合宿が始まる
月末の模擬戦が終われば休みだ、去年は冒険の旅に行ったな。
今年は何処に行こうかな、お土産とか荷物が少なければもっと遠くに行ってみたいな。
僕は走るのが速いが人間の中で速いだけで馬にはかなわない。
馬に乗れたら遠くに行けるのにな。
先生に乗馬の授業はないのかと聞いたら、休み明けからあるよと教えてくれた。
遅い、今すぐ教えてほしい。休みまでまだだいぶ先だが、上手くなっておかないと遠出が出来ない。
「いたいな~」
振り向くとアジス嬢が僕の頭から剣の柄を自分の方に戻すところだった。
そうだ今は模擬戦の事で話していたんだ。
「聞いてなかったよね、ユーリ」
「はい、聞いていませんでした、すいません」
何を話していたんだろうな、全く聞いていなかったな。
「君に本気を出してほしいのよ、武術大会で優勝したんだからもっと強いでしょ」
僕が手を抜いてるのを見破るとはなかなかやるなアジス嬢も。
「クソ、平民が生意気なんだよ」
なぜ、そこで平民が関係あるのかな、分からない。
「ちょっと、言い合いはやめてよね」
まだ何も話してないんだけど・・・
「手を抜くとは生意気以外にありません」
「ダメよ言い合いは、分かるわよね」
どうしたらいいのだ、他のみんなも黙ってしまったではないか。
「そろそろ、話そうかユーリ」
「えっと、本気で戦いなさい、手を抜くのはやめてでいいんですか?」
「そうよ、本気出してないでしょ」
「あの敵でもない同級生に本気で戦えとおっしゃってるんですか?」
「え、・・・・・」
どうしたらいいのだ、誰か教えて。
「それが生意気だと言ってるんだ」
スコット子息は怒り出す。
本気で剣を向けた事があるのかなアジス嬢は、僕には無理だよ。これが戦争とか悪い人が相手なら本気にもなれる。
この気持ちを伝えようその方がいい。
「僕は、同級生に本気で攻撃する事が出来ません。それは僕が同級生と戦いたくないからです」
僕の気持ちを聞いて黙ってしまうアジス嬢。
「すいません、アジス嬢は勝ちたいのでしょう、模擬戦に」
「勝ちたいです、このまま負け続けるのは嫌です」
スコット子息も「俺だって嫌だ」と言いだす。
僕は考える。学園の生徒にそんなに差があるとは思えない。特に団体戦ならどのチームもそんなに変わらない。
それにもし差がありすぎたら模擬戦の意味がない、ある程度同じ位の実力が無いとどちらも伸びない。
それは、ライバルの法則だ。ライバルがいないと努力する意味がない。もっと簡単に言うと戦う相手がいなければそもそも努力をしない。
僕が強くなっているんだとしたらそれは自分自身がライバルだから、今よりも強くなりたいからだ。
どうすれば僕達のチームは強くなれるのだろうか。
もう少しこの2人以外が、頑張ってくれれば勝てそうなんだけど。
やる気を出させる方法は何かないかな、上手くいくか分からないが食べ物位しか思いつかない。
しかし、この作戦には食材が沢山必要で、僕だけが忙しくなる。
「分かりました。上手くいくか分かりませんが、僕の作戦を説明します」
アジス嬢とスコット子息に作戦を説明して協力をお願いした。
スコット子息は説明を聞いて最初は平民の手伝いなんか出来るかと言ってたが、ただ食事をするだけなので「食ってやる」と言ってくれた。
アジス嬢は、そんな事で上手くいくのと首を傾げる。
ここ最近少し寒くなってきてるので、今日のメニューは鍋で水炊きにしてみた。
温度も上がり野菜も煮えてきたので、鶏肉を入れる。
煮えた野菜をポン酢を煮汁で薄めたタレに付けて食べる。
この葉っぱまあまあいける、色が紫だけど。白菜に似た味の野菜は食感も白菜だ。
豆腐があるといいのだが、今のところ豆腐はない。
豆腐があれば色々な鍋が更に美味しいのにな。
ここからアジス嬢のチームの4人が見える。アジス嬢は僕と同じ料理を食べている。
温まるんですの使い方を教えてあるので、好きなように食べて下さいとお願いした。
メニューは一緒だが、具が煮えていればどんな食べ方をしてもいいからと伝えてある。
ここから湯気が出ているのが見えるのでそろそろ食べ始めてもよさそうだ。
アジス嬢がこちらを見たので、頷いて食べてもいいよと食べる仕草を見せる。
意図が分かったみたいで食べ始める。アジス嬢が驚きの顔をしているのが見える。
スコット子息の方を見ると既に食べている。鶏肉には気を付けてと言ってあるので大丈夫だろう。
しかし、この温まるんですは、今や僕にはなくてはならない物になった。
火魔法が使えない僕には、火を起こさないで調理が出来るのは凄く便利だ。
旅に出る時は絶対になくてはならない物だ。
「あの、ユーリ君お話があるんですが聞いて貰ますか?」
僕と同じ模擬戦のチームの女子生徒が僕に話があるとテーブルまで来た。
立ち話も悪いので、使われてない椅子を持って来て座る様に勧める。
「お話とは何でしょうか?」
女子生徒はもじもじして話し出す。
「アジス様が今食べている料理は、模擬戦の練習で頑張ったから、ユーリ君から頂いた料理だと伺ったんですが本当ですか?」
初日から来てくれるとは思わなかったな。効果が表れるのに何日もかかると予想していたのに。
「はいそうなんです、実は僕が模擬戦で手を抜いてると見抜かれまして、事情があって本気を出せないので、頑張っているアジス嬢とスコット子息にお詫びにこれから模擬戦の練習がある日には食事をご馳走する事になったんです。そして今日が最初にご馳走する日になったんです」
「まあ、そんな事情があったんですね。それで私も頑張れば、その~ユーリ君が用意してきてる様な料理を頂けますか?」
「勿論ですよ、アジス嬢と同じチームのみんなには、頑張れば僕から料理をご馳走したいと思ってます。しかし、ご馳走したいのですが、前もって練習を頑張ると言っていただけないとご用意できないんですよね」
「私次の模擬戦の練習は頑張ります。よろしくお願いします」
嬉しそうに宣言して貰いました。
僕からの提案を伝える。
「ではこうしましょう、初めて模擬戦の練習を頑張ると決めてくれた人には料理の献立を決めて貰いましょう」
「私が決めるのですか?」
温まるんですが使える料理がいいな。
僕は、料理のメニューを説明して選んで貰う。不思議な食べ方をしていた料理が食べたいと。しゃぶしゃぶが選ばれた。
今年は模擬戦があるので去年より数日早く合宿となった。
集合場所は去年と同じで乗合馬車の近く。
各クラスが生徒の人数を確認して、2金から大森林に向かう。
僕のクラスの2銅は最後なので、みんなのんびりしている。
「僕たち強くなったよね」
「そうだな、模擬戦の練習もだいぶ慣れてきたな」
「剣の攻撃力が増えた感じがする」
みんな強くなってる。確かに連携も取れるようになってきてるし、自分から動く様になった。
だらだら歩いても大森林は近いので昼前には着いてしまう。
「みんな、各チームに分かれて行動してくれ、明日の朝まではこの付近にいていいぞ」
先生の説明は今ので終わる。
僕は自分のチームの所に向かい。
「合宿中よろしく」と言ったが誰も話さない。
僕は黙ってみんなが話し出すのを待つ。
「どこで野営する?」
「そうだな、あの川の近くがいかもな」
「そうね、水の近くなら飲み水にこまらないわね」
「私も賛成」
4人の意見がまとまった。ぞろぞろと川に向かうみんな、それについていく僕。
川は緩やかな流れで小魚が見える。
僕はみんなから少し離れた所に座りお昼にする。
定番の温まるんですで、シチューを温めパンを出す。
砂利の上なのでまあまあの座り心地だ、夜はどうするのかなここに留まって野営するのかな。
みんなそれぞれお昼が終わり、のんびりしている。
暇だな、剣の練習でもするか基本の動きを砂利の上でする。
足場が沈んだり、横にずれるので体勢の練習になる。
「きゃ~」
後ろを振り向くと何故かシャシカ嬢が剣を振っていて足を取られて「きゃ~、きゃ~」言っている。
どうすればいいのだ、さすがに知らんぷりも出来ないし話しかけてみるか。
「あの~、重心を低くして足が滑らないようにすると体勢が安定します、膝は少し曲げたままにするといいですよ」
「わかってます」
僕が、シャシカ嬢に話していると、スコット子息も剣の稽古を始める。
ジェイク子息とアリシア嬢は魔法の方が得意なので呪文を唱え始めた。
ジェイク子息は風の魔法でウインドカッターを練習してるようだ。
アリシア嬢はファイアーボールを連発で唱えている。
みんなどうしたのだろう?変にやる気が出ているぞ。
どうなってるか分からないが、砂利の上で練習できる機会はないので真剣に取り組む。
1時間ぐらい練習して、次は、魔法のイメージトレーニングをする。
まだ魔法は使えないが、練習はする。
2年生が全員で75名ぐらいいるから大森林が静かになる事はない。
どこかで戦闘している生徒もいるかもしれないが、僕のチームは集合場所の近くの川に居るので魔物に遭遇する事はないだろう。
「移動する、ここだと学園で練習しているのとあまり変わらない」
スコット子息が本格的に戦闘を視野に入れた行動をするらしい。
「分かりました」
ジェイク子息がすぐに返事をする。
令嬢達は移動するために荷物を背負いだす。
僕もリュックを背負い後に続く。
「おい平民、俺達の邪魔だけはするなよ」
「分かりました」
随分と嫌われているな。
去年は様子見で先生がいる近くで野営をしたが、今年はスコット子息が他の場所に移動すると言った。
南西に進んで行くと湖に出たが、そのまま更に進んでいく。
前方でなにか聞こえてくる。
「ゴブリンがいるぞ、シャシカ様と俺が前衛をジェイク子息とアリシア様は後方から魔法で攻撃、平民は後ろの警戒」
「「「「分かりました」」」」
僕は後方を警戒して戦闘を見ている。ゴブリン1体なので2人の前衛がすぐに仕留める。後方の2人の魔法が当たる前に戦闘は終わっていた。
「コボルト2体発見、作戦は同じ」
コボルトの1体にジェイク子息の魔法攻撃が当たり、ジェイク子息に向かってくるが、間にシャシカ嬢が入り攻撃をする。
コボルト1体をシャシカ嬢とジェイク子息で倒す。残りのコボルトはスコット子息が倒した。
「だいぶ慣れて来たな」
「そうですわね、この調子でいきたいですわ」
この後も魔物を数体倒して夜を迎えた。
昼間頑張ったのでみんなは疲れていて、持ち込んだ食料をウトウトしながら食べていた。
周りには僕達以外に誰もいない様で静かだ。
「見張りはどうする、3交代でいいだろうか?」
スコット子息はみんなに見張りの提案をする。
「僕はそれでいいと思いますが、女性陣の疲れ方が酷い様に見えますから、最後にシャシカ様とアリシア様が見張りをした方がいいと思います」
ジェイク子息が、シャシカ令嬢達の疲れを心配している。
「おい、平民お前の意見は」
あれ、僕にも聞いてくれるんだ。
「僕は、全く疲れてないです、それに見張りに慣れているので、僕の時間を増やした方が皆さんの疲れが取れると思います」
「それは、シャシカ様達の代わりが出来るという事か?」
「そうですね、今の疲れ方なら代わってもいいと思います」
スコット子息は少し考えて決定する。
「それでは、俺とジェイク様で最初に見張りをその後に平民が見張りをする。ジェシカ様達は今日の疲れを取る為に見張りはなしでいいだろう」
明日の昼からこの大森林で調達した物しか食べてはいけない。
この合宿の唯一のルールは食べ物を自分達で調達する事。
食べ終わった僕は先に寝る事にした。




