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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
1.クラブハウスの侵入者
11/45

10


 22時28分。

 一階西側の廊下の最奥――衣裳部屋の前で私たちは足を止めた。


 私はユーリの前に割り込むと、鍵束の一本を取り出し――そのまま手を止める。


「いる……よね?」


 ドア越しでもわかる。何か膨大なエネルギーを秘めたものがそこにいる。

 後ろに向かって問いかければ、


「いるわね」


あっさり返って来た。


「相変わらずカンが良いわね。本当に見えないの?」

「見えない見えない」


 人より若干カンが良いだけだ。

 ユーリをあしらいつつ、慎重にドアを開いた。


「……普通」


 衣装部屋はドレスや、マントや小道具……雑多にモノが詰め込まれていた。

 が、荒らされているというほどではない。


 入り口から右の壁際にはラックがあって、色とりどりの衣装がかけられている。

 その足元には黒い布を被った箱が一つ置かれていた。


 ラックの横には年季の入った姿見があった。自立式で、移動が容易にできるように改造されているようだった。


 反対の壁側には何もない。


「今日はこれから、ってことね」

「これからかぁ……」


 うーん、気が重い。

 ドア越しに感じた気配は消えていない。


「これが子供の姿が映っていた、っていう姿見ね」


 ユーリはラックの横の姿見の前に立った。


 並ぶと彼女の背より少し大きい。楕円形の鏡面をぐるりと囲むふちには、精緻な模様が彫り込まれていた。


 私も鏡に近づくと、背伸びをして、ふちの上をなぞってみた。

 指先は綺麗なままだ。


「普段から使っているのかな?」

「どうかしら。……ここ、見て」


 ユーリの視線は床を向いていた。淡い灯りに照らされているのは、変色した床板だ。


「変色している箇所、姿見のサイズと同じよね」

「最近動かしたばかりってこと?」

「大掃除でもしたのかしらね」


 ユーリが部屋をぐるりと見回す。

 よく見れば、ラックの横にも同じように床板が変色した箇所がある。


 と、眺めてみて……気がついた。


「……あれ」

「どうしたの?」


 思わず口に出していたらしい。ユーリが首をかしげる。


「いや、なんか違和感が……」


 床にもう一度目をこらす。


「左側……なにかあったのかな?」

「え?」

「ほら、ここも床板の色が変わってる。でも……ラックの大きさにも、姿見の大きさにも合わない」

「本当だわ。……あまり大きくはないのかしら」


 部屋の中からは先ほど感じた気配は消えていない。

 むしろ先ほどよりも鋭くなっている気がする。


「……あの黒い塊、怪しくない?」

「奇遇ね。私もそう思っていたわ」


 一斉にラックの足元の箱に駆け寄る。その中には――


「……ガラクタ?」


 大きな丸い板のようなものを三枚つなぎ合わせたような部品が一つ。風車の上に似ているけど……あれはもっと細長いっけ。


 それが取り付けられそうな木製の土台が一つ。


「違う……妖精道具だわ。かなり古い物だけど」


 そういうと、ユーリは丁寧な手つきで箱から部品を取り出していく。


「これを……組み立てて……」


 ぶつぶつ言いながらユーリは土台に風車の上(仮)を取り付けた。


「これは風を作り出すための妖精道具ね。今はあまり見かけなくなったけど、夏の暑い時期に使われていたと聞くわ」


 私も初めて見る妖精道具だった。ユーリの説明によると、妖精の力を使うとこの丸い板が回転して風を送ってくれるらしい。


 仕組みはわかったのだが……一個気になる。


「これじゃあまり涼しくならないんじゃ……」


 丸い板の一枚が根元の部分を残して半分に欠けていた。

 私の指摘に、ユーリは頷く。


「……これがきっと原因ね。妖精道具には妖精が分け与えた力――自分の大切な体の一部が宿っているの」


「えっと、つまり……大掃除の際に演劇部の生徒がこの妖精道具を壊してしまった。そのせいで、この道具に力を分け与えた妖精が怒っている。……こういうこと?」


 確かめるように言うと、ユーリは正解、と微笑んだ。


「傷ついたところを直せば、きっと怒りも収まると思うわ。このくらいの傷なら私の能力(ギフト)ですぐに――」


 ユーリがそっと板の表面に手のひらで触れる。


 その動きを目線で追って――


「ユーリっ!」


 判断は一瞬のうちだった。


 ユーリの腕を掴み、自分の方へと引き寄せる。

 後ろに飛び、妖精道具から距離を取った。


 意識の端の方に感じる、膨大なエネルギーを秘めた何か。


「いよいよお出ましってことだね……!」


 目を開けていられないほどの突風が吹いた。


 ユーリが飛ばされないように、体を抱え込む。気を抜くと自分も飛ばされそうだった。


 吹きすさぶ風と、巻き上げられた衣装や小物。


 目に見えるのはそれだけだ。


「風の妖精・エリアル……!」


 ユーリの視線は宙を向いていた。彼女にははっきりとその姿が見えているのだろう。


「だいぶご機嫌斜めだわ」

「言われなくてもそれは分かる。……っ!」


 風に飛ばされたのか、革製のブーツの片足がユーリの間近に迫る。


「危ないっ!」


 床に転がっていた箒を掴む。

 間に割込み、ブーツを勢いよく叩き落とした。


「助かったわ……って、また!」

「ああ、もうっ!」


 ふりかぶって……スイング!


 ぽとり、とブーツが床に落ちた。


「で、私の知っているエリアルって、温厚な性格のはずなのよ」

「これの、っ、どこが、っ!」


 また箒をふりまわす。今度は作り物の王冠にヒットした。


「だからちょっと変なのよ。まるで別の存在になったみたい……あ、左からハンガー」

「考察は、っ、あとで……! 早く何とかしないと、っ! 頭下げて!」


 箒を高めに振り上げ、ユーリの頭上を通過していったハイヒールを叩き落とす。


 ああもう! こんなんじゃ落ち着いて話もできない!


「クラブハウスが壊れそうだし!」


 古い建物なのだ、ユーリが夕方言った冗談が本当になってしまう。


「といっても、さすがにこの状態じゃ無理よ。妖精道具にすら近づけないし」


 頭を下げたまま、ユーリは顎に手を当て、少し考える素振りを見せた。


 その間にも靴が、アクセサリーが、大道具用の釘が、風に巻き上げられ襲い掛かってくる。


「も、ぉ、っ! いいかげんに……してっ!」


 さすがの私もそろそろ息切れが……!


 通算50回目のスイングを決めた頃、ユーリがぽん、と手をたたいた。


「ノエル、一つお願いがあるんだけど」


 そして私の肩を掴むと、耳元に口を寄せた。


「ちょっと追いかけっこをしてきてくれない?」


 ……はい?

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