第三節:大聖堂
木工店での仕事がひと段落したころ、ボクのもとに店主のバルトおじさんがやってきた。
「よう坊主。昨日の神儀は退屈で疲れただろう?」
「僕はボーっとしてたらいつの間にかって感じで……。」
「ハハッ、坊主は俺とは違う意味でテキトーなやつだからな。話を聞かない仲間ではあるがな!」
バルトおじさんは陽気な性格で、せっかちな少年がそのまま大人になったような人だ。
「そういや坊主の才能は……って、これは聞いちゃいけねぇんだったな。」
「バルトおじさんになら見せても良いんですが、その、僕もよくわからなくて。」
「なんだそりゃ?」
「その文字が読めないというか、見たことがくて……。」
「お前は真面目なところ以外は変な坊主だが、まさか才能まで変だとはな!」
「笑いごとじゃないですよぉ。」
「まぁ、坊主にわかんねぇことでも、神父の野郎なら知ってるんじゃねぇか?」
「そうそう、神父さんには夕頃に大聖堂に来るように言われてるんですよね。」
「やっぱり知ってるのか。あの野郎、知識や知恵はすげぇけど、イマイチ信用できねぇんだよなぁ。」
「奇跡を起こせる凄い人なんですから、そんなこと言っちゃ神様に怒られちゃいますよ。」
バルトおじさんは神父さんとはあまり仲が良くないらしい。
神父さんとおじさんの性格を見ればそりが合わないのも納得できる。
「そんじゃ、今日の仕事は終わっていいぞ。坊主の手伝いにはいつも助かってるし、成人祝いに給料は増やしておくぞ。」
「こちらこそ、いつも手伝わせていただいてありがたいです。では、お疲れさまでした!」
挨拶を終えると、僕は木工店の裏口から出て大聖堂へと向かった。
―――――
大聖堂へと向かう途中で、徐々に陽が傾いてきた。
青い空は赤い夕方に侵攻され、それを警告するかのように大通りの店は看板横のランプを点灯させ始めた。
パーダの茶色の髪は夕陽に照らされ、赤髪へと変化している。
大通りにはまだ沢山の子供達が遊んでいるが、あと一時間もすれば仕事帰りの大人で溢れかえるだろう。
そんな日常風景を横目に、パーダは目前に迫る大聖堂へと歩みを進める。
大門は既に閉じており、横の小門からは礼拝を終えた人々や勤めを終えたシスターが外へ出ていく。
小門の前に着く頃には全ての人が大聖堂から出ていた。
おそらく神父はまだこの中で待ってくれているのだろう。
僕は小門をくぐり、大聖堂へと入った。
この広い空間に音は無く、窓ガラスからは赤い光が差し込んでいた。
奥を見ると、昨日と同じく正面の卓には四角い帽子の人影があった。
逆光で顔が見えぬ人物に向かって、僕は歩きながら話しかける。
「神父さん。言われた通りに来ました、パーダです。」
「あぁ、パーダ君、待っておったよ。」
歩みを止めずに話を続ける。
「それで、昨日の木札のことを教えてくれるんですよね?」
「もちろんだとも。今から教えるから、さあ、こっちに座るんじゃ。」
奥の聖卓の横には木の椅子が置いてある。
あと五メートルほど先だ。
「正直この距離も待てないほど気になってるんです。『星』はなんて読むのですか?」
「"ホシ"と読むんじゃ。他の世界のことを意味する言葉じゃよ。」
「ホシ、ですか。意味は祖母が似たようなことを言っていたような……?」
「あの婆さんが……。そうか。」
椅子の前に着いた僕は、話を続けながら座った。
「どうかしたのですか?というか、意味はそれだとして、どういう才能なのですか?」
「あ、あぁ。いや、なんでもないよ。お前さんの才能は……。」
「僕の才能は……?」
そう聞いた途端、身体が動かなくなった。
「……え?動かない?」
突然のことに何が起きたかが分からず、混乱した。
何とか状況を理解しようと落ち着いて神父さんの方を向くと、神父さんはこちらに手を伸ばしながらニヤリと笑っていた。