赤ちゃんの保護
俺の暇つぶしの剣士が名刀を買う小芝居が無くなってしまった。次を探して街をぶらついていると、パン屋の前に行列が出来ていた、本日の限定品目当てのお客さんが並んでいるようだ、その中に母さんがいるのを発見してしまった。
見なかった事にしよう、母さんに見つかれば代わりに並ぶ事になる。並ぶのが嫌だ、暇だが並んで待つのも暇だ。
バレないように顔に手を当てて、その場で反転した俺は建物の間の裏路地に向かう。裏路地から出ると怪しい魔女もとい魔法使いが出入りしている店がある。
「本当に怪しい、人の出入りを見た事が無い、営業しているか」
俺の中の魔法使いは女性だけど、この世界では男性も魔法を使う事が出来るらしい、才能があれば。
しかし、魔法使い御用達の店とは何が売っているのかな。
ここは止めておこう、怪しくて危険な匂いがプンプンする。
裏路地には他に怪しい店も変わったお店もない、この先には野良猫が沢山いる空き地がある。俺が生まれる前には建物が建っていたらしい。
この空き地は珍しい事に塀がある、日本の一軒家の様な塀だ。塀に囲まれ空き地の入口に鉄の門があり、高さが低いから覗き込むことが出来る。門に手を掛けて、頭を敷地内に入れて横を向いて視線を向ける。
「あれ、いつもは何匹かいる野良猫がどこにもないな、どうしたんだ」
あの可愛い小さい猫を見るのが楽しみだったのに・・・・・・久しぶりに来たんだけど、見付けられなかった。誰かが飼ってくれたならそれは良い事だよな。ああ、見たかったな。
俺の家では食べ物を扱っているから、猫を飼う事も出来ないし、触ってノミなどを連れて帰る訳にもいかないので、ここで猫に会えても触る事が出来ない。
「オギャ~、オギャ~」
あれ、仔猫が生まれたのかな、俺からは見えないところにいるんだな、見に行こう。鉄の柵を飛び越えて中にはいると泣き声の聞こえた方に向かう。こっちから聞こえたな、あの草が少し伸びているところかな、おお、バスケットが置いてある。捨て猫にバスケットの籠か、可愛い仔猫ちゃんだといいな・・・・・・異世界の仔猫は人間の赤ちゃんと同じ顔をしているんだな。
ふむふむ、どう見ても人間の赤ちゃんだな、仔猫の鳴き声だと思ったけど、赤ちゃんの泣き声だったんだ。
「よしよし、俺がパパだぞ、大きくなったら冒険家になろう、一緒に旅をすると面白いよ」
この場合、俺の赤ちゃんをどうするかだ。母さんに相談するか、ここで見ないふりは出来ないよな、育ててみるのは面白いのかな。
そうだな、母さんに相談しよう。俺の赤ちゃんの将来が心配だ、ここは、この世界の大人に任せよう。今日の暇つぶしをもう少しだけして帰っても大丈夫だよな。
お父さんと赤ちゃんで街の中を散歩したけど、誰もうちの子よと言って来なかった。親を探す様に叫ばなかったのは、空き地に置かれていた理由が分からないからだ。
「母さん、俺の子だ。今日生まれた」
少しだけ寄り道して来たのはパン屋に並ぶ母さんが家に戻っていなかったら困るからだ、ドアを開けると母さんがいたので、すぐに報告をした。
「・・・・・・」
無言の母さんが怖いので説明する事にした。
「母さんが並んでいたパン屋さんの近くの空き地で赤ちゃんを見付けました。何処に連れて行けばいいのか分からないから連れて来たんだよ」
ホッとした顔の母さんが俺にゲンコツを落とした。
「もう、ビックリさせないでよ。ユーリ」
「それで、どうすればいいかな」
「役所がいいわね、衛兵に渡しても役所に連れて行くだけだと思うから」
誰が連れて行くんだ。俺は嫌だ、役所に良いイメージが無い。待たされる、たらい回し、説明が専門的、手続きが終わってみれば夜。
「母さんに任せました」
「はい、任されました、ユーリが行って来て」
酒場の夕方の店内をお掃除している母さんは忙しそうだ。代わりにしてあげよう、役所に行くのが面倒だ。
「違うよ、役所に行くのを任せたの、掃除なら俺・・・・・・僕がしてあげるから、母さんが言ってきてよ」
もう少しで、母さんと話すのに俺と言ってしまうところだった。今のはセーフだよな。
「ええ~、母さん店の仕事の時間で行けないわよ。だから行って来て、それに説明を保護したユーリがしないとダメだめよ」
母さんの最もらしい説明に嫌々行く事にした。それに、掃除以外にも仕事があるかも。
この広い街の中央に役所がある、誰でも知っているけど、行きたい人はいない。
「怪しい雰囲気で嫌だな。もっと気軽に来れるデザインにしてくれればいいのに」
入口の扉の横には亀の像が左右にある。目の前の扉は大きくて重そうで気軽に来れる雰囲気はない。
何で亀なんだろう、それもやけに上手いんだよね、動き出しそうだ。
覚悟を決めた俺は呼び鈴、電車の吊り革のリングを掴むようにして音を鳴らした。
「カラ~ン、カラ~ン」
大人の女性がドアを開けて出て来てくれた、開けた時の音が凄く綺麗だ。
「何か用ですか、いま立て込んでいるんです、急ぎの用事ではないのなら後日来て下さい」
「すいません、急ぎです」
俺はこの女性が忙しくても、赤ちゃんの事は伝えなければならない。
「この赤ちゃんを保護したので、預かって下さい」
女性は初めて俺が持っているバスケットの中の赤ちゃんに視線を向けた。
「赤ちゃんですか?」
「そうですね」
「中に入って下さい」
建物の中は俺の想像していた役所のような雰囲気ではなかった。そうだな、イギリスとかの貴族様の屋敷の内部のような感じだな、床には絨毯、廊下に窓が沢山ある。案内されてある部屋で待つように言われた。
「どうしたんだ、戻って来ない」
いつまで待たせるんだ、預かってくれるだけでいいのに、帰りたい待つのは嫌いだ。暇なのはもっと嫌いだ。
暇で困っていると走ってくる音が聞こえて来た、ここに来てくれてるのかな。
「バ~ン」
そんなに強く開けなくてもいいのに、うるさくて赤ちゃんが起きる。
「オギャ~、オギャ~」
ほら、泣いた。
勢い良く開いたドアから違う女性が慌てて入って来た、その後ろからはさっきの女性が追い付いて来た。
「セシル、セシル」
赤ちゃんの名前?
女性は泣いていて、直ぐに赤ちゃんを抱いた。
「お嬢様ですか?」
役所の女性が、赤ちゃんを抱いている女性に聞いた。
「そうです、セシルです」
「あちらの子供が連れて来てくれたんですよ」
後ろを振り返る俺、あちらの子供は俺の事だよな。
「ありがとうございます、ありがとうございます」
赤ちゃんを抱きながらお礼を言う女性は赤ちゃんのお母さんだった。
えっと、赤ちゃんのお母さん見付かって良かった、なので、もう帰ろう。
「気にしないで下さい。見つかって良かったです。では、帰ります」
部屋から出て廊下を歩いていると、何故か二人の警備?に両脇から抱きかかえられて、出て来た部屋とは違う部屋に連れてこられた。
「そこに座って下さい」
警備の人がドアに見張る様に立って僕を見ていると、部屋に1人のおじさんが入って来た。
「何処で見付けた?」
偉そうな物言いで、おじさんが俺を見るんだけど、この人誰。
貴族様なのかな、やけに偉そうだけど、ちょっと言い方が悪いなこの人。
偉そうなので無言でスルー。
「言葉が分からないのか?」
言葉が分からない人はいないと思うな、文字を読めない人は沢山いる。仕方ないので相手をしてあげるか。
「はい、おじさんが何故偉そうなのかがわかりません。それも初対面で」
「ふざけるな」
おじさんが怒鳴っているけど、どうしてだ。
「ふざけているのはおじさんでしょ。挨拶もなしに何処で見付けた?それに事情が分からない子供に怒鳴ってもいい答えは返ってきませんよ」
警備の人が苦笑いをしている。面倒事に付き合うのは嫌なので、ここは俺がへりくだって答えた方がいいかも。
「すいませんでした。今日の午昼過ぎに、怪しい魔法使い御用達の店の近くの空き地に野良猫を見に行くと子猫の鳴き声が聞こえてきたので、柵を乗り越えて敷地に入るとバスケットが置いてありました、そのバスケットの中に赤ちゃんが居たので保護しました。保護した赤ちゃんを見張りの詰め所かこちらの役所に届けるかで迷いましたが、役所の方が赤ちゃんには良いと思って連れて来ました。保護した際に怪しい者や人影は見てません。空き地は北区の商業地区の魔装使いの御用達の店の近くです、怪しいは店とは、店に入った事のない僕の印象です。赤ちゃんは空き地に向かって左の塀の前にバスケットに入ってました。以上が僕の知ってる情報です。帰っていいですか?」
俺の長い説明に貴族風のおじさんは、よく最後まで聞いていた。これ以上情報が無い俺にはもう帰る事しか出来ない。
「わかった、帰っていいぞ」
まだ偉そうだが、そろそろ宿の受付に戻らないといけない時間だ。
「帰ります。では」
お辞儀をして部屋を退室する。警備の人が「ありがとう」と小声で言ってくれた。
赤ちゃんを見つけた日から何日か後に、この街を治める貴族の御令嬢が誘拐されて、身代金の受け渡しに失敗した誘拐犯を取り押さえる時に誤って死なせてしまい、御令嬢の赤ちゃんの行方が分からなくなったた、子供が発見して親元に届けられたと噂が街で囁かれた。
赤ちゃんが無事に両親の元に帰れた事はいい事だが、俺の暇つぶしは今も見つかっていない。
新しい事は好きだ。その新しいを求めて商人ギルドに来た。
商人ギルドに来たのは初めてで、どんな依頼があるのか興味が湧いて掲示板の張り紙の文字を読む。
商品の配達、手紙の配達、素材の募集、新商品のアイデアの募集。
良かった、知っている文字ばかりだ。
アイデアの募集か~。この世界にない物で簡単な物。これは俺向きの募集だな。
俺はスポーツは万能で、勉強はあまりしたことが無い。
勉強の嫌いな俺は小学校の時の夏休みの宿題は配られた時(終業式の日)から家に帰るまでに終わらせる。
先生が何を言っていようが関係ない、宿題の時間は帰るまでしか出来ない。終わらなかった宿題は、分からない問題なのでそれで終わりだ。
日記と自由研究が休みの間の俺の宿題だ。
おじいさんが言いました。人と同じ事をしてもダメだよと。
日記の書き方が分からい俺は、取り合えず一日の事を一行で簡単に書く事にした。
朝起きて海に行く。朝起きてラジオ体操で疲れた。公園で水遊びで水浸し。川釣りで、流された。酷いのは、天気雨急いで晴れてる所に行く。
自由研究は難しいのだ、自由すぎて考えがまとまらず、夏休みが終わり登校初日に先生に『自由すぎて研究できませんでした、課題にして下さい』とお願いした。
おじいさんが凄いのを後で聞いた。
発明が好きでいろいろな物を作っていた。
便利な物や新しい物、中でも針金を使ったコマや自転車など子供が喜びそうな物は俺も嬉しかった。
しかし、俺もおじいちゃんの血を引いているが前世では中々新しい物は出来ない、新しい物を作るのが難しい時代になった。色々考えたが、個人で作れる者には限界がある、それに特許の申請とかはしたくない、実物を作りたい、アイデアをお金に代えたくないのだ。
この世界に無い便利な道具が出来るがあまり関わりたくない。
俺はお金持ちより貧乏暇なしの方が好きなのだ。
ただ、100均にある野菜の皮むきに卵の殻を簡単に取れるあれは作りたい。
後は、ベテランには必要ない計量カップに計量スプーン。
この4個があれば酒場の調理の手伝いが楽になる。
このアイデアを売るより、自分で作って売った方が儲かる。
お金持ちになるつもりはないが、両親の助けにはなりたいなあと思う。
何処かの商会と委託販売がいいのだが子供の俺だと相手にされないよな。
それに直ぐに真似されるだろう。簡単に出来るものだしな。
商人ギルドで掲示板を見た後には、文句を言われないし暇つぶしが出来る所がないので、家に帰る事にした。
厨房でボールに山の様に積まれた芋の皮むきの手伝いをして、我が家には皮むき器が必要だと改めて思った。
今こそ、夏休みの自由研究しよう。
「母さん、明日は手伝いをしなくてもいいかな?」
「いいけど、何をするの?」
「作りたい物があって、その材料を買うのに何か仕事を探してくるよ。見つかればそのまま働かせて貰う」
お母さんは考え込んで。
「先に必要な材料の金額を教えてよ、出してあげれる金額なら出すから」
考えてみれば皮むき器は、俺が使うがお手伝いで使うんだから必要経費だな。
「そうだね、これは母さんが喜ぶ物だから母さんがお金を出すのも当たり前か」
手を出して母さんから、銀貨1枚を貰う。
「それで、何を作るか教えてよ」
「それは、出来てからのお楽しみだよ」
「いいじゃない、母さんだけには教えて」
「ダメ~、明日手伝いが終わったら、買ってくる」
その後、母さんは芋の皮むきを1個もしなかったな。