悪の目覚めは突然に
●2025年10月1日全編書き下ろし7巻&8巻発売
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今日は私、ミスティア・アーレンの十歳の誕生日だ。
誕生日と言っても、夜は深まり今日も終わる。後はもう寝るだけだ。カチカチと秒針が時を刻む音がする方に顔を向ければ、大きな時計の影が見える。その時計の最上部にはアーレン家の薔薇の紋章が施されている。でも今は、眠るために部屋の明かりを消しているのでその詳細は見えない。
屋敷にあるあの紋章を……、いや薔薇を目にする度、私の両親は繰り返し「我が家は高貴な貴族の家系だ」ということを強調する。
祖先は貴族として在るだけでなく、王家に騎士として仕え武功を上げ続けたと母は語り、またある時は神官を務めていたと父は語る。祖父や祖母も似た様な感じだ。そうして、常日頃から、父や母は私を「特別だ」「特別な子だ」と扱う。でも結局のところ私自身が王室の騎士や、神官というわけではない。私は、何一つ、人より秀でた能力の無い、ただの平凡な子供だ。
伝統あるアーレン家にたまたま産まれた、普通の娘。それが私、ミスティア・アーレン。今日開かれた私の十歳の誕生日パーティーは、その本人の平凡性に反比例するように盛大に行われた。
肉料理は勿論、海沿いに面していない立地にもかかわらず新鮮な魚料理が登場した豪勢な料理の数々、見ているだけで眩しい宝石を散りばめた綺麗な装飾、把握なんてとてもしきれない来賓たち。
派手。煌びやか。豪華絢爛なパーティは、祝われている私自身が萎縮する規模だ。だからか、その余韻もあってあまり眠れない。
誕生日を祝われること自体は、嬉しい。自分がただ生きているだけで喜んでもらえる日。それが誕生日。
でもそれは、アーレン家だけでいいと思ってしまう。毎年、毎年、盛大なパーティーを開かれるものの、私は家族や身近な、普段屋敷で働いてくれている人たちと机を囲み、ケーキを食べる、そんなパーティーがいい。
豪華な食事や装飾、大多数の来賓者も、ありがたいと思うけれど、必要かと問われればそうではない。
でも、これは言ってはいけないことだ。言ってしまえば、伝えてしまえば、父や母の気持ちを踏みにじる。
先週、両親に今月二百五十九回目の欲しいものを聞かれた際「お父さんとお母さんが健康で居てくれれば」とあまりに無粋な返答をして泣かせてしまったばかりだ。もっと一人娘の誕生日を祝いたい親心を加味し、具体性のあるものを答えれば良かったのに無下にしてしまった。
「駄目だなぁ……」
ベッドに転がっていてもどうにも眠れない。起き上がりベッドから離れ、カーテンと窓を開いた。春ではあるものの、肌に触れる夜風は冷たい。ぼんやり景色を見上げると、空には大きな月が浮かんでいる。その光は、今日の豪華絢爛なパーティーを思い出させるほど、きらきらと輝いている。その月を見て、ため息を吐く。
今日は父の友人、母の友人、その他諸々が交代制で延々と繰り返す挨拶により、酷く疲れてしまった。疲れれば眠くなるはずだ、しかし人は限度を超えれば眠れなくなるらしい、一向に眠くならない。
一人対、三百人規模の挨拶はもはや戦いだ。疲れるのも無理はない。窓の外、月明かりに照らされた我が庭園を見渡す。手入れが行き届き、どんな時に見ても美しい。花も木々も、まるでゲームのオブジェクトのように均等に並んでいる。庭師のフォレストが全て整えてくれた庭園たちを眺め、ふと我に返った。
「……オブジェクト……ゲーム?」
自分で言っていて、言葉の意味が分からない。オブジェクトとは一体なんのことだろう。最近こんなことばかりだ。訳のわからない言葉が、口から飛び出してくる。
実際庭園でボードゲームをしたことは無いし、そもそも接点が無いのに。
ふと、視線を窓から逸らすと、窓枠にきらりと光る何かがあることに気づいた。近づくと私の手鏡が置かれている。
そうだ朝、身だしなみを確認しているときに、父に呼ばれここに置いて私は部屋を出た。思い出しながら手鏡を拾い上げ、一応割れているところはないかと覗き込む。
当然の様に映り込む、私の顔。映っていないほうが逆に恐ろしいはずなのに、言いようのない不安感が拭えない。この顔は、私、アーレン家の娘。ミスティア・アーレンの顔で間違いないはずなのに。
「そう、ミスティア…」
名前を呟いてからずきりと頭が痛む、そしてその痛みが合図だったかの様に、映像が、音が、走馬灯のように頭を駆け巡ってくる。今まで見ていたもの、聴いたもの、感じた事、その全てが、全てが鮮明に。
制服に身を包み学校へ行き授業を受ける私。家で妹と会話する私。ベッドに寝ころび、ゲームを操作する私。そこに映る、ミスティア……ミスティア・アーレン。
鏡に映りこむのは、ずっと画面ごしに見ていた、彼女の顔だ。
「私ミスティアだ」
私はまごうことなきミスティア・アーレンである。それは間違いない。しかし私は、ミスティアであってミスティアではない。だからこそ、絶望した。
「なんで、私が、ミスティアに……?」
ここが、乙女ゲームの世界だという、現実に。
●2025年10月1日全編書き下ろし7巻&8巻発売
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