変わらないこの時を ~前編
幸せは歩いてくるんじゃない。
だからこの手で掴み取るんです。
目の前のシフォンケーキを一口大に切り分けプスリとフォークを指すと、あむ、と口に頬張る。
そしてはむはむと数回咀嚼した後、にーっこりと笑顔を見せた。
「えへ~、黒江が作ったケーキは美味しいねぇ」
クリーム類が苦手な統子の為に、特別に甘味を抑えて作ったそれは、どうやら彼女のお気に召したようだ。
「お気に召してもらえて良かったですよ」
こちらもニッコリ笑ってそう答えると、目の前の統子はフォークを口に銜えてジッとケーキを見つめる。
「でもスゴイね。このシフォンケーキもそうだけど、大概のお菓子は砂糖だって必要分量が決まってるんでしょ?」
「ええ、そうですね」
「確か、砂糖が足りないとケーキは上手く膨らまない、って聞いたことがあるんだけど? ホントかどうかは知らないけどさ」
不思議そうに首を傾げながらそう言って、そして僕が返事をする前にまた彼女が口を開く。
「それなのにこれだけ甘くないケーキを作れるなんて、やっぱり黒江は天才だね!」
「天才なんかじゃありませんよ。砂糖の代わりに愛という甘味料を大量に加えてますからね」
「うっわ! 照れもなくよくそんな甘い台詞を!! そんなこと言われたら、砂糖吐いちゃうよ!?」
「いくらでもどうぞ? 僕は嘘は言ってませんから」
「ああぁぁぁ、甘ぁーい! 甘いよー、黒江さーん!!」
何とかという漫才師の人達のネタの台詞を吐いて、統子ががっくりと机に突っ伏した。
それでもしっかりとケーキや紅茶に被害が及ばないような体勢なのは、さすがと褒めてあげるべきですね。
「そんなに甘い台詞を望んでるんですか? 統子は」
「違うよー! その逆だよー!」
ムクリと顔だけを上げて、げっそりとした表情で異議を唱える。
「おや、それは心外ですね。僕としては統子と甘いひと時を過ごそうと、いつも頑張ってるんですけど」
「ああぁぁぁ、甘ぁーい! 甘すぎるよーぅ!!」
「統子、そのネタ、気に入りましたね?」
「えへへ、バレたか。うん、このネタ、大好き♪ 少し古いけどね」
照れたように笑いながら身体を元の位置へと戻して、フォークを皿の脇へと静かに置く。
そのまま流れるような手付きでカップを持つと、まだ熱い紅茶をちびりと飲んだ。
「アイスティーの方が良かったですか?」
「アイスティーも好きだけど、あったかいのも好きだよ。それに今日のこれには温かい方が合うよね?」
これ、と表してケーキを手で示す。
「統子ならそう言うだろうと思って、温かいのにしたんですけどね」
「なんだ、わかってたんじゃん。じゃあ聞かなきゃいいのにー」
「わかってても、その時の気分によっては違うことを言うじゃないですか、あなたは」
「あぅっ、バレてーら!」
「それは誰のネタです?」
「知らない。何となく言ってみただけー」
ニコニコと楽しそうにそう言う統子を見ていると、僕まで楽しい気分になって。
そんな風に二人で過ごすようになってから、いったいどれだけの月日が過ぎたというのだろう。
「そういえば、随分と甘いものを食べるようになりましたね」
「んー? そう?」
「ええ、始めはあんなに甘いものを出すと渋い顔をしてたじゃないですか」
続きます。