昨日の休息日、クラスメイトと買い物に行ったんですけど……アールグレイと間違えて買っちゃって。私、ハーブティーは苦手なんですよね」
休息日は文字通り、学園がお休みの日。
月に二~三回設けられていて、その日は生徒たちの外出も自由なのだ。
ユーリは受け取った紙袋のロゴを見て言った。
「へえ、見たことない袋ね。どこのお店?」
「『金の林檎』っていう雑貨屋さんなんですけど」
「ノエル知ってる?」
ユーリに尋ねられ、首を横に振る。
「最近できたんですよ。中央公園の近くに」
なら納得。
私とユーリの休息日といえば、ネメシア家が寄越した馬車に乗って、ユーリの実家に戻るか、貴族らしく社交の場に顔を出しているかの二択だ。
普通に外で買い物とか、ここしばらくした記憶がない。
ユーリも同じことを考えたのか、薄く苦笑いを浮かべていた。
「あ、先輩たちお忙しいですもんね……」
私たちの反応で察したのか、ソニアは一瞬同情的な顔になった。
「せめてこの紅茶で、お疲れを癒してくださいね……!」
そして、眩しい激励を残し、その場を去っていった。
その背中が見えなくなるまで見送り、
「生徒会室に戻りましょうか」
ユーリがそう口にする。
「それもらうよ」
とても妖精姫に荷物持ちはさせられない。
ユーリは気にしないんだろうけど、ビビリな私が耐えられない。
「いいの? ありがとう……あら?」
私が差し出した右手に、紙袋が載せられる――その前に、ユーリが何か気がついたようだった。
ごそごそと中身を探り、彼女が引っ張り出したのは林檎の形をした……
「なんだろう、これ? 置物?」
「いえ、キャンドルね。可愛い形」
言われてみて、もう一度見てみれば確かに、林檎のヘタに当たる部分にちょん、と芯が飛び出していた。
「飾っておくだけでもよさそうだけど……」
ユーリがこちらに視線を向ける。
すぐに私はうなずいた。
「ユーリが持ってて。私絶対使わないし」
「分かったわ」
ユーリはそれ以上何も言わず、紙袋の中にキャンドルを戻した。
「さて、せっかくだしもらった紅茶をいただきましょうか」
「そうだね。前にもらったクッキーもあったはず」
なんて、お茶会の算段を立てながら、私とユーリも生徒会室へと戻るのだった。




