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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合短編『ユキアカリ』【年越し編】

作者: みるきぃ

『年越し? もう二月になるよ?』

僕の宇宙ではいま年越しです。

「ユキちゃん、いつまで髪乾かしてんの! 三分前だよさんぷんまえ!」


「そのテンションだと年越しまでもたないぞ」


「もたいでか! あーっ忘れてた!」


「全体的に声がでかい!」


「年越しそば忘れてた!」


毎年、年末は静かなマンションの自室が、今年は騒々しい。

なぜなら、雪ではしゃぐ子犬でさえひくほどテンションの高い女の子がいるから。

女の子といっても小学生とかではなく、25歳OLなのだからこれまた驚き。


「電気ケトルセット! それからそれからおこた点けてストーブ点けて、はぁ~ユキちゃんはやくはやく!」


「エアコンつけてるのにいらないでしょ」


「年越すときだけやから!」


自分が小学校低学年のときだってこんなにはしゃいではいなかった。毎年こうなのだろうか。

アカリが歳に似合わないわんぱく娘であることは周知の事実なので言及するまでもないが、私に関してはえーびっくりーユキさん25歳のわりに落ち着いて見える-といわれると存外うれしいので遠慮せずどんどんいっていただきたい。

付き合い始めたのが今年の7月だから、これがふたりで過ごすはじめての年越し。

風呂から上がったばかりの私はドライヤーを使っているのだが、あと5分では乾きそうにない。

なので、年越しの瞬間ギリギリまで乾かすつもり。


「ねぇねぇ! 年越しの瞬間どうする!? やっぱりジャンプ!?」


「え、いつもやってんの?」


「やってないよ! 今日は特別だから!」


面と向かって特別、といわれると意外と照れくさいものだ。

私だって平静を装っているだけで、こう見えて普段よりテンションは高い。

ちなみにどこの家庭にもある年末のテレビ番組問題。

アカリはザッピング派だった(イメージ通りすぎる)。

ちなみに私はガキ使派。

でも今年は落ち着いて見られないから、先にお風呂に入ることにした。

年越してから入るのは面倒だしね。


「げ、もうあと二分! これおそば間に合わんかも! ねぇお湯入れて一分で食べられんかな!?」


「さぁ、食べられてもまずいんじゃない?」


それに年明けと同時に食べなきゃいけないってルールもないんじゃない? よく知らないけど。


「そうこうしとるうちにあと一分だよ! ユキちゃん、あといっぷん! ハッハッハッハッ」


「急にパンティングするな。あとさっきからビックリマークしかないけど疲れないの?」


「ぜんぜん! 今日は特別だから!」


特別すげぇな。

髪はまだ乾ききってないが、ドライヤーを止めてリビングに向かう。

おもちゃを追い回す犬だと思ったら女の子でした、しかもその正体はなんと25歳のOLでした、なんて奇跡的におもしろい状況が目の前に広がっていると考えると、生きててよかったなという不思議な感慨に浸ることができる。


「こら、跳びはねないの」


いつもの感じでアカリをたしなめたそのとき。

扉を隔てた廊下から、ジーッという低い音がした。

あっ。

という間は、あるにはあった。

しかし間に合わなかった。

間違いない。こいつは……

許容量オーバーで荒ぶるブレーカーの音。


「あと30秒! 祭りだー! 混沌を呼び起こすカオスヘッダァァァァッ!」


「アカリ! エアコン消して!」


叫んだ瞬間。


電気、ブラックアウト。


視界ゼロ。


ザ・停電。


テレビの中で大盛り上がりだったタレントさん達はあら不思議、魔法にかかったように姿を消した。

エアコン、ストーブ、こたつ、年明けを待たずに沈黙。


「ありゃ?」


アカリの間の抜けた声。

一瞬の静寂。

すかさずカバーする私。


「アカリ。エアコン何度設定にした?」


「三十度」


「……まだ間に合う! 二十秒でブレーカー上げるぞ!」


「え、お、おおっ」


なぜか私の方が焦っていたし、テンションが昂ぶっていた。

玄関のブレーカーまでルート的にはわずか五秒の距離。

しかし、目がまだ暗順応し終えていない。

馴れるまでには二十秒じゃ足りない。

いったいどうすれば……。


「隊長! スマホのライトを点けましょう!」


「そ、そうか! 焦ると通常の判断もできなくなるな。よし、ライトを点けてくれ」


なぜか私まで口調が変わってしまっているが、関係者各位気にしてはいけない。


「隊長! 暗くて肝心のスマホが見つかりません!」


「なんとしても探すんだ!」


「あっ、おそらくここに!」


そう叫び、アカリの手は捉えた。

私の胸を。

おっぱいを。


くりかえす。

私の胸を。

おっぱいを。

それはもう、むにゅっと。


私は絶叫とともに、アカリの脳天と思しき箇所に肘打ちのクリティカルヒットをお見舞いした。


「いだぁっ!」


「やっとる場合か! てかなんで私の胸の位置だけわかるんだ!」


なに的確に下から持ち上げてんだ!

見えてないくせに妙にうまかったとかそんな話をしている場合じゃなくて……ええい、この部屋に何年住んでいると思っている!

二年ちょいだぞ!

見えなくたって進める!

うなれ、私の感覚!

スマホなんていう文明の利器も手元になければ形無しなのだ。

気合のみで、つっかえながらもなんとか進んでいく。

ブレーカーの真下までこぎ着けた。

あと一歩で踏み台に足が届く、というそのとき。

何かを踏んづけてしまった。

この感触は……しまい忘れて廊下に転がしていた、ミニクリスマスツリー。

トゲが刺さる、ニセ樫の木のトゲが足裏に刺さる。

こんなときに放置していたツケが回ってくるなんて……!

ぎゃあ、という叫喚とともに前方へ体勢を崩す。

受け身を取れず、玄関のドアに顔面から突っ込む。

骨と金属がかち合う見事な音が鳴り響いた。

と、同時に。


外から、新年一発目の除夜の鐘のきれいな音が聞こえた。


ずるずると玄関に倒れこむ。

生乾きの髪の毛が床の汚れを健気に吸い取る。

原因不明の涙を流しながら、こみ上げてくる笑いが止まらない。

なんだこの年越しは。おもしろい、おもしろすぎる。うふふふふふふふふ。


「は、鼻血っ。鼻血出てるっ」


駆けつけてきたアカリが慌ててティッシュを取りに戻る。

どうりで口元が熱いと思った。

こうして新年早々、恋人の膝の上で介抱されるという運びになった。

膝枕の気分はなかなかよかったが、状況が状況なため心から喜ぶことができなかった。

というか、濡れた髪の毛を膝に乗せられて嫌な顔ひとつしないアカリの包容力、女神。

しかし一分前までのテンションはどこへやら。

こんな静寂に満ちた年越しを迎えるのもはじめてだ。

まだ電気はついていないが、お互い暗闇に馴れてきた。

アカリの膝枕に横たわりながら、互いの姿を探すように見つめ合う。

はっきり見えるときよりしっかり見つめ合うことができた。

……うん、これはこれで、意外といいかもしれない。


「初詣は明日にしよっか」とアカリ。


「うん。今日はもう疲れた」


「ねぇ、ユキちゃん。私、前から思ってたんやけどね」


アカリは神妙な面持ちでこういった。


「おっぱい体操したほうがいいよ」


「……硬かった?」


「うん」


だそうです。

明日神様にお願いしよ。


あけましておめでとうございます。

今年もよい年でありますように。

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