第四節:最初の窮地
ニヤリと笑った神父は僕の髪を掴み、空中へと持ち上げた。
「クフフフ、フハハハハ!」
「何……が…起こって…。」
「やーっと見つけたわい。こんな辺境国でも張っててよかったわい。」
目の前にいるのは先程までの優しい神父さんではなく、同じ顔をした悪人だった。
なぜ彼がこのようなことをしているのか、なぜ僕は敵対しているのか、まだ何も分からない。
こういう時ほど状況を整理するべきだと頭では理解している。
しかし、それ以上も混乱と恐怖が大きく、僕は何もできなかった。
「が………痛……い……。」
恐怖で目を見開いているパーダを見た神父は、優しいお爺さんの表情を作った。
「おやおや、そんなに怖がる必要はないんじゃよ。君は今からする質問に答えるだけでいいんじゃ。」
優しい声と表情を見せているが、髪を掴んだ手を離すことはない。
「お前さんの祖母の才能は何だ?」
「し、知ら……ない………。」
「本当に?」
優しい声だが、その圧力は今にも身体が潰れてしまいそうなほどだ。
「今……まで、教えて……くれなかっ……。」
パニック状態の中、僕は精一杯の小さな声で答えた。
「そうか……。」
神父はそう呟くと、パーダの髪から手を放し、彼を空中へと開放した。
僕は尻もちをつき、過呼吸になりそうなほどの呼吸を繰り返した。
「何も知らないなら、お前さんに用は無い。」
神父はそう言い放つと、右腕を伸ばし、手のひらを此方へと向けた。
(こ、殺される……!!)
これから何をされるかは分からないが、死という文字が脳裏を過った。
このままでは確実に死ぬ。
それはわかったが、身体は未だ恐怖とパニックで動こうとせず、ただ震えるのみだ。
神父の手には赤い光が集まり、次第にその熱が額にまで届いてくる。
(もう駄目だ……。)
そう思った時、大聖堂の小門が開く音がした。
すると、神父は手から光を消し、小門の方へと注意を逸らした。
「おーい、パーダぁ。ここにいるかー?」
聞こえてきたのはメンダの声だ。
「ふむ、邪魔が入ったか。」
(ま、まずい。このままじゃメンダまで殺されるんじゃ…!?)
神父はこちらを一瞥すると静かに立ち上がった。
しかし、神父はメンダの方へは向かわず、左の耳に人差し指と中指を当てたまま静止した。
その後手をおろすと、もう一度此方に話しかけた。
「どちらにせよ、君達はすぐ死ぬじゃろう。仮に生き残ったとしても、私のことは忘れて静かに暮らすのが自分のためじゃ。」
神父はそう言い残すと、裏口へと歩いていった。
「ん?パーダ?そこにいるのか?」
神父が裏口から外へ出た時、メンダは僕のすぐ近くまで歩いてきていた。
「よかった。やっぱりここにいたん……ってお前、どうした!?」
メンダは恐怖で固まっていた僕の様子を見て驚いたようだ。
神父がいなくなり、パニックが落ち着いてきた僕はようやく言葉を発した。
「メ、メンダ……。あぶ、危なかった……。」
「大丈夫か?何があったか言えるか?」
「し、神父さんが……急に……。」
その時、大聖堂の外から大きな爆発音が聞こえた。
「な、なんだ?」
「え……?」
僕たちは驚いて大門の方向を見る。
外の爆発音は一度ではなく、立て続けに何度も鳴り響いている。
「何が起こってるんだ……?」
「さ、さぁ……。とりあえず、立てるか?」
メンダは尻もちをついたままの僕に手を差し出した。
「う、うん。ありがとう。」
「お前に聞きたいこともあるけど、まずは外の様子を見に行くぞ。」
―――――
冷静なメンダは僕の手を引っ張り、小門から大聖堂の外へ出た。
僕達の視界に広がったのは夕焼けに染まる北の大通りの風景、ではなく――
炎に焼かれて赤く染まった大通りだった。