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5話 嵐との再会

近いうちに連絡すると言っていたが、ローレンスからの便りはそれから何日経ってもなかった。やはり忙しいのか、義務感だけの逢い引きが嫌になったのか、セルヴィアには判断がつかなかった。セルヴィアから手紙でも書けばいいのかと思ったが、もし本当に忙しかったら催促しているようで悪い。そう考えると書けなかった。 そもそも夫とは五年間上手くいっていってなかったのだ。ローレンスには仲良くしたいとは言ったが今更どうすればいいのか分からない。先日の観劇は奇跡的に上手くいっただけなのだ。


「ねぇ、ハンナ。夫婦が上手くいくコツって何かしら?」

「上手くですか。ヒンスと私はかれこれ三十年以上は夫婦生活を送っていますが、万事全て上手くいっているかと言ったら否定しますね」

「ええ!?あなた達とても仲がいいじゃない」

「ヒンスは思っている事をなかなか言葉にはしないからやきもきする事なんてしょっちゅうですし、私は私で大雑把だからヒンスのこだわりを理解できなかったり、喧嘩なんてしょっちゅうですよ」

「意外だわ。あなた達夫婦はとても上手くいっているものだと思っていたわ」

「どこの夫婦も大なり小なりそんなものですよ。旦那様と奥様も未だに新婚のように仲睦まじくしておりますが、一方で旦那様は粗野ですから奥様に怒られる事もしょっちゅうです」

「でもお母様もお父様もお互い愛し合っているわ」

「もちろんでございます」

「ハンナとヒンスもでしょう?」

「まぁ、小っ恥ずかしい事を言わせないでくださいな。でも、確かにあの人が夫で良かったとは思っておりますよ。若い頃のようなときめきはありませんが、一緒にいると落ち着きますし、あの人の仕事に対する姿勢は尊敬していますからね」

「ふふ、すてきね」

静かで小柄なヒンスと朗らかで恰幅のいいハンナ、正反対に見えても相性はいいのだろう。仲睦まじい二人を想うと微笑ましくなる。

「私もそんな夫婦になりたかったわ」

両親とハンナ達夫婦と、幸せそうな夫婦に囲まれて育ったセルヴィアも当然幸せで穏やかな家庭を築けると信じていた。政略結婚が当たり前の貴族の世界では両親のような仲睦まじい夫婦こそ少数派だとは知らずに。叶わなかった願いだ。


「あら、お嬢様は今からではないですか。確かに恋愛結婚ではないからときめきが無くて物足りないかもしれませんが、ローレンス様は真面目で仕事熱心な方と聞きます。お嬢様の事を大事にして下さると信じていますよ。いえ、そもそも優しいお嬢様が不幸になる未来なんて絶対にありえません。私達の大事なお嬢様は誰よりも幸せになるべきです!」

何も知らないハンナの笑顔が眩しい。だからセルヴィアも、何も知らない無垢な十六歳の少女の顔で微笑んだ。

「ありがとう」


「そうだ、ローレンス様の事で悩んでらっしゃるのなら、思いきって贈り物をなさってはいかがです?ネクタイやハンカチーフなど、お嬢様が手ずからお選びになって贈って差し上げればどんな殿方も喜びますわ」

「そうね。ドレスのお返しもまだだったしちょうどいいわ。ハンナ、今から街に贈り物を探しに出かけてもいいか、お母様に聞いてきてくれる?」

「ええ、かしこまりました」


支度をすると馬車で街へ出かける。セルヴィアの母も一緒について行きたがったが、午後に来客があるからと名残惜しそうに見送ってくれた。結婚したら母娘二人の時間はそう取れなくなる。だからこそ今まで以上に一緒にいたがるのだろう。


ローレンスへの贈り物を求めてまずは紳士服専門店へと訪れた。店の中は父親程の年齢の紳士客が多いうえに、箱入り娘のセルヴィアが一人でこのような店に来るのなど初めてで、場違い感と恥ずかしさでいっぱいいっぱいになってしまう。商品の説明もまともに頭に入らず、掴まっているハンナの腕をギュッと握り縮こまる。


「お嬢様、店を変えましょう」


そうハンナに言われて店を出て、ようやく息がつけた。


「ローレンス様のお好みを私もお嬢様も分からない事を失念していました。無難なものでもよろしいでしょうけど、お嬢様からの初めての贈り物ですし、一度カフェででも休んでから、もう一度違う店で探しましょうか」


ハンナの提案に頷くと、王都で流行りの紅茶の専門店に入った。ダージリンのいい香りに包まれて、気持ちが緩んでいく。テラス席にはまばゆく日が差して暖かいが、反対に冷たい風が肌をさす。ハンナはハンドバッグからショールを取り出すと、セルヴィアの肩にそっとかけた。

春の陽気と、先程までの緊張からの解放のためか、うとうとと眠気がやってきた。微睡んだ思考のままにふと、セルヴィアは現状について考える。やり直しのこの人生の不思議さと意味について。

結局このやり直しの人生で、神は自分に何を求めているのだろうか。結婚が避けられないこの時間軸に帰ってきて、私はまた結婚後に寂しく死ぬのだろうかと、セルヴィアは考える。五年間の結婚生活でセルヴィアは跡取りを産むことができなかった。子どももできない体では、結婚したらすぐに愛人を作るように夫に勧めるべきだろうか。それこそが神が求めていることだろうか。それでも、と。それでもと考える。万が一の可能性として、長年望んでいた父と母のような幸せな夫婦になり、この手に我が子を抱く事ができたのならば、それはどんなに幸せな人生だろうか。未来が分かっているのに繰り返しの人生に希望を持つなんておかしいことだと思いながらも、セルヴィアは僅かな望みと夢を捨てきることができなかった。一人考えごつセルヴィアにふと、影が差した。人の気配を感じ顔を上げる。


陽光のもと美しく輝く銀色の髪に、神秘的な翠色の瞳。無表情に、厳かに、その髪と瞳の持ち主はセルヴィアを見下ろす。


「おや、お前はアレの婚約者ではないか」


セルヴィアの顔がさっと青ざめる。目の前にいるのは未来の義母であり、ローレンスの母だった。


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