第21話 おてんば娘は言った「……かわいい?」
優斗が通う学校は、ゴールデンウィーク明けに課外活動という行事が控えている。
各学年に共通するイベントだが行先は違う。去年、優斗たち高校一年生は牧場で乳しぼり体験や騎乗体験などを行った。今年は高尾山に登り、近くのキャンプ場で飯盒炊爨をするとのこと。
自然と触れ合い理解を深めるといった名目だが、生徒の大多数は通常授業がなくてラッキーくらいの認識だ。レジャー施設に出向いてクラスメイトと遊ぶ機会なので、ちょっとしたお祭り気分で学校全体が浮き立つ。
今日はその行動班を決める日であり、登校時間の教室がいつもより騒がしかった。
先生がホームルームを始める前に仲のいい友達同士で固まっておこうという算段だ。あらかじめ一班につき四人と聞いているため、あぶれないよう余らないようと考える生徒は多い。
通学中、電車でその話をしたところ、日和は馬鹿らしいといった反応をしていた。『私は空いている班でいい』と大して興味を抱かず話は膨らまなかった。
やはり学校で親しい人付き合いをするつもりはないようだ。今も自分の席で我関せずと読書をしている。
何人かはちらちらと視線を向けていたが、一歩目がなかなか踏み出せない様子だ。
――俺は今年もあいつらとだろうな。
そう考えていると、突如教室が真っ暗になった。
ブレーカーが落ちたわけではなく、物理的に両目が塞がれている。
しかし優斗は焦りもせず、呆れてため息を吐いた。
「だーれだっ」
わざわざヘンテコな声を出しているが、朝っぱらから子供じみたおふざけを仕掛けてくる友人など一人しか心当たりがない。
「美羅だろ」
「せいかーい!」
優斗の顔を覆っていた手が離れ、晴れた視界に笑顔のクラスメイトが立っている。
「おはよー優斗」
「おはよう。朝からテンション高いな」
「まあねー!」
鼻歌まじりで自分の席に荷物を置いてから、美羅は優斗の傍に戻ってきた。
「優斗、課外活動のメンバー決まってないっしょ」
「なんで決めつけるんだよ」
「……決まってるの?」
「決まってないけど」
「ほらー、やっぱり!」
ニヤつきながら口を開いたと思えば、一瞬目を丸くして悲しげな表情をして、今度は嬉々とした笑みを浮かべる。ジェットコースターのようにテンションが上下して、感情がよく顔に出るのでわかりやすい。
「いやー、実は私も行動班決まってなくてさー」
視線を右に左に動かしながら、美羅は照れくさそうに頬をかく。
「たまたまね? ぐーぜんも偶然、仲のいい女子みんな先に組んじゃったみたいな?」
コホン、とわざとらしく咳ばらいをしてから少しの間が空いた。
「だから優斗がどーしても行動班が決まらないっていうなら一緒でもいいよ」
「別に気使わなくていいぞ。組もうと思えば、去年同じクラスだった友達いるし」
「……えっ、そ、そう? そっかー……そうなんだ……」
目に見えてしゅんと肩を落とす美羅に、優斗は思わず笑ってしまう。
基本的に自信家でポジティブな性格をしているのに、急に弱気になったり変に繊細な一面がある。そのくせ強気でからかったりおちょくったりしてくるので、時にカウンターを食らうと反動で弱々しくなってしまうのだった。
「冗談だよ。お前らと組むつもりでいた」
「……ほんと?」
「本当。去年と同じのほうが楽だろ」
「そ、そうだよね! 私もそう思ってたの!」
ぱっと表情を明るくした美羅が、いつもの調子を取り戻す。
「よかったねえ、こんなに可愛い女子と同じ班で」
「はいはい、可愛い可愛い」
「……かわいい?」
「自分で言ったのに照れるな」
棒読みの誉め言葉に顔を赤らめて、またもじもじとしてしまう。
かれこれ一年以上の付き合いがあるが、未だにこの少女の感性は掴めない。
「可愛いかー、ふーん……」
美羅はひとり確かめるように呟く。
その様子を怪訝な目で優斗は見ていた。
「おー? この時間にしてはなんか人多くね?」
教室の後ろの扉から、伸びやかな声がする。
「透、おはよう」
「おはようさん。今日早いね」
「いうていつもと変わらんよ」
軽く言葉を交わしながら、透はエナメルバッグを廊下側にあるロッカーに詰め込む。
その後ろを遅れてぞろぞろとやってきたのはサッカー部の面々だ。朝練帰りなのは一目瞭然で、首からタオルを下げたり、制汗剤で肌を拭ったりとそれぞれクールダウンしていた。
「で、美羅はどしたん」
「わからん。謎にショート中」
「……あっ、透おはよ」
「ようやく気付いた。おはよう、顔ニヤけてるぞ」
「うそっ、沈まれ私のもちもちほっぺー」
両頬をつね始めた美羅はさて置き、これで三人目が揃った。
「とりあえずメンバー確保っと」
「ん? なになに?」
「課外活動の班決め。今日のホームルームでって先生言ってたろ」
「あー、だからみんな集まってんのか」
納得の表情で透は爽やかに笑う。
「おっけー、今年も二人とね」
美羅とは違って話が早い。
そんな視線を感じ取ったのか、ジト目で睨まれてしまった。
「なんか失礼なこと考えてない?」
「さっきの美羅よりはマシだよ」
「だって、どうせこの三人で固まると思ってたんだもん」
最初からそう言えばよかったのに、回りくどい方法を取ったものだ。
「でもあと一人どうすんの」
透が至極真っ当なことを言い、優斗と美羅は顔を見合わせた。
今年の行動班は四人組だ。
去年は入学したばかりで生徒同士の親交が浅いことを踏まえ、くじ引きで六人班が決められた。
優斗、透、美羅はそこで仲良くなった節があり、思い出しては今でも話のネタにしている。
そんな三人の輪に一人だけ誘うとなれば、いくらかハードルが高くなってしまう。
「誰かあてあったりする?」
「サッカー部の連中に声かけれるけど……女子のほうがいいよな」
「男女比は気にしないよ? もちろん女子ウェルカムだけどね!」
そんなやり取りがあってから、二人の視線が優斗に向いた。
誘える人はいるか、と答えを求められている。
「俺は……」
一人、女子、知り合い、人間関係を気にしない――幸いと言っていいものか、検索結果に一件だけヒットした。
「……天瀬さん、誘う?」
優斗の視線を辿った美羅が、おずおずと提案する。
少しためらう素振りを見せていたが、人選としては適切だと判断したらしい。
「そういや優斗と天瀬さんって交流あったんだっけ」
「いや、前に落とし物拾ってもらっただけ」
昼休みに日和に呼び出された件は、そういうことになっている。
実際は落としてもいない合鍵を渡されていたのだが、いくら親しき仲といえど隠す必要があった。
その点、日和を誘うのはリスクがあるが、一度立ってしまった目途を今さら変えづらい。
「関わりないからこそ逆にいいかもな」
「これから仲良くなれるかもしれないもんね」
「そうそう、そんな感じ」
もっともらしい理由でうそぶくと、透は感心したように賛同した。一方で美羅は肯定的な意見を述べつつも笑顔がぎこちない。付き合う人を選ぶような性格ではないはずだが、少なからず日和に対して思うところがあるようだ。
「優斗、誘ってきてよ」
「本当に天瀬でいいのか?」
「優斗が発案者じゃん」
「俺、口に出してないけど」
「顔が言ってましたー」
いいからいいからと背中を押され、半ば強制的に日和のもとへと送り出される。
「あー……今時間ある?」
なるべく自然に、ただのクラスメイトの距離感で話しかけようとした結果、下手なナンパの一言目になってしまった。
「……なに?」
優斗から声をかけられた日和は眉をピクリ、と動かして訝る。
これが本当にナンパなら、完全に脈なしの反応だろう。
だがこのくらいでめげてはいられない。
「今週の課外活動、一緒にどうかなって」
「……私と相良さんが?」
「それと、あの二人」
肩越しに指を差すと、日和は軽く会釈した。
「藤ヶ谷さんと八雲さんね」
「アットホームな行動班だよ」
「もう少し魅力的な謳い文句はないの」
「……」
「ないんだ」
まさかの無言に苦笑が返ってくる。
それから考える時間があって、やがて日和は首を縦に振った。
「いいよ。相良さんの班に入れてもらう」
その日のうちに美羅が日和をお昼ご飯に誘ったのは、さすがのコミュニケーション能力と行動力だと称賛を送りたい。しかし優斗と日和がとったリスクは早いうちから牙を剥く。
「優斗と天瀬さん、お弁当の中身そっくりじゃない?」
いつもなら透が気付きそうなものだが、いち早く目を付けたのは美羅だった。
「……レシピサイトで人気のおかずを入れたからかな」
「……右に同じ」
二人は全く接点のないクラスメイト、という設定になっている。
優斗と日和は互いに冷や汗をかきながら、その場その場で話を合わせた。
「天瀬さんも自分でお弁当作ってるんだ」
「……も、って?」
「優斗と一緒だな、って」
「へぇ、全然知らなかった」
探るように話す美羅と上手い具合にかわす日和。
果たして女子同士仲良くやっていけるのか幸先不安な様相を呈している。
「天瀬さん、ずっと話してみたかったんだよね」
内心ハラハラとしている優斗とは裏腹に、のんきに会話に混ざる透。
かくして課外活動の行動班が決まり、四人の交友関係が始まった。