人形劇の幕は上がる
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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今日、私はレイド・ノクターの潔白を、証明する。
深呼吸をしてから、そっと、講堂の扉を開く。そして壇上に上がり、仕切られた幕の中へと入ると、そこには選挙管理委員会の面々、そして生徒会役員であるネイン先輩、隣にはフィーナ先輩が立っている。
レイド・ノクターの潔白を暴く場として用意したのは講堂の舞台上だ。もっと閉鎖的な場所を探したけれど、フィーナ先輩いわく借りられて、なおかつ怪しまれない場所は他になかったらしい。でもエリクが音を防ぐ仕切りを取り付けることを提案してくれて、結果的に閉鎖空間が出来上がった。
「本日は、お集まりいただきありがとうございました」
そう言って、頭を下げる。すると選挙管理委員会の委員長が静かに私を見据えた後、ネイン先輩の方に顔を向けた。
「副会長、選挙管理委員会全員に話があると聞いたのですが、一体どういうことでしょうか。現在贈賄容疑で謹慎中の人間の婚約者まで呼び出すとは、どういうおつもりで?」
「……いえ、実は興味深い話を彼女から聞き、調べたところ、委員長にもお伝えすべきだと思いまして」
まるで声を潜めるようにして、ネイン先輩は私を見る。そして合図を送るように大きく頷いた。
「レイド様は、潔白です。不正なんてしていないのです」
きっぱりと、大きな声でそう宣言する。すると選挙管理委員会の面々は、私の言葉を戯言だとあざ笑うように白けた態度を取り始めた。しかしその中でただ一人、不安に揺れる瞳がある。
「何を言うかと思ったら……証拠はきちんと揃った、学校にも提出済み、もう不正か不正じゃないかの討論をする時間はとうに過ぎている。婚約者が贈賄によって退学をするという立場には同情するが、これは決定事項。そんな話がしたいなら、家族か友人を相手にしてくれないか?」
そう言って委員長は溜息を吐いた。私は一歩前に出て、懐からあるブローチを取り出した。委員長は私の行動に顔を顰め「何だそれは?」と問いかけてくる。今のところ、全て用意された台本お通りだ。フィーナ先輩の用意した台本には、きちんとここでおそらく委員長が馬鹿にしてくる、反論をするといったことが書かれてあった。そのタイミングと、ばっちり合っている。最早攻略本に近い精度だと思いつつ、私はブローチを掲げた。
「これは、レイド様が不正を行っていない証拠……いえ、選挙管理委員会の委員が、レイド様の贈賄疑惑を無理やり作り出した証拠です」
一際大きい声で話す。これも、フィーナ先輩の指示だ。そして台本通り、私は話を続ける。
「選挙管理委員会の、ある委員は、レイド様の念書を偽造したのです。それも、街の念書に使われた紙を売る専門店の紙……。確かにレイド様は念書の紙を購入していました。しかし、念書は平民街の複製師によって偽造されたもの、レイド様が購入された羊皮紙は使われていないのです」
当初、私は念書の羊皮紙は本物であり、偽造したのは文字だけだと考えていた。しかしネイン先輩の調べによれば、念書の羊皮紙自体も偽造されたものだということが分かったのだ。羊皮紙が偽物だと分かれば、それが証拠になる。そこをルキット様の人脈を使い羊皮紙を偽造するよう手配した人間を突き止めた。相手は自分の指示だとばれないよう下請けに下請けを頼む方式を使用しており、この人だと特定すればまたその裏に誰かがいた。この人だと特定すればまたその裏に誰かがいることの繰り返しになっていたけれど、最終的に羊皮紙とレイド・ノクターの筆跡に似せ書面を作った人間を特定したのだ。その人物は平民で、街の裏通りに店を構え人に言えない仕事をする、言わば知る人ぞ知る人。しかしそれは貴族相手であり、平民同士……いわばご近所コミュニティからすれば「あのひと昼間そこら辺うろうろしてるけど何してる人なんだろう」と思われ目立ってしまう存在。居場所が分からないとされていたがアリスが秒で特定したのである。皆すごい。正直私が出る必要は一切なかったし、私が動かずともレイド・ノクターの冤罪は晴れていたような気がしてならない。
「何を言っているんだ。念書が偽造されたもののはずがないだろう! 店主にも確認は取れている!」
「では、委員長が店主に確認を取ったということでしょうか」
「いや……それは……」
委員長の瞳に迷いが宿る。当然だ。委員長が店主に確認を取った訳ではない。念書の筆跡を鑑定させたのは委員長で、鑑定の場にも立ち会ったと聞いた。しかし、専門店へ念書に使用された羊皮紙が間違いなくその店の品か確認したのは、ある一年生だ。委員長ではない。
「改めて店主に話を聞いたのです。レイド様が購入した、この国で念書契約書誓約書に用いる羊皮紙。それらは今年は晴れ間が多く、雨が殆ど降っていないことで、その質が微妙に変わってしまったと店主は言っていました。今年の春から販売されているものは、レイド様が購入した昨年の冬の時期のものよりも、材質は同じでも厚くなってしまったと。そして選挙管理委員会で提出された証拠品の念書は厚い素材。でも店主は、証拠品の念書が自分が作ったものではないと、はっきりそう言いました。その証言を聞いた場にはネイン先輩もいました。さらに店主はその紙の裏に……おそらく、レイド様の文字をすかせて偽物の紙に写し取る際についた僅かな、針の先ほどのインクが付着していることも指摘しました」
「本当か、副会長」
「ああ、彼女の言っていることは間違いないよ」
委員長の問いかけに、ネイン先輩は頷く。一度選挙管理委員会が提出した証拠品を持ち出せたのは、他ならぬネイン先輩のおかげだ。するとネイン先輩の肯定を得た委員長は、唖然として私のほうを見る。
「そんなこと、一体誰が……」
「クレセンド嬢です」
先程から、焦りを浮かべるクレセンド嬢の方へ顔を向ける。当初私は、アンジー嬢に疑いの目を向けていた。しかし複製師に念書の偽造を依頼していたのも、専門店へ行き羊皮紙の確認をしていたのもすべてクレセンド嬢であったのだ。彼女は名前を呼ばれると真っ青な顔をして、額に汗を浮かべ始めた。私は布の包みを取り出し、皆に中の宝石が見えるように広げた。この宝石はクレセンド嬢が複製師に報酬の代わりに渡した物だったが、どこにでもあるありふれたものではなく、世界に一つだけの特注品だった。エリクと共に街の宝石店を巡ったところ、クレセンド嬢が浮かび上がったのである。
「誰にも言えない、大きなお金を動かすわけにもいかない。だからあなたは、この宝石を報酬代わりにした。レイド様の念書を偽造してほしいと、複製師に頼む際に……」
「クレセンド嬢……」
委員長が、クレセンド嬢を見た。クレセンド嬢は首を横に振るばかりで、言葉を紡がない。フィーナ先輩は、私に目配せをした。その合図に小さく頷き、台本通り大きく声を出そうとした。しかし、それを遮るように、横目に見えていた幕がばさりと音を立て一気に上がった。
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