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妖精姫は深夜に眠る  作者: 波久音子
1.クラブハウスの侵入者
10/45

9


 その晩。

 クラブハウスの廊下を、私とユーリは明灯球を片手に進んでいた。


 廊下の灯りは消されている。

 一歩先も見通せない中を、ユーリは休日にショッピングに行くかのごとく軽やかに進んで行った。


「妖精絡みなら私が行くしか無いでしょ?」

「いや……それこそ『機関』とかに依頼するとかさぁ」


 『機関』は妖精絡みの事件・事象を調査する国直属の組織。

 優秀な妖精使いがたくさん集まっていると聞く。


「もう、ノエル。さっきから文句ばっかり! 腹括って!」

「あんたのためを思って言ってるんですけど!」


 時折くるりとターンを決めながらふらふら歩いている彼女に緊張感は皆無。

 見ているこちらは気が気じゃない。


「ネメシア家の名に誓って、だいたいの物からあんたを守ってみせるし、その自信はあるよ。でも、例外はあるんだってば……名誉とか、外聞とかさ」


 少し前を歩いている背中に向かって言うと、ぴたりと動きが止まった。


 ……と思ったら、トトトと小走りでこちらに戻ってくる。


「どうした――のぉっ!?」


 タックルするかの勢いでユーリが飛び込んできた。

 ちょっとみぞおち入ってるんですけど……!


「な、なんなのいきなり!?」

「……んー、あなたのそういうところが大好きだなぁ、と思って」

「……いや、ホントなんなの」


 何を急に言い出すのか……この人は。

 べりっと、引き剥がす。


「あら、もう終わり?」

「終わり終わり。さっさと調べて帰るよ。日付変わったらマズい」

「ま、それもそうね」


 ふふ、と笑ったユーリは腕時計にちらりと目線を向けた。


「22時15分……予定の時間まであと少しね。このまま続けましょう」



 夜の静寂の中に他愛ない雑談を響かせながら、歩を進める。

 一階東側の廊下を突き当りまで進み……階段を上り、二階へ。


「あら、この部屋鍵が開いてるわ……」


 ユーリが触れたドアがカチャと音を立てて小さく開く。


「普通に見回りしてるし」

「一応、当番を変わってもらった名目だしね。……『ロックド』」


 ユーリが言うと、ガチャと鍵のかかる音がした。

 それを確かめた後、ユーリは虚空に向かって微笑んだ。


「ふふ……見張りをお願いね」


 妖精使いと一緒に居るとたまにあることだけど……いつ見ても不思議な光景だ。


「妖精、いるんだよね?」

「ええ。小さな力しか持っていない子だけど、真面目で素敵な妖精よ」

「ふうん……」


 いるのかぁ、そこに。私には暗闇が広がっているようにしか見えなかった。


「あ、ねえ。その妖精に衣裳部屋の話、聞けないの?」


 もしかしたら何か手がかりがあるかも。


「それもそうね。……ねえ、少し聞きたいのだけど……」


 ユーリは再び宙に向かって語りかけはじめた。

 それを横目に、廊下の先に視線をずらす。


 一度大きく息を吸い、吐く。……集中。


 神経を研ぎ澄ませる。……細く、鋭く、綿密に。

 意識の網を張り巡らせ……。


 探れ。見えないモノを。


 まずは一つ。……小さい。

 もう一つ……大きい? こっちは少し離れたところから。


 もしかして、これが事件を起こしている――


「お待たせ、ノエル」


「っ……あ、終わったの」


「ええ。あの子はこの部屋の周りしか動けない契約になってるみたい。だから直接衣裳部屋の妖精にあったことはないそうよ」

「……意外とお役所仕事なんだね」

「妖精道具の作り手がそういう契約にしたんでしょうね。ただ、毎晩音だけは聞こえていたから、何があったのかと不安がっていたみたいよ」


 ユーリはふたたび腕時計を見た。


「22時25分……ちょうど良さそうね」


 それだけ言うと、また軽やかな足取りで廊下を進んで行く。


「……あ、気を付けてよ! たぶん相手、結構強いから!」

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