第19話 美少女は言った「寝ちゃったね」
触れ合いイベントを堪能した後は、まだ足を運んでいないエリアを順に回った。
カバ、サイ、キリン、オカピにカンガルーといったアフリカの動物。
ワニ、カメ、アロワナ、サンショウウオなどが揃う水生動物。
フラミンゴ、ペリカン、ペンギン、コウノトリからシジュウカラガンのような滅多に見られない鳥類まで。
たくさんの動物に歓迎されて、アイは終始笑顔でご機嫌な様子だった。
やはり一番のお気に入りはパンダのようで、双子のパンダがじゃれ合う姿にうっとりと釘付けになっていた。あまりにも長い時間眺めていたので、日和が次のコーナーへ行こうと促したほどだ。
パンダ繋がりでレッサーパンダにも興味を示し、その愛々しい顔つきと小柄な体躯を一目見て、家に連れて帰りたいと言い出す始末。あいにくペットにできる動物ではないので説得するも、五歳児にワシントン条約が理解できるはずもなく、そのときだけは頬を膨らませていた。
「寝ちゃったね」
動物園から帰り道。
優斗の一歩後ろを歩きながら日和は声をかけた。
視線の先にはあどけない寝顔が。父親の背中に全幅の信頼を置き、アイはスヤスヤと無防備に眠りこけている。その姿はさながら天使と形容するに足り、口元から垂れるよだれに目をつぶればそれはもう可愛いものだった。
「あれだけはしゃいでたらこうなる」
「ずっと楽しそうにしてたもんね」
「お土産もこんなに買って……」
「うめさんに怒られるかな?」
「いいんじゃね。サルビアのみんなにお菓子だってあるし」
そう言って、日和が腕に下げているビニール袋を見る。デフォルメされた動物のイラストが描かれており、その中には帰り際にショップで買ったお土産が詰まっていた。
動物の形をしたクッキーやチョコレートなど小分けにして配れるお菓子が主だが、明らかに私用の大きなシルエットが一つ。ふわふわもふもふと触り心地のいいパンダのぬいぐるみがひょっこり顔を出している。
帽子だけでは飽き足らず、アイはおねだりをし続けて、優斗と日和に買ってもらったのだ。
予算を少しオーバーしてしまったが、子供の笑顔には代えがたい。思い出の品として大切にしてくれるのならば、財布の紐もいくらか緩くなる。
「腕疲れたら代わるよ」
「いいよ。そっちだって重いだろ」
「アイに比べたら軽いもん」
「そりゃな。まあ限界来たらその時言うわ」
まだ明るい空の下、三人家族は家路を辿る。
「……腕、震えてない?」
「全然余裕」
「ほんとかなあ」
背中に伸し掛かる重みは二十キロに満たない。男子高校生の体重と比較すれば三分の一程度の軽さだ。
しかし長時間背負っていると疲労感は否応なくやってくる。睡眠中は全身が脱力しきっているので、余計に負担がかかっていた。
「ほんと……軽いもんだよ」
「あっ、背負い直した」
「疲れたとかそんなんじゃないから」
「はいはい。あまり無理しないでよ」
ひ弱に思わるのが癪で強がると、日和は呆れ顔で笑った。
つい数日前まで会話すらしてこなかったクラスメイトがこうして隣を歩き、笑っている。その事実が不思議でおかしくて、優斗もまた口角を上げた。
「子供ってなんでこんなに可愛いんだろ」
アイの寝顔を眺めながら日和が言葉をこぼす。
そしてなにを思ったのか、スマホを取り出してカメラを向けた。
「……俺まで撮るなよ」
「いいじゃん。様になってるよ」
「アイだけでいいって。あとシャッター音で起さないようにな」
「大丈夫。眠り深いしなかなか起きないって」
静けさが漂う住宅街を背景に、カシャ、カシャ、と思い出を刻む音がする。
優斗と日和を繋ぐのは間違いなくアイの存在だ。
アイの父親と母親として求められる役割を演じているうちに、自然と話す機会が増え、様々な一面を垣間見ることになった。
ひとつ屋根の下、共に過ごす時間は二人の距離を縮めていく。
「今日の夜飯決まってんの?」
「お出かけ帰りだから、冷蔵庫にあるもので簡単に作るつもり」
「手伝うことあったら言ってな」
「ありがと。でもお風呂掃除だけで十分助かるよ」
まだ一週間すら経っていない共同生活は、驚くほどに上手くいっている。
アイと日和を理解するのには早すぎるが、居心地は悪くなかった。
「……んっ」
「あれ、起きちゃった?」
「……ぬにゃ」
「ほら、カメラがうるさかったんじゃね」
「たまたまだよ、たまたま。それにちょうどいい時間じゃん」
日和は遠目に見えるサルビアの外観を指さし、そのままアイの頬をつつく。
「アーイ? もうすぐ家に着くよ」
「……いえ?」
「そう。帰ってきたからね」
「…………ぱんだどこ?」
「寝ぼけてるなこりゃ」
「もう少し寝かせとこっか」
歩幅を揃えながら門をくぐり、自分たちの部屋へと向かう。
「……むにゃ」
おねむな様子のアイを背中にして、優斗と日和は微笑み合った。




