え、なんかイケメン!?
無事だった教室に移り、お昼を食べ終えた二人は学院内にある移動魔法陣で公爵家の本邸に向かった。
ジュスティーヌは、どういうわけかシェパーズパイを弁当として作るようジュリエットに命じ、自分はどこかに行く。
この料理、普通は丸鉢で作るものだが、それだと持ち運びにくい。
パウンド型で作ったシェパーズパイが焼き上がり、しっかり包んだ頃に、侍女が迎えに来た。
移動魔法陣のあるホールに戻ると、ジュスティーヌは、普段は背に流している銀の髪をうなじでくくり、公爵家の色である青色のドレスをまとって、魔法陣の上に立っていた。
ドレスの上から胴、腕、腰回りを守る鎧もつけている。
腰には細身の剣も下げていた。
ローブをまとった魔道士3名も魔法陣の上に待機している。
「『対』の位置を」
ジュスティーヌは片耳だけしていたイヤリングを外すと、魔道士に渡す。
魔道士は、魔法陣の中央の台座に置かれた、大きな水晶玉にかざした。
イヤリングはいつもジュスティーヌがつけているもので、確か、昼休みが始まった時は、両耳につけていたはず。
どうやらアルフォンスに投げつけたのは、もう片方のイヤリングだったようだ。
特殊な魔石を2つに割って魔法陣を組み込めば、もうひとつの石がどこにあるのか場所を特定できるようになる。
ただし、大貴族から見ても大変高価なもので、普通なら家宝扱いになるものだ。
公爵家の一人娘であり王太子の婚約者とはいえ、そんなものを普段使いしていたのかとジュリエットはぶったまげた。
「ダンフォース山脈の西側、八合目の洞穴のようです」
水晶玉の煌めきを読み取った魔道士が告げる。
ジュスティーヌは頷くと、シェパーズパイの包みと侍女に持たされた水筒を胸元に抱いたジュリエットを差し招き、しっかり手をつないだ。
「スコッティ、転送して」
「イエス・マム!」
魔道士は詠唱を始め、ジュリエットが「あれ?私も行くんです??」と訊ねる前に、魔法陣はまばゆい光に包まれた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
光が消えた時には、少し開けた草地の上に一行は立っていた。
肌寒さにジュリエットがぶるっと震える。
目の前にの山腹には、大きな洞窟がぽかりと口を開いていた。
魔道士達に周辺を警戒させ、ジュスティーヌはジュリエットを連れて、数歩だけ洞窟に入る。
先がわからない暗さだが、奥はかなり広い様子だ。
「殿下! 避けてください!」
奥へ呼びかけると、ジュスティーヌはファイアボールを次々と打ち込み始めた。
「ぴぎゃああああ!?」
アルフォンスの情けない悲鳴が響いた。
どうやら無事のようだ。
だが、こんなにファイアボールを打ち込まれたら、無事じゃなくなるんじゃ!?とジュリエットが固まっていると、すぐに黒髪の若い男が飛び出してきた。
交接のため、竜は人間に变化することができるのだ。
「え、なんかイケメン!?」
身長は2mはあるだろう。
鍛え上げられた体躯、野性的な魅力に溢れた美形っぷりに、ジュリエットが思わず叫んだ瞬間、男はジュスティーヌ達を飛び越え、外に躍り出ると同時に、咆哮とともに巨大な黒竜の姿に戻った。
「ようやく得た番を、我から奪う気か!!」
「問答無用!!」
ジュスティーヌも外に出て、背にジュリエットをかばいながら、飛び立とうとする黒竜にいきなりファイアボールを放った。
「やめろ、オセロー!
ジュスティーヌは強い!
焼き殺されるぞ!」
早速迫られていたのか、シャツが半脱ぎになっているアルフォンスが、転びながら出てきて、黒竜に叫んだ。
構わず、ジュスティーヌは、次々とファイアボールを黒竜に打ち込む。
初級魔法とはいえ、無詠唱だ。
最初は人間の頭くらいの大きさだったファイアボールは、いつのまにか直径2メートルを超え、射出されるスピードもどんどん上がっていく。
というか、黒竜が避けても、その死角を大きく回りこんで、思わぬ角度から黒竜を襲い始めた。
あっという間に、黒竜は数十個の巨大な火球に追い回され、ボコボコにされはじめた。
竜といえばブレスだが、ブレスを吐こうと口を開くと、防御力が低い口中の粘膜を狙って、小さなファイアボールが口元に集中するため、口を開くことすらできない。
高く飛び立って距離を取ろうにも、まともに翼を動かすこともできない。
えぐい!姫様えぐい!とジュリエットは内心震えた。
気がつけば、百を超えるさまざまな大きさの炎の玉が黒竜のまわりをひゅんひゅんと超高速で周回し、黒竜の翼を頭を胴を尾を脚を、まんべんなくボコりまくっている。
まるで、竜を球状の檻に閉じ込めているようだ。
素人のジュリエットでもわかる。
オセロー、もう詰んでる。
「降参しろ!
降参したら、ジュスティーヌは命まではとらない!
たぶん!!」
アルフォンスが必死に呼びかける。
「失礼な。
降伏者を殺すような非道は、シャラントンはいたしませんわよ?」
これだけの術を展開しながら、力み一つ見えないジュスティーヌにちらりと睨まれ、アルフォンスは震え上がった。