我が番(つがい)は、いずこにおる?
突風で吹き飛ばされそうになりながら生徒達が逃げ惑う中、地響きを立てて、竜は中庭の中心に着地した。
「我が番は、いずこにおる?
このあたりに必ずいるはずだ!」
地を踏みしめ、どすどすと歩きまわりながら黒竜は問うた。
竜は問うだけ問うて、鼻をむずむずっとさせると、いきなりくしゃみをした。
「……失敬。
どうもこの季節は鼻の調子が悪い。
このあたりに一瞬、番の匂いを嗅ぎつけたのだが、地上に降りた途端コレだ」
中庭の周辺には、ミモザの花が咲き乱れている。
どうやらこの竜、花粉症持ちらしい。
ぶえっくしょい、ともう一度盛大にくしゃみをすると、中庭に面した窓のガラスがガチャンガチャンと割れ落ちた。
「ところで我が番は……もしや貴様か?」
恐怖で失神寸前のジュリエットを抱き支えて、闖入者を睨むジュスティーヌに、縦に開いた額の眼をぎろりと向けて竜は問うた。
黒竜は、額に第三の眼があるのだ。
「無作法なトカゲと結ぶ縁など、ありませんわ」
せっかくのランチを邪魔された怒りを押し殺し、ジュスティーヌは涼やかな声で答えた。
竜は気に入らぬげに3つの眼を細めたが、番探しが優先なのかぐるりとあたりを見回した。
逃げ遅れた生徒達が、慌てて物陰に伏せる。
「では貴様か?」
竜は、今度はジュリエットに問う。
「おおおおおおおおおとこわりしますうううううう!!!」
ジュリエットはがくがく震えながらも、弁当箱をがっちり抱え込んだまま全身で拒絶した。
「では貴様か?」
ぐるりと振り向いた竜は、膝をついた姿勢のまま固まっていたアルフォンスに問うた。
「はいいいいいいいい!?」
ぶったまげたアルフォンスは、違う違うと両手を振ったが──
「なるほどお前か!」
首を伸ばすと、竜は鼻面でアルフォンスを軽く倒し、器用に転がして、トラウザーズの腰裏のあたりをベルトごと牙に引っ掛けるように咥えた。
この地方の竜は、番となるのを拒めば固執せずに次を求める。
なのに、アルフォンスがうっかり諾と取れなくもない返事をしてしまったがために、花粉症の竜はアルフォンスを番とみなしたようだ。
ちなみに、竜は男性しか存在せず、番となった人間の体腔に卵の核を植え付け、魔力を注いで成長させ、産卵させることで繁殖する。
産卵は男でも可能だ。
だから竜に絡まれたら即お断りしろと、男でも女でも子供の頃から叩き込まれるはずなのだが──
「「「「殿下あああああ!?」」」」
ノアルスイユや生徒達が声を上げるがもう遅い。
「たーしーけーてえええええ」
情けない悲鳴をあげるアルフォンスをぶら下げた竜はばっさばっさと羽ばたき、突風を巻き起こすとあっという間に上空へと舞い上がっていく。
「殿下!」
ジュスティーヌが走り出て、なにかキラっとしたものをアルフォンスに全力で投げつけた。
落ちてこなかったので、アルフォンスはどうにか掴んだようだ。
「えっと、これ……
どうしたらいいんですか??」
ジュリエットは呆然と呟いた。
豪奢な校舎の窓ガラスはほぼほぼ割れ落ちてしまい、教室の中も大荒れ。
花壇も芝生もぐちゃぐちゃ。
中庭の噴水の中央に飾られた女神像も、ぽっきり折れている。
のどかな学院のお昼休みが一瞬でめちゃくちゃだ。
というか、国王唯一の男子である王太子アルフォンスが、黒竜にさらわれてしまった!!
だが、ジュスティーヌは落ち着き払っている。
「ノアルスイユ、魔導騎士団に連絡を。
わたくしが出ます」
「は!」
即座にノアルスイユが駆け出した。
ジュスティーヌはふんわり微笑むと、ジュリエットの頭を撫でた。
「まずは、お昼の続きを食べましょう。
わたくしばかりいただいて、まだジュリエットに食べさせてなかったもの。
食べ終えたら……少し、おでかけにつきあってくれるかしら」