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4話 夫は堅物能面です

「貴方といると疲れます。それにそのドレスは失敗でした。流行のデザインからは離れますが、次はもう少し露出の少ないものを送りましょう」

胸元からローレンスの手を取り、ついでにセルヴィア自身でなんとか絡まったネックレスをボタンから外すとローレンスはため息混じりにそう言った。

「え、次?次があるのですか?」

「当然でしょう。これは王命であり、公爵家の当主になるにあたり必要な事であり、即ち私の義務です」

この時代のローレンスはおかしい。セルヴィアが知る本来の時代のローレンスはもっと冷たく、厚意の欠片もなかった。妻に対して一切の興味も示さず、事務的に接していた。なのに今は不可抗力とはいえ、セルヴィアに対してこんなに感情を露わにしてくれて、一緒の時間を作ろうと努力もしてくれる。

「私は幸せですね」

「幸せ?」

「ローレンス様がこうして私を気にかけてくださる事が幸せです」

「貴方は、能天気ですね。よく分からない人だ」

「私はローレンス様と仲良くなりたいのですよ」

「夫婦になるからですか?」

「そうです。そこに愛はなくても、思いやりと優しさがある夫婦になりたいんです」

「それは、夢見る少女にしては甘くなく、次期公爵夫人としては甘い考えですね」

「ムリでしょうか?」

「分かりません。私の両親は貴方の理想からはかけ離れていましたから。貴方の言う夫婦がイメージできない」

「では、仕事のパートナーのように信頼できる関係ではどうですか?」

「まぁ、それくらいなら悪くないでしょう」

こうしてお互いの意見を言い合える事がセルヴィアには不思議で、かけがえのないことだ。もっと今みたいに夫に意見を言っていたら案外聞いてくれたのかもしれない。セルヴィアは夫であったローレンスの事をほとんど知らない。彼が何を考え、何を嫌い何を好いたのか、妻であったはずなのに知らなかった。ローレンスは日々騎士団長として仕事を黙々とこなし、たまに屋敷に帰ってくるだけの日々だったから。

婚約期間中に時が巻き戻ったという事は、今のローレンスは騎士団長に就任したばかりだ。その上婚約と同時に公爵家当主に就任する予定のため、その準備もあり忙しい日々を送っているはずだ。


「仕事と言えば、ローレンス様。差し出がましいようですが、連日お忙しいと聞きます。それなのに貴重な休みまでこうして時間を割いてくださって。お疲れではありませんか?」

「疲れですか。やらねばならない事をやるだけですから、その様な泣き言を言うはずがありません。私の義務です」

「でも、少しでも癒される時間があるといいのですが」

「癒しですか?そのような物は私には不要ですね」

せっかくの気遣いもぴしゃりと跳ね除けるローレンスにセルヴィアは思わずたじろいでしまう。結婚当時もよくこうして夫を心配しては気遣いは無用だと言われていた。その度それ以上何も言えずに萎縮してしまっていた。しかし今のセルヴィアは一度死んだ身なのだ。何も怖いものなどない身だ。今なら言いたい。妻が夫を心配して当たり前でしょうと。

「いいえ、閣下にも癒しの時間は必要です。お好きなものとか、お気に入りの場所とか、ありませんか?」

「好きなもの?そのようなもの考えたこともありません。与えられたものの価値を判断することはあっても、そこに個人的趣向を入れるなど無意味では?」

「まぁ」

ローレンスは堅物、能面男と社交界では噂されているが、まさかここまでお堅い人だとは思わなかった。

「それでは心が疲れてしまいますわ。疲れが溜まると心が風邪をひくのです。今までの人生での幸せな時間を思い出してみてください。そこに由来するものならきっとお好きなものもありますわ」

「幸せな時間……」

眉間を手で抑えてローレンスが考えこむのを、セルヴィアは静かに見つめていた。時間がかかってもかまわなかった。いつまでも待つつもりだ。しばらくして、唸るようにローレンスは言った。

「私は幸福な人間です。幸せな思い出くらいあるはずです。次に会う時までの宿題にさせてください」

「はい、いいですよ」

セルヴィアは笑顔で答えた。

「それと、参考にセルヴィア嬢の幸せな思い出を一つ、聞かせてはくれませんか?」

「えっ!?私ですか」

「ええ」

「分かりました。えっと、いざ話すとなると確かに悩みますね。申し訳ありません、先程は不躾な質問でしたね」


幸福な時間とはどんな時だろう。大好きなスイーツを食べた時?誕生日にお父様とお母様、それにハンナ達使用人がめいいっぱいにお祝いしてくれた時?セルヴィアも先程のローレンスのように悩み始める。その様子をローレンスは黙って待っていた。

「えっと、色々考えこんでしまったのですが、あの私は昔から鈍くてのんびり屋で、よくお友達やメイド達を困らせてしまってばかりで。でもそんな私をみんな急かす事なく話を聞いてくれるんです。それから、視察などの遠征からお父様が帰ってきた時には、お母様と一緒にお父様にめいいっぱいハグをするんです。頬にもキスをして無事をお祝いして。あ、もちろん出発の時もハグとキスはするのですが。それから、産まれた時から可愛がってくれるハンナとヒンスという使用人がいるのですが、まるで本当の娘のように接してくれるのです。悩んだ時はアドバイスをくれて、悲しい時は抱きしめてくれて、時には叱られたりもしますが。えっと、つまり、幸せな思い出というか、幸せな時間は家族や屋敷の使用人達とこれまで過ごした時間そのもの、なのです。長々とすみません。それにこんな答えではもともとのお話からズレてますよね」

恐る恐るローレンスの顔を窺いみる。

「いえ、興味深い答えです。あまりそのように考えた事はなかったので」

失望したような様子もなく、いつも通り無表情に答えている。呆れられてはいないようだ。

「それで?貴方の好きなものはご家族と使用人という事ですか?」

「はい、そうなりますね。あ、でもプリンアラモードも好きです」

「プリンアラモード?」

「あ、ご存知ありませんでしたか?プリンの周りに果物が山と盛り付けられた色鮮やかで美しい、甘く冷たいデザートなのです」

「いえ、知ってはいます。食べた事はありませんが。よろしい、次回はカフェにでも行きましょうか。そのプリンアラモードを食べに」

「本当ですか!?ありがとうございます」

大好物のプリンアラモードが食べられるとあってセルヴィアの胸は高鳴った。今から楽しみで口元が緩んでしまう。結婚してからはずっと食べられていなかったご馳走だ。

「嬉しそうですね」

「はい!プリンアラモードは特別なんです!ローレンス様の優しさに感謝致しますわ!」

「貴方は表情豊かですね。純粋で、すぐ騙されそうだ」

「え?」

「気をつけるように。さぁ、御手を」

馬車が止まり、いつの間にかセルヴィアの屋敷に着いていた。扉が開き、先に降りたローレンスが手を差し出し降りるのを手伝ってくれる。

「また近いうちに連絡します」


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