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第23話 爽やかモテ男は言った「スティーブ・ジョブズ」


 課外活動当日。

 優斗は高尾山へと足を運んでいた。

  

 山麓部の広々とした場所に集合して、先生から注意事項など説明を受ける。

 周りに他クラスの姿はなく、混雑しないよう間隔を空ける配慮がなされていた。

 優斗は二年一組なので一番最初に集められたわけだ。


 生徒は動きやすい服装で来るよう指定されていて、普段は目にしない私服姿が物珍しい。

 特に注目を集めたのは日和であり、白黒のボーダーシャツにネイビーのテーパードパンツを合わせたカジュアルコーデ自体は庶民的だ。しかしファッションは着こなす人によって一にも百にも印象を変える。

 顔良しスタイル良しの日和が身に着けることによって雑誌モデルの一枚が完成し、クラスメイトだけではなく一般の登山客も振り返ってその姿を目で追っていく。

  

 本人は気にも留めない様子だったが、あまりにも美羅が褒めるので少し照れくさそうにしていた。


 その美羅自身もまた異性から少なからず視線を集める素質を持っている。白いシャツにベージュの薄いアウターを羽織り、同じ色合いで揃えたショートパンツでワントーンコーデの完成。差し色に桜色のスニーカーを取り入れていて、惜しげもなく露出する生足に自然と目がいった。陸上部で鍛え上げられた脚線美は余分な脂肪がなくスラっとまっすぐに伸びている。


「……どう?」

「ん?」

「…………ちぇっ」

 

 行動班で集まった際に美羅は優斗に意見を求めたが、その意図は伝わることなくため息に変わる。

 

「それで、透はどこいったんだよ」

「お手洗いに行ったっきりかな」

「あっ、今ラインきたよ……迷ったってさ」

「なんでだよ、すぐそこだろ」


 結局、優斗たちは最後尾で出発した。


「しりとり」


 高尾山の登頂ルートは複数あり、大きく分けて一号路から六号路の六つ。周辺の山まで巡る多様なハイキングコースまで存在する。

 

「りす」


 優斗らが選んだのは四号路。


「スイカ」


 ブナの新緑やカエデの紅葉など四季の変化に富んだ景観が魅力的なコースであり、道中の自然に囲まれた吊り橋は人気スポットとなっていた。


「……カラス」


 四人は列を作り、しりとりをしながら山道を登る。

 言い出しっぺの美羅から日和、透、優斗といった順番だ。


「カラスよりスイカのほうが大きくない?」

「ミニサイズのスイカもあるからセーフ」

「うわっ、その理論ずるっ」


 ただのしりとりだと面白味がないと、徐々に言葉を大きくする縛りを設けたのだが、これが案外難しい。

 優斗のミニサイズ理論を納得していない様子の美羅は自分の番が回ってきて頭を捻らせる。

 

「カラスより大きい"す"から始まるもの……す、す………スイス?」

「国が出てきたらおしまいだよ」


 呆れて優斗が突っ込むと、そのやりとりを聞いていた二人から笑い声が漏れた。


「スロットとか、ストーブとかあったね」

「スティーブ・ジョブズとかはどうよ」

「……人名あり?」

「ありよりのあり、と今ここで決めよう」

「じゃあスティーヴン・スピルバーグも候補かな」


 日和と透から正解例を並べられ、先頭を歩く美羅の頬が膨らむ。


「だって思いつかなかったんだもん!」

「まだ二巡目だぞ」

「あっ、スウェーデンとかあった気がする」

「それも国だよバカ。しかも"ん"ついてるし」


 仕切り直して数回試してみるが、早めに規模が大きくなって詰み状態になる。

 今度は可能な限り長く続けようと協力を試みるも、ほぼ日和の独壇場となった。脳内に収録している単語数の違いが明らかになり、美羅は驚き半分尊敬半分の眼差しを向ける。


「日和ちゃんってやっぱり頭いいね」

「やっぱり?」

「うん。すごーく知的なオーラしてる」


 もはや日和ちゃん呼びまで距離を詰めた美羅が、歩くスピードを緩めて日和の隣に並ぶ。

 

「どうやって勉強してるの?」

 

 とか。


「語彙力ちょーだい!」


 とか。

 

 美羅はとにかく話しかけて会話を広げ、それに日和は一つ一つ丁寧に答えていた。


「あいつ、人の懐に入るのが上手いよな」


 いつの間にか隣に来ていた透が感心するように呟く。

 優斗も同意して前を歩く女子二人を眺めた。

 

「天瀬と相性悪くないっぽいね」

「あれくらいグイグイいくくらいがちょうどいいのかも」

「まあ、普段が普段だからな」

「こうして話してみると普通の女子高校生なんだよな」


 透もまた、優斗と同じようなイメージを日和に抱いていたのだろう。

 

「俺の友達の学校に"氷の令嬢"って呼ばれてる生徒がいてさ」

「なんだその大仰なあだ名」

「噂によると、心を閉ざして他人を寄せ付けない完璧美少女だって」


 いきなり始まった突拍子もない話を優斗は黙って聞くことにする。


「天瀬さんもそれに近いんじゃないかと勝手に思ってた。でも杞憂みたいでよかったわ」


 透が言わんとするところは優斗も理解できた。

 

 目の前で美羅と談笑する姿は少なくとも笑顔が浮かんでいる。

 それは優斗が知るサルビアでの日和とも似て非なる年相応の柔らかい微笑みだった。


「とつぜん始まるー? 古今東西ゲーム!」


 それから四人は美羅と日和、透と優斗の組み合わせで前後を歩き、雑談四割ゲーム四割景観二割で頂点を目指した。


「お題は世界の国! えーっ……スイス!」

「日本」

「韓国」

「アメリカ」


 しりとりと同じ順番で始まり、また美羅に回答権が移る。


「……スウェーデン!」


 一人だけすでに手札が切れかけている少女に苦笑が混じった。

 さすがに二巡目で終わることはなかったが、徐々に答えるまでの時間が遅くなっていく。いつまで続くのか雲行きが怪しいが、足取りは重くなることなくむしろ軽快だ。

 

 浄心門の手前から北側の山腹へと進む途中、ゆるやかな坂を下る。そこで初めて四人は立ち止まった。


「吊り橋だー!」


 一足先にリアクションを取る美羅に続いて、それぞれ感嘆の吐息をつく。


 見渡す限りの大自然のなかに存在感を放つ木製の架け橋。正面から向き合うとさながら緑のトンネルのように見える。枝葉の隙間から差し込む木漏れ日が得も言われぬ神秘的な雰囲気を醸し出していた。


「おーっ、全然揺れない」


 四人のうち一番体格が大きな透が歩いてもびくともしない。

 

「しっかり作られてんな」


 続けて優斗が渡るも安定して通行客を支えていた。


「なーんだ、吊り橋効果とか期待してたのに」


 いったい誰とドキドキを共有するつもりだったのか。それとも他人の色恋沙汰を眺めていたいだけか。とにかく美羅はがっくりと肩を落とした。


「美羅は怖がるどころか楽しむタイプだろ」

「そうだけど……そうだけど!」

「なぜキレる」


 むきーっ、と美羅が地団太を踏んで、ほんの少し吊り橋が揺れる。

 

 このコースを選んだのは他でもない美羅で、お目当ては吊り橋だったらしい。目的を達して興味が失せたようで、さっさと先に進もうとする。


「……天瀬?」

 

 明らかに様子がおかしい日和に気付いたのは優斗だった。

 吊り橋の一歩手前で立ち尽くし、表情を固くしている。


「大丈夫か?」

「……あっ、うん」

「もしかして、高いところ苦手?」


 優斗が聞くと、日和は肯定も否定もせず苦笑いする。


「見下ろさなければ平気」


 それだけ言って、平然な顔をして一歩目を踏み出した。


「きゃっ……」


 可愛らしい悲鳴が短く響く。

 前を向いていた分、日和は小さなくぼみに気付かなかった。つま先を引っ掛けてしまい、バランスを崩して転びかける。


「……危ねえな」


 華奢な身体を支えたのは優斗だった。

 嫌な予感がしたので身構えていると案の定だ。

 片手で収まりそうな細い腕をつかみ、ゆっくりと起こしてやる。

 

「肩、掴まっとけ」

「……ありがと」


 後から気付いた美羅と透が心配そうに寄ってくるのを、日和はなんでもないと適当にごまかした。

 一から説明すれば、吊り橋のあるコースを選んだ美羅が気にするかもしれない。そんな配慮があったのかは知らないが、肩に触れる手に少しだけ力が加わった。


 気遣いから遅くなる歩みと反比例して、心臓の鼓動が速くなる。

 慣れない言動をした代償に気恥ずかしさが込み上げて、優斗は今更ながら吊り橋効果を実感することになった。


 それは日和も同じ、いやそれ以上だった。

 優斗の肩に手を置いて、半歩後ろを歩く。その耳は周囲の緑から浮いて赤く染まっており、表情に出さないよう必死に抑えている。


――そんなのズルいじゃん……。


 優斗の力強い手のひらの感触が二の腕に残る。

 その場所を片手でさすり、日和は人知れず小さなため息をついた。


 

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