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2話 夫が初心でした!?

朝食会場は賓客のためにいつも以上に花やクロスで飾り立てられ、金のスプーンとフォーク、美しい花模様の皿が並んでいた。ローレンスはセルヴィアよりも格上の公爵家の嫡男だ。王命により確定した婚約であっても失礼があってはいけないと、使用人達に命じて殊更飾り立てたのだろう。

席に着くと、料理が順々に運ばれてくる。いつもよりもシェフが張り切って作った料理は美味しい、はずなのだ。真ん前に座り射抜くような視線をぶつけてくるローレンスさえいなければ。彼はやはり私が婚約者では不服なのだろうと、セルヴィアは内心ため息をついた。結婚後もローレンスはセルヴィアに厳しい目を向けていた。夫婦としての義務はこなしても、そこに愛情も厚意もなく一緒にいる時間はやがて苦痛になっていった。それでも、伯爵家と違い古いしきたりだらけの嫁ぎ先で唯一頼れるのは夫だけだった。不仲と、一言では表せない程に二人の関係は冷めていて、拗れていた。それでも、とセルヴィアは思う。それでも、死ぬ前にローレンスに会いたかった。優しい目を一度でいいから向けてほしかった。


「セルヴィア、デザートを食べ終えたら庭を案内してさしあげなさい。公爵家の見事な庭には遠く及ばないが、我が家の庭には特別な花が咲いていましてね。ぜひ見て頂きたい」

「それは楽しみですね」

考え事をしていたせいか返事もうまくできずに、二人のやりとりをぼんやりと見つめてしまった。父はこんなにも鋭い眼光をセルヴィアが受けている事に気がついていないのだろうか。それとも、気がついてあえてなのだろうか。王命である以上この婚約に問題があってはいけないのだから。

「セルヴィア、いいね。案内しなさい」

めずらしく父が強くセルヴィアに命じた。

「はい」


庭の散策は二人きりと言っても、後ろには少し離れて使用人が控えている。緑のアーチの間を歩きながら、言葉もなくローレンスはセルヴィアについてくる。父の意図である逢い引きとは程遠く甘い雰囲気はない。

「ローレンス様、この薔薇です。父が言っていためずらしい花とはこの事で、お抱えの庭師と科学者が実験に成功しまして、青い薔薇が見事に咲きましたの」

自然界ではめずらしい青い薔薇はセルヴィアのお気に入りの場所だ。父がセルヴィアが産まれた記念にと開発に勤しみ、十歳の誕生日にようやく成功したこの貴重な青い薔薇園をまるごと贈られた。嫁いでからもこの青い薔薇園が恋しかったが今日久しぶりに見られた。

ローレンスももの珍しげに青薔薇を見つめている。

「気に入られました?」

その言葉を聞きくるりと振り返ったローレンスが、セルヴィアを見下ろす。じっと見つめられてまた居心地の悪い思いをした。

「なるほど、貴方と同じ青い瞳ですね」

「え、ああ、はい。そうですの」

「綺麗です」

今度はセルヴィアがローレンスを見つめる番だった。驚いてまじまじと見つめてしまった。

「綺麗…あ、薔薇。そうです、綺麗な青が出せましたの」

一瞬自分が綺麗と言われたかのような勘違いをしてしまった。恥ずかしさのあまり赤面してしまい、ローレンスに気づかれぬように俯く。

「不思議な色です。後でお父上に開発技術を聞いてみたいが、部外者が易々と聞くのも無礼でしょうね」

「いえ、その、父はその開発までの苦労話をするのが好きなので、大丈夫かと。それにローレンス様は、」

私の夫になるのですから、という言葉は口には出せなかった。未来ではもうとっくに夫婦になっていたというのに今更恥ずかしがるなんておかしいとは思うのに、セルヴィアの赤面は治まらなかった。でも未来でも綺麗だなんて言われてことがない。ちらりと、ローレンスを仰ぎ見ればセルヴィアの事などもう眼中になく花を熱心に見つめていた。そこで気がついた事実にあら、とセルヴィアは目を瞬かせる。そしてふふっと思わず微笑んだ。

「ローレンス様、動かないで。花びらが頭についてますわ」

腰をかがめていてもローレンスは背が高く、背の小さなセルヴィアは手を一生懸命に伸ばさなければ彼の頭上には届かない。ローレンスの肩に右手を置き支えにして、つま先を伸ばす。足がプルプルと震えてしまう。なかなかに大変な姿勢だ。ようやく前髪の上についた青い花びらに手が届きつまみ上げると、嬉しくなったセルヴィアはローレンスの目の前で花びらを振って見せる。

「取れました!」

そこでローレンスの様子がおかしい事に気がついた。

「ローレンス様?」

少し顔が赤い。熱でもあるのかと額に触れればやはり少し熱い。頬も熱いと手で包みこみ、目元が潤んでいないか覗き込む。

「まぁ、風邪かしら。お熱があるようですわ」

セルヴィアは一つの物事に集中すると他が見えなくなる傾向がある。今回も花びらしか見えなくなったあまり、セルヴィアの顔が息がかかかりそうな程ローレンスの目の前にあり、肩に置いた手によって二人の距離が密着してしまっている事実に気がついていない。気がついたとしても、長年夫だった相手への距離感は無意識に未婚の男女の距離感より非常に近くなってしまっていた。

「な、な、貴方は!」

「え、はい。なんでしょう?」

「破廉恥です!!!離れてください!危険です!」

「はい?」

遠目にも分かる程真っ赤になったローレンスが手でセルヴィアを弱々しく押すので慌てて離れた。

「あ、申し訳ありません。つい」

「つい……」

ローレンスが頭を抱えているのをセルヴィアは不思議そうに見つめる。夫婦であった時もなかった反応だ。

「セルヴィア嬢!私は帰らせて頂きます!」

眼光が鋭いどころか、射殺しそうな目でセルヴィアを見つめたローレンスがそうはっきり宣言した。

「きゃっ、え、はい、どうぞ」

あまりの恐ろしさに思わず縮こまってしまう。すぐに執事のヒンスを呼びローレンス様がお帰りだと伝えると、ヒンスを置いていく勢いでローレンスは足早に庭園を去ってしまった。

「え、なぁに、あれ?」

一人残された首を傾けセルヴィアは不思議そうに呟いた。


そんな事件から三日後、予想外にもローレンスから手紙と贈り物が届いた。きっと怒ったと思ったのに手紙には丁寧な時分の挨拶と共に、観劇への誘いが綴られていた。贈り物はレースが繊細に縁取られた非常に美しいドレスだった。これを着て観劇に来てほしいという事だろう。

「どうしましょう。ローレンスが私を観劇に誘うなんて人生初だわ」

過去が変わってしまっている。



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