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9話 そして幸せに?

「ローレンス様、今日は手を繋いでみませんか?」

いつも通り仕事終わりにセルヴィアとお茶を共にするローレンスに、そう提案すれば眉をしかめられた。

「は?貴方のスキンシップのレベル付けはおかしいのではありませんか。私の膝に乗ったり、散々抱きついておいて今更子どものように手を繋げと?」

「嫌ですか?手を繋ぎながらお散歩してみたかったのですが」

「婚約者といえど、外でそのような事をしてはどんな噂になるか分かりませんよ」

「だから、以前案内した庭園でと思いまして」

「はぁ、貴方に振り回されるのも今更ですね。いいでしょう」

眉をしかめながらも、ローレンスは手を差し出してくれる。その手を取って庭園まで歩き出した。

「私は庭園で手を繋ぐつもりで、あの、これでは使用人達に見られてしまいます」

「見られたからなんだと言うのです。今更放しませんよ」

既に何人もの使用人が微笑ましそうな顔でセルヴィアとローレンスを見つめているのがセルヴィアにとってはいたたまれない。

「だって、恥ずかしいんですもの」

「へぇ。たまには恥ずかしがる顔もいいですね」

あろうことか、恥ずかしがって俯くセルヴィアの顎を片手で掴みローレンスに強制的に視線を向けさせてくる。

「や、やめてください」

「悪役にでもなった気分だ。愉快です」

悪戯な笑みを浮かべるとパッと手を離す。安堵のため息が出た。

「最近のローレンス様は意地悪な笑い方をよくされますね。前はあまり表情を変えなかったのに」

「自分の感情を素直に顔に出すなんて自ら弱点を晒しているのと同じですよ。その代わり、相手を蹴落としたり牽制する時の悪い顔は得意なんです」

「私を牽制しているのですか?」

「さぁ?どう思います?」

「もう、また意地悪な答え方です」

拗ねるように唇を尖らせれば、ローレンスがまた意地悪な笑みを浮かべる。

「そんな顔して、また私にキスをされても知りませんよ」

その言葉に赤面してしまい、それからしばらく言葉を紡げなかった。そうこうしているうちに、二人は庭園に着いた。月が眩い程に光り輝き、夜露を含んだ花々や草木を照らしている。甘い香りと澄んだ空気に包まれた、賑やかな屋敷の中とはまるで違う異空間がざわついた心を鎮めていく。

「足元暗いので気をつけてくださいね」

「はい」

手を繋いだまま、片手で腕も掴みピッタリとローレンスに寄り添うが、彼が嫌がる様子はない。

「ちょうど貴方と話したい事がありました。結婚後の事です。もうあっという間に一ヶ月には私達は夫婦だ。結婚すれば貴方は公爵家の本邸に越して来ることになるでしょう。しかし、そこには母がいる。私の母は厄介の種ばかり撒き散らす。貴方が来ればどんな暴挙を犯すか。我が母ながら自信が無い。そこで、父と一緒に別邸に引っ込んで貰おうかと思いまして」

「え!?公爵夫人はそれで納得されたのですか?」

「いいえ。本邸から離れるのを彼女はひどく嫌がる。なのでいっそ、新たに王都に別邸を建てようかと。豪華絢爛に、流行りの建築技術で建てた別邸ならば母も納得するはずです。しかし、一つ問題がある。どんなに急いでもそれなりの屋敷を一軒建てようとすれば最低半年はかかる。それまで母と貴方を本邸に一緒に住まわせなければならない」

「私のことならば大丈夫です。公爵夫人に不便をかけるくらいなら、数ヶ月一緒に住むくらい」

ローレンスが立ち止まった。不安に思い顔を見上げれば、険しい顔をしたローレンスと目が合う。

「なぜでしょう。以前は抱かなかった不安が私の胸を支配するのです。悪い予感と言うのでしょうか。モヤモヤとしたものが胸を覆い、貴方と母を一緒にさせてはならないと頭の中で誰かが囁いているような気持ちになる」

ローレンスは未来を知らない。義母となった公爵夫人がセルヴィアに躾と称し鞭をふるったことも、冬に冷たい水をかけられ濡れて張りついたドレスのまま庭に放置した事も。そしてそんな義母に恐怖し、食事を摂れなくなったセルヴィアがどんどんやせ細っていったことも。

ずっと、人生をやり直してから不安だった。もう一度苦痛に耐え、孤独に死んでいくの恐ろしくて、そんな未来から目を背けていた。なのに、ローレンスは無意識にでもそんな未来からセルヴィアを助けようとしてくれている。胸に熱いものがこみ上げてくる。

「ローレンス様、ありがとうございます」

やり直しの人生で何度ローレンスにお礼を言っただろう。何度自分は幸せだと感じただろう。その度に、ローレンスに恋をして良かったのだと思うのだ。一度目の人生からずっと、セルヴィアはローレンスに片思いをしている。どれ程自分に興味のない夫でも、仕事にかまけて滅多に帰ってこない夫でも、ローレンスはセルヴィアの唯一の人だった。義務感だけで自分に接していると知っていても、彼の分かりづらい優しさが嬉しかったのだ。


それから一ヶ月後、結婚式の日を迎えた。

ふわりと裾が広がった真っ白いウエディングドレスを身に纏い、金色の髪を巻いて結い上げ、胸元にはローレンスの瞳と同じ翠色の宝石が輝くネックレスをつけている。

二度目のヴァージンロードを歩み夫となるローレンスのもとへ向かう。ローレンスの騎士団の式典用の赤い制服を身にまとっていた。胸元には勲章として王から贈られたいくつもの金色のバッチが輝いている。

「ステキです」

お祝いの言葉が終わり、ヴェールを上げた夫に向かい思わずそう囁けば、目を丸くした夫と目が合う。

「それでは、誓いの口づけを」

新婦は花嫁の頬を手で包みこみ、そっと顔を近づける。

「貴方はとても美しい。嘘偽りなく、心から愛しく思いますよ」

愛の言葉と共に口づけがふってきた。参列者席からは見えないように頬を包み込む手で口元を隠しながらも、その口づけは熱く長い。ようやく離れた時にはセルヴィアは動揺と酸欠でくらくらしてしまった。

「キスは鼻で息をするものですよ、花嫁さん」

「愛してるって、本当ですか?」

「さぁ?」

また悪戯な笑みを浮かべるローレンスを涙目で睨みつける。しかしセルヴィアの怒った顔は全くもって怖くない。リスに睨みつけられたかの如く、可愛いものだ。

「貴方を幸せにしますよ」

今度こそ自分は好いた人に愛され幸せになるのだと確信した。ときめきと幸せで胸がいっぱいになる。

「はい、よろしくお願い致します」

花嫁が心からの幸福な笑みを浮かべれば、新婦もめずらしく心からの嘘偽りない笑みを浮かべた。二人の幸せな夫婦を客人達が祝う。参列者席にはローレンスの母である公爵夫人の姿もあった。


「あんな女、すぐに消えるわ」


目の前の幸せを打ち壊すように呟かれた物騒な言葉は、歓声の中に溶けて消えていった。


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