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その晩。
クラブハウスの廊下を、私とユーリは明灯球を片手に進んでいた。
廊下の灯りは消されている。
一歩先も見通せない中を、ユーリは休日にショッピングに行くかのごとく軽やかに進んで行った。
「妖精絡みなら私が行くしか無いでしょ?」
「いや……それこそ『機関』とかに依頼するとかさぁ」
『機関』は妖精絡みの事件・事象を調査する国直属の組織。
優秀な妖精使いがたくさん集まっていると聞く。
「もう、ノエル。さっきから文句ばっかり! 腹括って!」
「あんたのためを思って言ってるんですけど!」
時折くるりとターンを決めながらふらふら歩いている彼女に緊張感は皆無。
見ているこちらは気が気じゃない。
「ネメシア家の名に誓って、だいたいの物からあんたを守ってみせるし、その自信はあるよ。でも、例外はあるんだってば……名誉とか、外聞とかさ」
少し前を歩いている背中に向かって言うと、ぴたりと動きが止まった。
……と思ったら、トトトと小走りでこちらに戻ってくる。
「どうした――のぉっ!?」
タックルするかの勢いでユーリが飛び込んできた。
ちょっとみぞおち入ってるんですけど……!
「な、なんなのいきなり!?」
「……んー、あなたのそういうところが大好きだなぁ、と思って」
「……いや、ホントなんなの」
何を急に言い出すのか……この人は。
べりっと、引き剥がす。
「あら、もう終わり?」
「終わり終わり。さっさと調べて帰るよ。日付変わったらマズい」
「ま、それもそうね」
ふふ、と笑ったユーリは腕時計にちらりと目線を向けた。
「22時15分……予定の時間まであと少しね。このまま続けましょう」
夜の静寂の中に他愛ない雑談を響かせながら、歩を進める。
一階東側の廊下を突き当りまで進み……階段を上り、二階へ。
「あら、この部屋鍵が開いてるわ……」
ユーリが触れたドアがカチャと音を立てて小さく開く。
「普通に見回りしてるし」
「一応、当番を変わってもらった名目だしね。……『ロックド』」
ユーリが言うと、ガチャと鍵のかかる音がした。
それを確かめた後、ユーリは虚空に向かって微笑んだ。
「ふふ……見張りをお願いね」
妖精使いと一緒に居るとたまにあることだけど……いつ見ても不思議な光景だ。
「妖精、いるんだよね?」
「ええ。小さな力しか持っていない子だけど、真面目で素敵な妖精よ」
「ふうん……」
いるのかぁ、そこに。私には暗闇が広がっているようにしか見えなかった。
「あ、ねえ。その妖精に衣裳部屋の話、聞けないの?」
もしかしたら何か手がかりがあるかも。
「それもそうね。……ねえ、少し聞きたいのだけど……」
ユーリは再び宙に向かって語りかけはじめた。
それを横目に、廊下の先に視線をずらす。
一度大きく息を吸い、吐く。……集中。
神経を研ぎ澄ませる。……細く、鋭く、綿密に。
意識の網を張り巡らせ……。
探れ。見えないモノを。
まずは一つ。……小さい。
もう一つ……大きい? こっちは少し離れたところから。
もしかして、これが事件を起こしている――
「お待たせ、ノエル」
「っ……あ、終わったの」
「ええ。あの子はこの部屋の周りしか動けない契約になってるみたい。だから直接衣裳部屋の妖精にあったことはないそうよ」
「……意外とお役所仕事なんだね」
「妖精道具の作り手がそういう契約にしたんでしょうね。ただ、毎晩音だけは聞こえていたから、何があったのかと不安がっていたみたいよ」
ユーリはふたたび腕時計を見た。
「22時25分……ちょうど良さそうね」
それだけ言うと、また軽やかな足取りで廊下を進んで行く。
「……あ、気を付けてよ! たぶん相手、結構強いから!」




