第五節:壊れた町
「なんだよ、これ……。」
メンダが愕然としている。
僕は眼前の景色に理解が追いつかず、驚きの声すら出なかった。
唖然としたまま立ち尽くしていると、赤い空に異変が見えた。
見上げると、雲よりさらに高い位置に禍々しい紫色の亀裂が走った。
亀裂は徐々に大きくなり、空が目の前に迫ってくるように見えた。
すると、亀裂の奥に小さな黒い点が現れた。
その点も大きく成長し、色が赤黒く変化していく。
(もしかして、これが落ちて……!?)
そう、上空に浮かぶ亀裂からは隕石が落ちてくる。
「ま、あ、あっち、あっちは……!」
メンダが正面を指差して声を絞り出す。
その指は隕石が迫る地面の近くを差しており、そこにあるのはメンダが住む屋敷だった。
「屋敷……っ、父さん!!」
そう言うとメンダは左右に倒れそうになりながら走り出した。
「ま、待って、メン…」
僕は名前を呼びかけたが、言い終わる頃には既に遠くになっていた。
メンダが見えなくなると、僕はようやく冷静さを取り戻してきた。
(大通りが……。いや、大通りだけじゃないだろう。早朝に散歩していた道も……。)
そう考えた時、頭に悪い予感が過った。
(っ!!お祖母ちゃん!!)
綺麗な大通りが一瞬でこの様になる程の隕石が降り注いでいるなら、家にいる祖母が逃げ切れるはずがない。
僕は両足を強く叩き、我が家のある南西へと走り出した。
走り出した僕は北の大通りを走り、中央広場から西の大通りへと向かった。
大聖堂から南西へと向かうには小道や路地を通れば直線で迎えるのだが、崩壊した住宅街の小道は瓦礫が散らばり、走り抜けることが出来なかった。
この被害状況を見ていると、より一層不安が掻き立てられる。
息を切らしながら走り、ようやく我が家のある南の小道に辿り着いた。
(やっぱりこの地区も……。)
民家の半数ほどが崩壊している。
北の大通りほどではないが、ここにも隕石が落ちたようだ。
周囲に構わず家に走ってゆくが、民家の中から聞こえる呻き声や、瓦礫の下から伸びる腕に思わず吐きそうになる。
ようやく我が家に辿り着いた。
この家は隕石が直撃した様子はないが、飛散した瓦や壁によって二階部分は破壊され、辛うじて一階が残っている状態だった。
入口のドアは壊れ、壁は抉れていた。
僕は急いで壊れた入口から飛び込み、唯一残っていた一階の大部屋を見渡した。
「お祖母ちゃん!大丈夫!?」
僕はそう叫ぶが、大部屋に祖母の姿はない。
「お祖母ちゃん!居たら返事をしてくれ!」
更に大きな声で呼んでも、聞こえてくるのは民家の壁や天井が崩れる音だけだ。
間に合わなかったのだろうか。
いや、間に合ったところで何ができるわけでもないだろう。
呆然としたまま小道に出ると、既に夜のような暗さになっていた。
空を見上げると、隕石の雨は止んでいた。
しかし無数の禍々しい亀裂は残ったままで、もはや夕焼けの赤い空が小さな亀裂に見えるほどだ。
(なんだよこれ……。悪い夢なら覚めてくれよ。)
昨日までの平和が嘘のようだ。
僕は家の前に座り込み、紫色の空を眺めた。
現実味のない出来事が続いているが、神父に掴まれた痛みや走りながら擦り剥いた足の傷が僕の現実逃避を妨げる。
そもそもなぜこうなったのか、徐々に落ち着きを取り戻した頭で考え始めた。
僕が昨日の神儀の木札で得たのは何かの才能ではなく、《星》という文字だった。
神父はそれを見ると、翌日、つまり今日また会いに来るように言った。
家に帰って祖母に木札の文字を見せると驚いていた。
《星》という文字は未来の言葉で、他の世界の事を意味するという。
(他の世界……。そういえば、宇宙の神がどうとか言ってたっけ。)
(次の日、いつも通り仕事をしてから大聖堂に行って……。それから……っ!!)
(そうだ、まだ終わっていない!?)
そう、今思えば大聖堂には隕石が衝突せず、そのままの姿が残っている。
しかし神父は僕は死ぬだろうと言っていた。
つまり、まだ隕石が再来する危険性や他の何かが来るかもしれないということだ。
今までの状況を考えると、恐らく次のターゲットは僕だ。
「だ、駄目だ。ここにいちゃダメだ……!」
(せめてメンダだけでも逃がさないと!)