公爵令嬢と悪役令嬢
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「とっても美味しいケーキがあるんです。どうぞ食べてください」
私たちを客室に通したアリスは、とても楽しそうに笑う。そんな彼女を前にして、私はメイリーさんやメロに挟まれる形で座っていた。
机の上に並んだケーキは、トランプの形や、薔薇を模した飾りや、水色の色味はおそらくゲームで彼女の名前の由来となったモチーフが起因しているのだろう。
「では……」
メイリーさんはケーキを口にした。中々手を付けない私を見て、アリスは不安そうにした為、慌てて後に続く。
先ほどメイリーさんが十歳のころに娘を集めていたという話から考えれば、公爵は五年前から探していて、入学式前にアリスを発見。貴族学園に入学させ、私が色々勉強を教えてしまったことや物騒な事件が起きたことで今アリスを学園に通わせず、家庭教師とのマンツーマンレッスンが始まったということだ。
だとするともしアリスを学園に連れ戻すならば、学園の安全性を公爵にアピールしなければならない。しかしそれ以前にアリスは公爵家の暮らしを満喫しているように思う。
「……アリスさんは、どうですか。最近の調子は」
さすがにアリスを妾だと思っているメイリーさんの手前、公爵家に引き取られて嫌なことされてませんかとは言えない。私の言葉にアリスは満面の笑みで答えた。
「ええ。快適ですよ。皆さん良くしてくれて。でも、ピアノやバイオリンのレッスンは大変ですね。私は音楽を自分で弾くよりも、歌を歌っている様子を見ているほうが好きなので……」
「なるほど……」
「でもでも、ここに来て私、ちゃんとして、誰が見ても立派な淑女になれるよう頑張りたいと思ってます」
アリスはもう既に、公爵家で生きる決意をしてしまっているらしい。どうしよう。頑張る彼女のことは応援したいけど、レイド・ノクターは狂ってしまったままだ。ザルドくんの命が危ない。それに今はロベルト・ワイズだってどことなくおかしい状態になっている。
でも、アリスの選択は……。
「慣れ親しんだものより、新しいもののほうが、惹かれるのですか?」
隣から聞こえてきた声にぎょっとして振り返ると、メイリーさんがアリスを見ていた。アリスは彼女の言葉に目をぱちくりさせている。メイリーさん自身無意識に出た言葉らしく、「すみません」と首を横に振った。
どうにかして、この空気を変えなければ。私はとっさに辺りを見渡した。
「そ、そういえば、この辺りは綺麗な川が流れていますね、あ、あとで見に……」
しかし、メロがすぐ「そこは疫病が流行った川ですよ」と小声で指摘して私は言葉を止める。
「じゃ、えっと、あの、じゃあメイリーさんってどちらにお住まいですか? 私は学園の東側に住んでいるのですが……」
「突然ですね」
「ええ。そういえばお聞きしていなかったと思いまして……」
私の突然の質問に、メイリーさんは目に見えて困惑しながら「セントリック家のあたりで……」と答える。
「えっ、じゃあ私のお家と同じ地区なんですね……」
アリスが驚いた顔をした。大丈夫だ。空気が変わってきた。良かった。もうこのまま、話をクラウスに移行させよう。
「では、クラウスさんとお知り合いなのですか?」
「……友人が親しいです。友人が彼にパイをあげているところを見た、くらいですね」
クラウスは甘いものが好きだ。好青年状態でパイを焼いてもらっているのだろう。
「でも、友人の目の前で叩き落としていたので、彼にはあまりいい印象を持っていません」
「えっ、そんなことをする人がいるんですか?」
アリスがクラウスの素行について憤慨した態度を示す。
クラウスがパイを捨てたということは、それは甘くないものであるということだ。しかしクラウス、人の心を粗末にしているだけじゃなく食べ物まで粗末にするとは……。
「食べ物を送っちゃいけない規定もない友達同士でそんなことをするなんて……!」
食べ物を送っちゃいけない規定ってなに……? 不思議に思っている間にも、「私、自分の作ったお菓子をオシならともかくでも……オシには送りませんけど、友達にそんなことをされてしまったら怒ってしまいそうです!」
「貴女は料理を作られるのですか」
「はい! とっても好きです!」
メイリーさんの問いにアリスが溌溂と返事をする。オシって何……? 今までこの世界で意味が分からない言葉なんてなかったために、新しい単語に恐怖を覚えた。何かゲームの重要な単語であったりするのだろうか。メロに「オシってなに?」と尋ねてもわからないようで、一段と恐怖が増した。
「私の友人も好きです。といっても、パイばかり焼いていますが……」
ガールズトークを横目に、オシについて考える。思えば以前アリスは「ゥォーセルッ」みたいな奇怪な単語を発したことがあった。
不思議に思っていると、不意にメロが私の裾を引いてくる。顔を見ると、机の下に潜ませた手のジェスチャーで、外に誰かいるから確認したいことを伝えてきた。私はそっと頷き、アリスに声をかける。
「すみません。お手洗いをお借りしたいのですが」
「あっ、では私がご案内を……」
「いえアリス様。わたくしがご案内いたします」
アリスが立ち上がるのを制して、イヴァライト家の侍女が扉を開いた。私はそのままメロを伴い客間を後にする。
広く、桃色や黄色などパステルカラーの長い廊下を、イヴァライト家の専属侍女を先頭に歩いていると、メロがぴたりと足を止めた。不思議に思って振り返ると、私たちの背後、廊下の先に真っ黒な上掛けを羽織った老齢の男性が現れた。髪の毛は赤に近い紫色をしている。私たちの前を進んでいた侍女は、「当主様!」とすぐさま頭を下げたのだった。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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