許可の所在
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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ブラムさんに見逃してもらい、なおかつ演奏を聴かせてもらった私は、屋敷の北棟を歩いていた。ここはメロとある事件を起こした場所だ。以前、ランズデー先生にここへ来ることを止められたことがあったけど、落下が起きたからだった。
私はあの部屋に続く扉を見つめる。
当時のメロの言葉を私は拒絶ととらえた。教会についても彼女は確かに話をしていたのに、目の前の現実が受け止められず、ああ、私は自覚のない行動で彼女に嫌われていて、殺したいとまで思われていたと、悲劇に逃げた。
あの時メロは私に助けを求めていたかもしれないのに。
いや、助けを求めていたのだろう。
メロは私を殺さねばと思いながらも殺したくなかった。あの時もう少しきちんと私が彼女の言葉を受け止め、何か彼女に伝えていたら結末は違っていたかもしれない。
そう思う一方で、今年の夏のバグラ教会による過去の清算を思うと、落下して良かったとは言わないまでも、あの時のあの状況は最悪でも最良でもなく、その時期の最も喪失の少ない顛末だったように思う。
私は記憶を失い、メロもメロで記憶の改変が起き今に至るまで来てしまったけれど、どちらかが先に記憶を取り戻していたり、たとえばエリクやクラウスの立ち合いがなかったことでまた異なる結末を迎えることもあっただろう。
そして今、色々な可能性の果てに私もメロと生きていて、かくれんぼをしている。
キーナとキーノは、私のかくれんぼ適正について皆は私を見ているから見つけやすいと言っていた。その言葉を受け、思い至ったことがある。
この屋敷で一番、話をしているのはメロだ。
メロが私をすぐに見つけられないはずはない。
つまり今、メロは私を見つけるかしていて、それでいて目的を持ち私の前に現れない、もしくは見守っているのではないかと。
もともとメロと話をして、こうしてかくれんぼが始まった。要するに彼女は私の目的を知っている。
見逃してくれているのかもしれない。
海に行くにあたって最も説得しなければいけない相手はメロだ。海について話をして彼女が肯定的にとらえるとも考えづらい。それに直近、バグラ教会の一件で私はメロと水場に落下した。水を連想する海に、思うところもあるかもしれない。
そうまでして海に行く必要があるかと問われれば、難しい。
メロは今なにを思っているのだろう。
「メロ──」
私は扉から踵を返し、彼女を呼ぶ。もしかしたら目の前に現れるかもしれない。そうすればかくれんぼは終了してしまう。でも、彼女は見逃してくれるのではないか。ずるい考えだけど期待する。
すると、こつ、こつ、と規則的な足音が響いてきた。一瞬「あ」と、足音のするほうへ向かっていくけれど、すぐに立ち止まる。この足音はメロのものじゃない。
「ごめんね、おじさんが来ちゃった」
そう言って廊下から現れたのはランズデー先生だ。
「あ、すみません」
「全然、それよりいいの? おじさんは今回のかくれんぼは不参加だけど、侍女ちゃんは鬼だよね?」
「はい……ちょっと考えがあって……」
「そっか。まぁいいけど、この場所に来るのは良くないなぁ」
そう言ってランズデー先生は「向こうへ行こうか」と私の肩をぽんぽんと叩く。
「それは、私が落下した、からですよね。メロと」
「うん」
ランズデー先生は軽く頷く。先生はお医者さんで、私が落下した時、手当てをしてくれたと聞いている。怪我の跡も確認もあったはずだ。もしかしたら私がただ落下したのではなく、メロに突き落とされての落下だと気付いていたりするのだろうか。
「あの、ランズデー先生」
「なあに」
「私が落下した時、どんな感じでしたか」
「どんな感じって?」
「怪我の状況とか……」
切り出し方が分からず、口を濁す。先生は「お姫さんが怪我するのは日常茶飯事だったからねぇ」と首をひねった。
「でも焦ったよ。落下は無かったし」
「どんなふうに落ちたかって、怪我で分かるものですか」
ランズデー先生には、まだ私が当時の記憶を取り戻したことを言っていない。こう聞けば、答えが分かる気がする。
「大体ね」
ランズデー先生は短く答えた。
「もみ合ったんだろうな、って雰囲気は分かったよ。お互い記憶はなかったからなんかあっただろうことも、でも覚えてないから確かめようがないけど──」
「はい」
「侍女ちゃんさ、孤児でしょう? それでお姫さんはほら、人が弱ってたら走っちゃう性分だし、侍女ちゃんが死のうとでもしてたんじゃないかな、と思ってる」
「……そうだったんですね」
私は安堵する。メロが私を殺そうとした。その話を他者に受け入れてもらうことはとても難しいことだ。人が人を殺すことを肯定は出来ない。でも私はメロの殺意は肯定したい。
それは好き好みに近い。倫理に反している。許されないことだ。なぜなら私は、他にも私を殺そうとした人間を知っている。
「でも、イフ・グースの事件があってからは、侍女ちゃんはお姫さんを殺そうとしたんじゃないかなって思った」
「え──」
私はランズデー先生を見る。先生はいつものひょうきんな調子とは打って変わって、私をじっと見つめていた。
「ああ、やっぱりそうなんだ」
そしてすぐに、ランズデー先生は続ける。表情に出ていた。視線をそらせばランズデー先生は私の考えを見透かすように「すぐ分かるよ、表情で」と続ける。
「お姫さんと一緒にいれば、お姫さんに心を開いてもらえていれば、何を考えているかすぐ分かる。身内判定してくれてるってことで嬉しいけどさ、お姫さんは自覚ないみたいだね」
「あ、あの……」
なんていえばいいのだろう。私の希望はただひとつだ。見逃してほしい。メロと私についてそっとしておいてほしい。許されないだろうが許してほしい。それだけだ。
「侍女ちゃんは思い出してるの?」
しかし、ランズデー先生の二の句は想像していなかったもので、また戸惑う。
「え」
「侍女ちゃんは? お姫さんだけが思い出しているの?」
「い、いえ、二人ともです」
「そっか。それでお姫さんは許すことを選んだんだね」
「はい……」
私は頷く。ランズデー先生は「そっかそっか」と軽く返事をするだけで、すたすた歩いていく。
「あの、い、いいんですか」
「なにが?」
「メロについてとか、色々」
「まぁ、衛兵に突き出すべきだろうけど、お姫さんは望まないんでしょう? 侍女ちゃんに洗脳されてるなら別だけどさ、そうでもないようだし、なら……おじさんは何もしない。侍女ちゃんについても、きちんと黙ってるから安心して?」
先生は微笑む。こんなに簡単に許されていいのだろうか。許してほしいのに複雑な感慨になりながらも私は頭を下げた。
「あ、ありがとうございます」
「御礼なんて言わなくていいよ。おじさんはいつだって正しくないんだから。お姫さんにお礼を言ってもらえる人間じゃない」
「先生……」
「それより、ほら、もう行こう? あんまりゆっくり歩いていると、鬼に捕まってしまうから」
先生は手招きする。私はその後を追う。
「かくれんぼの調子はどう?」
「フォレスト、トーマス、ソルに捕まって、スティーブさんとリザーさん、ライアスさんとキーナ、キーノ、そしてブラムさんに支援を受けました」
「あはは、ほぼほぼ見つかってるじゃない」
ランズデー先生が豪快に笑う。
「はい……」
「でも、まぁ想像通りだよね。お姫さん使用人相手にかくれんぼは無理があるし、皆目隠ししてもお姫さん見つけるだろうからさ、特にほら、侍女ちゃんのこと呼んでたけど、呼ぶまでもないと思うよ」
「そう……ですか」
「うん。ルークくんあたりは狂ってるっていうよりおかしい人だから遅くなるだろうけど、ほぼほぼルークくん待ちじゃない? 一番ほら、無味乾燥な感じだし、使用人の中で正気枠というか、派手な見た目だけどさ、だから侍女ちゃんは最後に自分が見つけて、かくれんぼ終わらせようって考えているのかもね」
ならば私は、メロと話をする前に執事のルークを見つける必要がある、ということだろうか。
「鬼ごっこは、見つかってはいけないものですが、メロと話をするにはルークを探さなければですね」
「そうなるね」
使用人の皆の健康のために始めたかくれんぼ。
夏の思い出作りについて考えるきっかけとなり、かくれんぼ終了、ゲームセットのタイミングで、皆へ思い出作りの提案をしたいと考えている。
「なにか話がしたいの? 侍女ちゃんに」
「はい思い出作りがしたいと思って、両親や、使用人の皆と一緒に」
「へぇ、かくれんぼはいいの?」
「かくれんぼ、なるべく長く続けたいと思っていました。みんなの健康のために……でも、このかくれんぼを一度きりにしなければという前提だったから、そう思っていたといいますか……なんていうか、二転三転ばっかりして申し訳ないのですが」
「いいんじゃない? 二転三転っていうより七転八倒しているのがお姫さんだし」
ランズデー先生が軽く返す。その軽快な声音に前向きな気持ちになった。
先生は軽く、いつも冗談を言う印象だけどいつだって優しさと配慮に溢れている。手当てもそうだ。消毒の痛みは伴えど、包帯の巻き方も処置の仕方も、壊れ物を扱うように繊細だった。
「そうですね。私は、上手く生きられない。七転八倒しながら、転がって生きていきます」
「あはは、お姫さんらしい。ごろごろしてな。それに何かあってもさ」
ランズデー先生は笑いながら、ゆっくりとこちらに振り返る。
「何かあっても、大丈夫。いざとなったら全部おじさんに任せてくれたらいいよ」
先生はそう言って、私の背中をぽん、と押す。
「じゃあ、頑張ってね。お姫さん。ルークくん探し、もし難航するようだったら手伝ってあげるから。それか、侍女ちゃん呼んじゃえばいいよ」
「そこまでの不正は流石に……」
「そうだね。おじさんは陰ながら応援してる。見守りは任せて」
そういうランズデー先生にもう一度頭を下げ、私はその場を後にした。
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