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7話 妻(未来軸ローレンス視点)

セルヴィアが亡くなった後のローレンス視点。シリアス注意。

妻が亡くなったと聞かされたのは騎士団の仕事終わり、馬車で屋敷に着いてからだった。大人しい執事からのめずらしい責めるような視線に、虚言ではない事を悟ると、階段を登り慌てて妻の部屋に踏み入れた。

部屋の中心、大きなベットの中に普段よりも更に青白い妻が寝ているのを確認すると、ホッと胸を撫で下ろした。なんだ生きているではないか。顔にかかった髪を直そうと妻の顔に触れると氷のように冷たかった。ざらりとした硬い死者の感触。

「どういうことだ……」

呟きを拾ったのは、部屋の中にいた医師だった。

「公爵様、ご内密に話があります」

慌てていたため存在に気がつかなかった私は、跳ねるように振り返り医師の顔を見た。そして大股に近づく。

「妻はなぜ死んだ!?なぜ今まで連絡を寄越さなかった!?朝まで元気に歩いてたんだぞ。それがなぜこの有り様だ!お前は最善を尽くしたのか!?」

胸ぐらを掴まれても医者は抵抗もせず、静かに私と目を合わし語りかけた。

「その死の原因のことでお話があります。他の方に聞かれては公爵家にとってまずいかもしれないと判断し、ご内密にと言ったのです」

その冷静さと、淡々とした口調はいつもの私に似ている。そこでようやく自分が今までになく気を動転させている事実に気がついた。感情に乏しい自分に、こんな荒い一面があったとは。胸ぐらからそっと手を離すと、医者に詫び、それから部屋から使用人達を退出させた。

「それで、原因はなんだ」

「衰弱死、に近くはありますが、ここをよく見てください」

そう言って腕の内側を医者は指さす。そこには紫色の斑点が大量に散らばっていた。

「なんだこれは。妻は病気だったのか?」

「いえこれは、毒を使われた証かと思います。これと同じものが腹部と太ももにもありました。確証はありませんが、これによく似た症状の毒を知っています」

「なんだと……?」

「食事もあまり摂っていなかったのか衰弱しやせ細っていますが、直接的な原因は体内に貯留した毒物かと。微量の毒を長期間服用させられていたのではないでしょうか。可哀想にその影響でふらついてらっしゃったのか、階段から転がり落ちたようです。高熱と全身の痛みに苦しみ、公爵様の名前を呼びながら逝かれました」


腕には斑点の他に痣がいくつもあった。高熱に苦しんだ体が冷たくなるまで、何時間私は妻の死を知らずに騎士団の詰め所にいたのだろう。自分を呪いたくなる。

妻の横で何も話さず項垂れる私を医師は気遣ったのか、会釈と軽い挨拶だけをして部屋を出ていった。残されたのは冷たくなった妻と私の二人だけ。


しんと静まった部屋で泣きわめくでもなく、ただただ考え続けた。なぜこうなったのか。どうすればよかったのか。冷たく力ない妻の手を握りこむ。細い腕だ。どれ程の苦労を今まで彼女にかけていたのだろう。幸せとは程遠い生活だったはずだ。それなのに、私と結婚したせいで命まで奪われるとは。理不尽だ。結婚前の無邪気で柔らかな笑顔を思い出す。

どれ程そうしていたか、私はようやく顔を上げた。もし本当に毒が使われていたというのならば、疑わしい人物が屋敷にいる。


「母上、妻が亡くなりました」

「そうか」

ティールームでお茶を飲んでいた母を見つけそう報告すれば、こちらも振り替えずにすぐさまそう返す。興味が無いのか、もう分かっていたのか。

「毒殺されたようです。それも微量の毒を長期間服用していたそうです」

「ほう、それは本当に毒殺だったのだろうか?気の弱い娘が現実逃避に危険な薬物を使ったのかもしれないし、もともと今にも死にそうな脆さだったからな、限界が来て壊れてしまっただけかもしれない」

「母上!」

「滅多なことを口にすべきでない。公爵家当主なら尚更な。醜聞は望ましくない、隙をつくることになる。このまま病死で片付けよ」

ようやく振り返った母は無表情ながらも、鋭い目つきで私を睨めつけた。大の男もたじろぎ卒倒すると社交界で噂される程の彼女の威圧感をありありと感じる。しかし私の心は今まで以上に冷たく凍りつき、恐怖など感じない。あるのは静かな怒りだけ。

「毒は、避妊目的に使われるものも多くある。ちょうど妻も不妊に悩んでいた。その真の理由が毒だとしても気がつけなかったでしょうね。そしてあなたは私と妻の離縁を望んでいた。五年間子どもができなければ、この国の法では夫の希望があれば離縁が可能だ。しかしそれを私は望まなかった。離縁の提案を退けたため、ついいつもより多くの毒を服用させたくなったとしても、ムリはない筋書きでしょうね」

「おかしな妄想だな。公爵こそ頭の病気ではないのか?」

母は嘲笑するように口もとに薄く笑みを浮かべた。

「母上、あなたをもっと早く隠居させていればよかった。女狐のように野心溢れるあなたが、私を無理やりにでも王家に連なる家の令嬢と再婚させたがっている事は知っていたのに」

母の姉は今は亡き前王妃殿下だ。姉ではなく自分こそ王家に嫁ぎたがっていた母は、王家とより強固な縁を結ぶ事に強く固執している。だからこそ息子である私を王家と連なる家系の娘と結婚させたがっていた。今でさえ前王妃の妹として貴族社会で強い権力を握っているというのに、この人の野心は留まることを知らない。

「なんだ、お前もあの小娘には冷たくあたっていたではないか。内心いなくなって喜んでいるのではないか?いや、小娘の方がお前から解放されて清々してるかもしれぬな」

「それはあなたが!私が妻に近づけば近づく程、躾と称し折檻していたからでしょう」

「卑しい娘の調教だよ。だがお前が辞めろというから数年前に辞めたではないか。今更蒸し返すな」

「妻とこれ以上親しくせず仕事に専念すれば辞めるという条件つきでした。私のいない間に隠れて手を出されては守りきれないとあの時は渋々条件を呑みましたが、そんな事せずにあなたを追い出していればよかったと悔やんでいますよ」

「私を追い出せば、王家も黙っていない。そこまでして守る価値があの娘にあったか?」

「そもそもがこの結婚は、王家の指示でした。それを覆そうとする母上に王家が味方するとでも!?」

「するさ。うるさい王弟はようやく黙らせた。もうおかしな王命は聞かなくて良いのだ」

いったいこの人は何をしたのだ。王に対し大きな影響力を持っていた王弟殿下は二年前いきなり政界から姿を消すように隠居した。病気の療養故とも、何か罪を犯した故とも噂されているがその真偽は定かではない。

母の罪の大きさに目眩がする。頭を抱えた私を見て勝ち誇ったように母が笑みを深める。

「それにあの娘がここ数年更に青白くふらついていたのはお前も気がついていたはずだろう。それを見て見ぬふりをしてきたくせに今更私を妄言で責めるのか?」

「それは……」

「愚か者が。図に乗ってこの私といつまでも対等のような口をききおって。お前が公爵家嫡男でなければ、私の息子でなければ、とうに私がお前を追い出していた。この屋敷の使用人も、王家も、全員私の味方だ。今更お前に何ができる?せいぜい小娘の事は忘れて、これから来る名家の嫁との間に子をもうけるのだな」

扇をピシャリと手で閉じると、それで話は終いとばかりに立ち上がりティールームを立ち去ろうとする。それを許さないとばかりにドレスの裾を引っ張れば、母は眉をしかめ私を振り返った。

「この無礼者が」

「母上、私は幼い頃から与えられたものを義務として受け入れ、今の地位まで登りつめました。妻でさえもそうだ。私はただ受け入れた。感情など私には必要なかった。義務をこなす公爵家の嫡男としての私しか求められず、あなた方両親の愛すら知らない。私もあなた方を愛していない。今は軽蔑すらしている。しかし、妻は、セルヴィアは、こんな私がうかつに手を出しては行けない程に無邪気で感情豊かで、もっと私とは遠い場所で幸せになるべき人だった。こんな結末はあってはならないんだ」


母を許さない。自分を許さない。


「私と一緒にあなたは死ぬべきだ」


「無駄だ。お前に私は殺せぬ」


手を力強く振り払い、母が去っていく。一人取り残されたティールームで私は呟いた。


「神よ。あなたに産まれて初めて祈るよ。彼女を幸せにやってくれ。あなたのみもとでさえ幸せになれぬのならば、私はあなたも許さない」


痛む胸の代わりにどこかに頭をうちつければ、少しは楽になれるだろうか。憎いもの全てを壊せばスッキリするだろうか。いや、何をしても彼女は戻ってこないのだ。私はひどい夫だった。


「彼女にはもっと違う未来を与えたかった。私ではない男と、幸せになるべきだったんだ」


涙を流すのは幼い頃以来だ。


「ローレンス様!」



彼女の声が聞こえたような気がして顔を上げるが、案の定そこには誰もいない。ティールームはいつまでも静かだった。



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