鍵閉め
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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アイドルビジネスが跋扈する昨今、どこも差別化に必死だ。だからなのか──どこをどう見ても平凡なアイドルという、矛盾地獄のようなコンセプトのもと、私はデビューすることになった。しかし実のところ、私は表に立つことが得意じゃない。なのになぜアイドルになったかといえば、両親が応募し、気づいた時には契約締結、私がやめると言い出せば契約違反で投獄、社会的死罪確定エンドとなってしまったからだ。ただ、アイドルとして活動する期間は決まっている。残り一年平穏無事に過ごせれば、私は晴れて、普通の……いや、不得意が多いただの人間に戻れる。
「ミスティア、この間の収録のことだけど……」
廊下を歩いていると、背後から声がかかった。
レイド・ノクター、どんなアイドルもたちまちトップアイドルにしてしまうという完璧マネージャーだ。事務所のほうでも「平凡なアイドル」という頭痛が痛いみたいなアイドルのプロデュースに難航したらしく、彼を私のマネージャーにしてしまった。恐ろしい横暴だ。本当ならもっとこう、「この世界の絶対的ヒロイン!」みたいな存在と組むべきだ。
「どうかした?」
ぼーっとしてしまっていたらしい。レイド・ノクターが不安そうに顔を覗き込んできた。
「だ、大丈夫です」
「体調が悪い?」
「全然、全く、考え事を」
「そうかな? 早めに車に戻ろうか、疲れがたまっているだろうし。歩きながら話そう」
レイド・ノクターはそう言って、帰るよう促す。今日は取材のため事務所に来ていて、少し上層部と話をして、この後は……次の収録までの空白時間だった。台本を読むか次の公演の衣装について考える予定だったから、車の中でも出来る。
「話を戻すけれど、この間の収録、凄くよかったってフィーナさんが褒めていたよ」
「あ……光栄です」
女優のフィーナさん、小さい頃から子役とし活動していて、現在ではモデルに女優と国内外で活躍している実力派の人だ。彼女が暴漢に襲われ、接点が出来た。
「来年あたりには、海外収録の機会が出来るかもしれないし……語学のレッスンも入れておいたほうがいいかな。僕も……海外にいた時期はあったけど、忘れてるところもあるし」
「いやいや、気が早いですよ。もっと有意義な時間の使い方を……」
私の為に語学を学んでも、来年私はアイドルをやめる身の上だ。それなら他のアイドルの育成に
時間を使ったほうがいい。
「どうして? ミスティアを完璧に支えるのが、僕の仕事だし、楽しみなことなのに」
「あ、ありがとうございます……」
レイド・ノクターは無邪気に首を傾げ、私は罪悪感を抱えながらお礼を言った。
「最近公演が続いていたからね、ごめん。僕が予定を詰めすぎてしまった」
事務所まで乗ってきたレイド・ノクターの車に戻ると、彼は申し訳なさそうに肩を下げた。
「いえ、とんでもないです。本当に考え事をしていただけで」
私がぼんやりしていたせいで、完璧な彼が自分を責めてしまっている。
「考え事?」
「まぁ、色々……」
今日、事務所の人と、していた話。一年間、アイドルとして頑張る契約の後、どうするか、ということだった。私は普通の人として生きていく。それまでは悔いのないように頑張る。ただ──期限付きの私を、レイド・ノクターが担当することがいいと思えない。その間、もっと別の……「この世界のヒロインです!」みたいなアイドルのマネージャーをするべきだ。それこそ、まだ誰にも発見されていない、ピンクダイアモンドみたいな原石が、存在している気がする。
「……その色々は、僕をマネージャーから外したいって、話をしたこと?」
社内に冷ややかな声が響いた。レイド・ノクターはいつも柔らかく話すけれど、なんだか強張っているような気がする。そしてレイド・ノクターがマネージャーでいること、および私の進退についての話の場に、彼はいなかった。次の握手会の話を詰めたいと言って、だからこそ私は絶好の機会だからと、話をしていたはずなのに。
「……どうしてそれを」
「共有があるから」
「共有?」
「それより、どうしてか聞いてもいい? 僕をマネージャーから引きずりおろしたい理由」
「引きずりおろすだなんて……とんでもないです。私は……いつか貴方には、こう、運命の存在が現れると思うので」
だからその時、邪魔になりたくない。すると、ふいに彼が黙った後、呟いた。
「運命、か」
視線が重なる。完全で、光あふれる照明のように輝いている、強い青が、目の前に。
「運命なら、もう間に合ってる。悪いけど君はもうステージからは降りれない。一年後も、その先もずっと、永遠に。だから、仕方ないって諦めてよ」
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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