後編 「美人留学生は、居酒屋チェーンを熟知する。」
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
ワンテンポ遅れて私が入店した頃には、美竜さんは既にカウンター席へ掛けていたの。
「それじゃ御通しカットでお願いします。1杯目は…このクーポンで無料の生中をお願いします。」
至って慣れた様子で、県立大生と思わしき若い店員さんにスマホの画面を見せている美竜さん。
どうやらアプリ会員限定か何かで、1杯目無料のクーポンが配布されているみたいだね。
「それから、山盛りポテトフライも無料でお願いしますね。」
続いて美竜さんは、店員さんに白くて細長い紙を手渡したんだ。
そう言えば私も、同じような紙を貰っていたっけ…
「あっ、これは…」
綺麗に折り畳まれた白い紙を広げてみると、それは鳥々民なかもず店のレシートだったの。
レシートの下部には「アンケートにお答えで、山盛りポテトフライと交換致します。」と印刷されていたんだ。
ご丁寧な事に、アンケート回答後にスマホに表示されるらしい引換番号も、美竜さんの物と思わしき筆跡で記入済。
お陰で私も、オーダーを取りに来た店員さんに無料の山盛りポテトフライを注文出来たんだ。
「これでオツマミ1品を無料で確保出来たって訳だね、美竜さん。」
「まだまだこれからだよ、蒲生さん。」
隣の席へ腰を下ろした私に、美竜さんは中ジョッキを傾けながら笑い掛けてきたんだ。
「私は誕生日クーポンを使ったけど、まだアプリ会員になっていない蒲生さんなら、新規入会クーポンで1杯目無料が使えるからね。それに、今この場でアンケートに答えて画面を見せたら、デザートのシャーベットも無料になるの。今日のレシートも捨てたらダメだよ。アンケート画面の引換番号をレシートに書いたら、また山盛りポテトフライをタダにしてくれるんだから。」
リーフレットを手に取り、アプリ会員の特典を丁寧に解説してくれる美竜さん。
立て板に水の勢いだから、まるで生命保険の外交員さんみたいだよ。
「成程ね。美竜さんの言うリーズナブルな晩酌テクニックは、アプリ会員の特典とアンケートのクーポンをフル活用する事だったんだね…」
ファーストドリンクにポテトフライ、そしてデザートのシャーベット。
これだけのメニューを無料で確保したんだから、つくづく感心しちゃうよ。
だけど台湾人女子留学生の編み出した財テク晩酌には、さらなるカラクリが仕込まれていたの。
「後は会計の時に、この株主優待券を使えば良いんだよね?」
入店時に手渡された、もう1枚の紙片。
大きく「金券500円」と書かれた株主優待券を、私は美竜さんに示したの。
「そうだよ、蒲生さん。お釣りは出ないし、1人1枚しか使えないから気を付けてね。」
すると美竜さんは、店員さんが周りにいない事を確認し、そっと私に耳打ちしたんだ。
「この株主優待券、1枚90円で堺東の金券ショップに売ってたんだ。後は好きなのを注文して良いけど、500円を少しオーバーする金額で止めておく方が良いよ。」
500円分の株主優待券を90円で買って、超過した端数は現金払い。
そうすれば、確かに実質150円の予算は成立するね。
別々に入店したのも、1人1枚までという株主優待券の制限を踏まえた物だったんだ。
実に上手く考えているよ。
その後、私はハイボールとサーモンマリネを、美竜さんは2杯目の生中と焼き鳥を追加し、1人当たりの支払い金額548円で切り上げる事にしたんだ。
1枚90円で売ってた株主優待券で500円分を差し引いて貰えば、後は48円を支払ってレシート兼クーポンを受け取るだけ。
実質138円の晩酌とは、恐れ入るね。
美竜さんも、同じように支払うと思っていたんだけど…
「じゃあ、まずは株主優待券でお会計して頂いて…端数は、こっちの食事券で支払います!」
美貌の台湾娘が嬉々として札入れから取り出したのは、全国共通の食事券だったの。
レジのポスターを見てみると、この鳥々民も対象店舗だったんだ。
「かしこまりました!それでは、452円のお返しです!」
あの全国共通食事券、お釣りも出るんだね。
美竜さんったら、本当によく調べてるよ…
「凄いね、美竜さん!アプリ会員やアンケートのサービスだけじゃなく、株主優待や金券のコンボまで駆使するんだもの!」
屋号が白字で大書きされた看板が見えなくなったのを見計らい、私は美竜さんに話し掛けたの。
会計の店員さんが軒先でお見送りをしていたから、こういう話はなかなか切り出せないんだよね。
「お釣りが出る方の食事券も、株主優待券と同じ金券ショップで買ったんだ。店にもよるけど、500円券なら480円で売っているよ。」
お釣りを小銭入れに滑り込ませながら、台湾生まれの女子留学生はエキゾチックな美貌に得意気な微笑を閃かせたの。
美竜さんは全国共通の食事券も併用しているから、実質的には118円で晩酌を楽しんだ事になるんだよね。
「難点があるとしたら、小銭が嵩張っちゃう事位かな…今日のお釣りは452円だから硬貨7枚で済むけど、端数によっては小銭がもっと増えちゃうし。小銭ケースの小さい財布だと、下手したらパンクしちゃうよ。」
そう言いながら美竜さんは、合皮製の小銭入れをお手玉の要領で軽く弄んでいたの。
あの食事券で端数を支払う時は、普段のお財布とは別に小銭入れを用意した方が良いんだろうな。
「もっと早い時間なら、銀行のATMに小銭を預ける事も出来たんだけどね…って、ああっ!」
台湾訛りの感じられる大らかな口調が、素っ頓狂な悲鳴に転調する。
「痛っ!アツツツ…」
硬い金属音を伴奏にした、苦悶の叫び。
どうやら取り落とした小銭入れを、足の甲に直撃させてしまったみたいだね。
小銭で随分と重くなっていたから、靴越しでも結構痛いだろうな。
「それも真似した方が良いのかな、美竜さん?」
「イテテ…人の失敗を笑わないでよ、蒲生さん!」
小銭入れで強打した足の甲を庇ってケンケン飛びをしながら、涙目で抗議する美竜さん。
その仕草はコミカルで面白いけど、あんまり笑っちゃ可哀想かな。
あまり痛みが長引くようなら、美竜さんの下宿まで肩を貸してあげても良いかもね。