8話 スキンシップはいかが?
求愛宣言以降、ローレンスは短時間だが頻繁にセルヴィアに会いに来るようになった。また、仕事が忙しく会えない時には代わりに花や宝飾品、ドレスといった贈り物を送ってくきてくれる。どれも高級そうな品で戸惑うがどれもセンスの良い素敵な品だ。しかしセルヴィアは添えられた手紙の方が楽しみだった。手紙には彼の近況や季節の挨拶が簡潔に書かれている。あまりに簡潔かつ甘さのないその文章は、仕事の文書のようだが、そんなところもローレンスらしいと何度も読んでは嬉しくなるのだ。今日もセルヴィアは手紙を読み返しては嬉しそうに微笑んでいた。
「まぁお嬢様、すっかり恋する乙女の顔ですね」
「え?」
「まぁ、あれだけ大胆に告白されたら浮かれるのもムリはありません」
婚姻前の男女、ましてや具合の悪かったセルヴィアをローレンスと二人にはしておけないと、あの日の求愛現場には実はひっそりハンナがいた。見られていたと思うと今でも恥ずかしくてたまらない。
「私、恋してるかしら?」
「あの日愛してると言って抱きついて、今も話題に出ただけで顔を赤くして潤んでいらっしゃるのに、自覚がないのですか?」
「いいえ、あるわ。恥ずかしくて認めたくないだけよ」
「それはよかった。しかし、私には新たな心配ができてしまいましたよ。義母となられる公爵夫人があのように冷酷な方だとは……。お嬢様を一人嫁がせる訳にはまいらなくなりました。なんとしてもこのハンナが公爵家の輿入れについて行きます!例え向こうの家が認めまいと関係ありません!」
「ハンナ……!」
嫁ぎ先に使用人を連れて行くのはあの家ではあまり歓迎されないかもしれないが、貴族社会ではそうめずらしくない行為だ。ローレンスにさえ許可を得ればハンナを連れて行く事もできるだろう。
「でもいいのかしら。馴染みある我が家からあなたを離して。ヒンスとも一緒にいられなくなるし」
「まぁ!ヒンスなんて何十年も家で一緒なんです。いい加減職場でくらい離れたいと思っていましたからちょうどいいんですよ」
「心強いわ」
正直もう一度一人で公爵夫人に対峙する勇気はないのだ。また失敗したらどうしようと思うと震えが走るし、あの威圧的で鋭い視線を思い出すと今もセルヴィアの背筋に冷たいものが走る。しかしハンナがいるなら別だ。それにローレンスも味方になってくれると言ったのだ。違う未来を描くことも可能かもしれない。
しかし懸念はまだある。
「でもローレンス様は私をまだ好きではないのよ。協力すると言った手前、私からもなんとかアプローチしなければならないのだけど」
「うーん、時間の問題のような気もしますが」
「それに贈り物だってあの日買えなかったから渡せてないのに、私ばかり受け取っているのよ。どうしましょう」
「では、伯爵家からそれ相応の品をいくつか見繕ってお返しの品をお贈り致しましょう。それからお嬢様からも個人的に贈り物をしてはいかがですか?そうですね、ローレンス様は騎士ですから、御守りとしてお嬢様手ずから刺繍を入れたハンカチーフなどよろしいのでは?」
「そ、そうね!いいかもしれないわ。私刺繍してみるわ!」
「……その結果がこれですか?」
数日後、セルヴィア手ずから刺繍したハンカチーフを貰ったローレンスの感想がこれだ。
「何日も何日もハンナに教わって、縫っては作り直し、縫っては作り直し、ようやく贈れるレベルのものができたんですよ」
「これが?失敗作がかえって気になりますよ」
最近のローレンスは仕事終わりにそのままセルヴィアの邸を訪ねてきて、小一時間程お茶を共にして帰っていく。一度夕食を共にしないか提案してみたが、目を通さなければいけない書類を自宅に残してきてるからと足早に帰ってしまった。短い逢瀬だし、共に外出することは観劇以来なかったが、忙しい時間をぬって少なくとも週に三回は必ず会いに来てくれる。そこに彼なりの誠意を感じる。
「ローレンス様、今日も疲れに効くというお茶を用意しましたの。それとマドレーヌを」
「ありがとうございます」
ローレンスはこう見えて甘党だ。ハンナが用意したハーブティーをセルヴィア自らカップに注ぎ、蜂蜜を入れてティースプーンでかき混ぜる。今応接間には二人しかいない。ハンナは廊下で控えている。ローレンスを籠絡したいというセルヴィアの希望を叶える形で、ハンナが二人きりの時間を提案した結果だ。貴族の令嬢が自ら給仕をするなんてはしたないと思われても仕方ないが、ローレンスが気にする様子はないため、これ幸いとセルヴィアはローレンス籠絡作戦を続行している。
「あの、ローレンス様。膝に乗ってもよろしいですか?」
「はぁ!?」
お茶を吹き出しそうになるローレンスに慌てて紙ナプキンを手渡す。
「そんなに反応しないでくださいませ。恥ずかしくなってしまいますわ」
「いえ、私の反応に関わらず十分に恥ずかしい提案ですが」
「だって、ハンナが仲良くなるにはスキンシップが大事だって」
信じられないものを見る目つきでまじまじと見つめられてしまい、拗ねたセルヴィアは頬を膨らます。
「貴方に令嬢としての恥じらいはないのですか?」
「だって、そんな事より仲良くなりたいんですもの」
「そんな事……。ふふ、いいでしょう、来なさい」
「え!?いいんですか?」
嬉しくなってローレンスを見れば、何やら目が血走っており、引きつった笑みを浮かべている。
「え、怖い」
「何がですか。貴方が言い出した事でしょう。来なさい」
思わず後ずさりしたセルヴィアの手をローレンスが掴む。今更ながら恥ずかしくなったセルヴィアは戸惑うが、そもそもが自分から言い出した事だ。女は度胸とばかりに覚悟を決める。
「えいやっ!」
声を上げながら、思いっきり飛びつくようにローレンスの胸に抱きつき膝に乗り上げるが、彼にとってはたいした衝撃でないのか、軽々と受け止めて腰に手を回してくる。さすがは騎士団団長だ。
「あの、いかがでしょう?」
「は?この状態の感想ですか?貴方の柔らかさについての感想ですか?え?何でしょうか?」
「怖いわ、ローレンス様」
再び後退しようとするセルヴィアの体をローレンスは腕を回し押し戻す。
「あの、これで仲良くなれますか?」
「ええ、とても仲良しの状態ですよ」
「では、私のこと少しは好きになれました?」
その問いに眉間を抑えてローレンスが押し黙る。
「あの、ローレンス様ぁ?おーい」
「貴方はよほど私にキスされたいらしい」
「え!?きゃっ!?」
抱きつく形から一変、押し倒されるように横抱きにされ顔が近づいてくる。ローレンスは睫毛まで銀色なんだと美しい顏をうっとりと見つめてしまう。
「目を閉じないおつもりですか?」
「え?その、本気ですか?」
「本気にさせたのは貴方です」
「なら、ローレンス様に従いますわ」
ゆっくり目を閉じれば、唇にやわらかいものが当たる。二度目のファーストキスだった。一度目のファーストキスは初夜で必要に迫られてだったから、こんなロマンチックにキスをされるとは思ってもいなかった。少しも嫌じゃない。
「好きです、ローレンス様」
口づけの合間にそう囁けば、もう一度口づけられた。
「ローレンス様は?」
「さぁ、どうでしょう?」
答えをはぐらかし、悪戯な笑みを浮かべるローレンスにでさえセルヴィアはときめいてしまう。その後はそのまま抱きしめられてなかなか離してもらえなかった。ただ彼の鼓動が心地よくて、このまま幸せな眠りにつきたかった。
大丈夫?前回のシリアスとの温度差に風邪ひかない、皆さん?と言う気持ちです。
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