12
まるで最初から「そういうもの」だったかのように違和感なく佇む壁は、見るからに頑丈でちょっとの衝撃では崩れそうにない。
ああ……またとんでもない能力の使い方を……。
エリアルの動きがぴたり、と止まった。
廊下の先は行き止まり。後ろには私が構えている。
「さて、これで追いかけっこはおしまいね」
衣装部屋から出てきたユーリは、わずかな灯りの中でもはっきりとわかるほど、青白い顔をしていた。
「大丈夫なの……?」
思わず尋ねると、ユーリはキレの鈍いウィンクを返した。
「ちょっと疲れただけ。……あまり時間が無いわね。エリアル、見てもらいたいものがあるの」
視線は私の頭より少し上の空中を、まっすぐにとらえていた。
姿は見えないが、全身に針をまとったような、とげとげしいオーラを感じる。
まだ機嫌は悪いようだが、纏っている風はいくらか大人しくなっていた。
ユーリは衣裳部屋の中に入るように、私たちをうながした。
暴風で飛ばされた衣装や小物は簡単に片づけられていて、部屋の中央には壊れてしまった妖精道具が置かれていた。
「見ていて……」
エリアルにそう告げたユーリは、欠けた板に手をかざす。
「リライト」
少し青白くなった唇が、優しく言葉を紡ぐ。
かざした手のひらから柔らかい光があふれ出した。
それは丸い板を覆っていき……やがてすぅ、と消えた。
「良かった。ちゃんと戻ったわね」
かざされていた手のひらが外れると――かけていた板は完全な円へと姿を変えていた。
ユーリの妖精使いとしての能力――リライト。
文字通り、物の状態、記憶、思考まで。あらゆる物体の持つ情報を「書き換える」力だ。
ともすれば脅威にもなり得る、強い力。
詳しくは教えてくれないが、ユーリはこれをかなり上位の妖精から授かったらしい。
「エリアル。どうかこれで気を収めてはもらえないかしら。もちろん、生徒たちには謝罪をさせる……偉大なる妖精王の名に誓って、約束するわ」
エリアルの起こした風が衣装掛けにかかった服を揺らし、私の髪を巻き上げた。
ぱたぱた、と壁に貼られた張り紙や服がはためく音だけが静かな部屋に響いていた。
まるでエリアルが思考しているかのような、そんな間。
ユーリも私も、ただ静かに待っていた。
やがて、一回ふわり、と前髪を撫であげられるような感触のあと、急速に風は収まっていった。
体中に突き刺さるような、とげとげしいオーラは消えていた。
「許してくれたの……?」
つぶやくと、ユーリがうなずいた。
「ありがとう、エリアル。あなたの優しい心に感謝を」
ユーリが柔らかく微笑んで語り掛けると、答えるようにエリアルはユーリの髪を少しだけ風で揺らした。
すっと、気配が消える。
私たちはそろって息を吐く。
「妖精道具に戻ったみた、い……」
目の前の体がぐらり、と傾いだ。
「ユーリ!」
抱き留め、慌てて様子を見ると、ユーリの額には汗がにじんでいた。
「建物の書き換えはやりすぎたわね……」
と冗談っぽく笑っているが、その顔は青白い。
「あんな壁つくるから……!」
能力は規模が大きければ大きいほど、発動した人への負担もかかる。
欠けた道具を直す程度ならともかく、建物の構造を変えるのはいくら妖精姫のユーリでも無茶が過ぎた。
「少し休んだ方がいいよ」
提案するとユーリは首を横に振って、重たげに体を起こした。
「もう23時を回ってるわ。さっき書き換えた壁も元に戻さないといけないし、エリアルが荒らした跡もちょっとは片付けておかないと」
う、それは確かに……。
そして悔しいことに、それはユーリにしかできないことだ。
私は食い下がるしかなかった。




