秘密の暗号
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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二日目の職員会議を終え、割り振られた部屋に入り、
しっかりと鍵を閉める。
「本当なんなんだあいつは……。
俺のこと可愛さで殺そうとしてるだろ……」
最近、ミスティアが可愛い。
俺の周りをちょこまか動いて転びそうになったり、
夏休みに会えなくて寂しかったと言ったり。
転びそうになった時は「ミスティアを転ばせる訳にはいかねえ」と思って、
それしか考えてなかったが、後から思い返せばあの時のミスティアは可愛かった。
俺へ話しかけることを迷っての動きか、俺を見つけた喜びか。
とにかく可愛かった。
その後話をすると、
「最後に会ったの、夏休み前ですもんね」
なんて懐かしむように目を細めて言う。
そんなに俺に会いたかったのかと、
危うく「俺も会えて嬉しい」なんて言いそうになった。
夏休み中、ずっと会えなかったからか?
会いたかった分可愛く見えてんのか?
……いや、元々あいつは可愛かった。
顔も綺麗な造りはしていると思うが、
そういうところじゃなく、行動とかが、全体的に可愛い。
誰も目に留めねえような環境についての張り紙を、
足を止めてじっと見たりするところとかも可愛いし。
分からない問題に当たると素直に分からない顔をして、
問題が解けるとほっとした顔をするところも可愛い。
でもそんなミスティアの表情の機微が他の奴らには分からねえ。
クラスの連中は徐々に分かっているようだが、
ミスティアと関わったことが無い、遠目で見るしかしない奴らは、
ミスティアを近寄りがたい、冷たい令嬢だと思っているらしい。
傍から見ればミスティアは、表情が乏しく、人との関わりを拒絶しているように見える。
けれど話しかければ答えるし、困っている人がいたら助けるし、
発言も突飛なところがあったりするし、ごく稀に大げさな動きをする時だってある。
その姿があんまりに可愛いから、
一瞬、普段静かにしてる奴が、
大げさな動きをするのが好きなのかとも疑ったくらいだ。
だがミスティアと仲のいい一年上の生徒が、
「無い、無い……!」と半ば半狂乱になっているところを見ても、
困っていると思うだけで、可愛いとは感じなかった。
他人であればどうでもいいような仕草が、
ミスティアだとやたら可愛く見える。
愛の力なのか、ミスティアが可愛いのか分からねえ。
そんな可愛いミスティアの表情をよく見ていれば、
細かな表情の違いもすぐに、はっきり分かるというのに。
案外ころころ変わっていることも、全部分かるのに。
他のクラスの奴らは分からないらしい。
心底勿体ねえなあと思う。
前まではミスティアの可愛さや、
ミスティアの真意が俺だけしか分からないことに優越感を抱いていたと思う。
でも今は、ミスティアの良さを広め、
理解者を増やしたいと思う。だから、
ミスティアのこんなところがいい、最高だと、
広めてやりたい。広めて、もっとミスティアは可愛い奴だと、
教えてやりたい。そうすれば、ミスティアの良さが広まって、
「近寄りがたい」なんていうやつはいなくなるはずだ。
しかし、俺とミスティアは教師と生徒だ。
そう言う訳にもいかねえ。
ミスティアが学校を卒業するまでは、教師と生徒だ。
それが終わったら、沢山ミスティアの、嫁の自慢をする。
こんないいところがあるんだと、皆に言って回ってやる。
「はー、でも今日は本当に、
独り占めしてえくらい可愛かった……」
もう、ミスティアの愛を信じない俺はいない。
でも、今日は不安になるくらい、
頭がおかしくなるくらい、今日のミスティアは可愛かった。
今朝、ミスティアは、
「馬車に酔うので職員専用の馬車に乗りたいのですが……」と、
俺の元へと寄って来てそう言って来た。
ミスティアは行事ごとになると、絶対俺の乗る馬車に乗ろうとする。
それはもう、必死に。初めは、
「そんなに酷いのか、今までそんな様子が無かった分心配だ」と思ったが、
今はもう、「ああ、いつものか」と思う。
ミスティアと俺の秘密の合言葉。
ミスティアは聞き分けが良いし、
何より俺との将来を考え、普段は一緒にいたい、
傍にいてほしいなんて一言も言わないが、
行事ではすかさず俺と同じ馬車がいいと我儘を言う。
なんて可愛い我儘だろうと思っていれば、
馬車の中で俺がミスティアに告白したことへの感謝をしてきた。
それはもう、こっちを殺そうとしてるとしか思えない可愛さの笑顔で。
そして極めつけは、調理課題だ。
毎年、料理の作り方なんて欠片も分からねえ生徒は、
味の問題じゃねえ、食ったら死ぬようなとんでもねえものを作るから、
絶対目を離すなと教頭に散々説明された。
そんな言うなら最初から中止にしとけよと思ったが、
中止にはならねえ。
生徒たちが訳分かんねえもん作らねえよう見張ってると、
ミスティアが作ったのは真っ黒な料理だった。
中に入っている具材は全て形が違う、
何も知らない奴が見たら、失敗だと言うような料理。
そう、何も知らない奴が見たら。
ミスティアは、わざと失敗したように見える料理を作った。
どう見ても具材の形が大小さまざまで、
大きく切ったもんは火なんて絶対通ってない様な具材は、
あえて焼く時間をずらすことで、大小問わずちゃんと加熱されてることも、
焦げ付いて黒くなっているのは、美術の授業の混色で生かした知識を利用して、
きちんと色合いを組み合わせて黒くしたもので、焦げじゃない。
ミスティアがそれを作り始めた時は、
何でそうしてるか分からなかったが、
ミスティアにたかるクソガキを見て、
ミスティアはガキ除けの為に、
わざと失敗したように見せる料理を作ったんだと分かった。
ミスティアは、きっと考えたんだ。
普通に料理を作ったら、ガキどもにたかられることを。
手作りの料理は、好きな奴以外には食わせたくない。俺だってそうだ。
でも、俺とミスティアは教師と生徒。
俺がミスティアの作ったもんを食うことは出来ないし、
逆に食わせることも出来ない。だからミスティアは、
俺に食わせられないなら、自分だけで食べようと決めた。
でも、ただ少し失敗した料理だと、
俺に料理が下手だと思われる。
そんな風に心配して色々考え込んだ結果、
ミスティアはあの黒い料理を作った。
けれど黒い料理を作っても婚約者のクソガキはミスティアにしつこく言い寄っていた。
試験近くに何があったのかをミスティアにしつこく聞きそうだったから、
ミスティアの校外学習の班はクソガキを外し、
ミスティアと仲のいい生徒を入れ、
事情を知るワイズを入れたというのに、勝手に班の馬車に紛れ込んで、
四日間勝手に班を変えた状態で校外学習を強行するとは思わなかった。
一度あのガキとは話さなきゃいけねえ。
強引に迫るのはやめろと、教えてやらなきゃいけねえ。
俺は、ミスティアの恋人だ。
だから、恋人の立場として腹が立つ感情は、否定できない。
でも、それ以上に、ミスティアの気持ちを無視し、
圧力をかけるあいつの姿勢は間違っているという怒りが勝る。
ただでさえ、ミスティアは襲われたんだ。
殺されかけた。そんな傷、簡単に癒えるわけがない。
無理やり迫ることで、
その傷が抉られ続けているかもしれない。
クソガキとは、出馬の話もある。
人に無理矢理迫る奴に、上に立つ資格はねえ。
明日は、馬車を使わず目的地まで歩きだけで移動する散策と、
コース別の体験学習がある。それが終わったら宿に戻り夕食だ。
夕食の前か、就寝前あたりにクソガキを呼び出すかだ。
長く時間が取れそうなら、夕食前に呼び出すか……。
鞄から宿泊体験学習の冊子を取り出すと、
明日、絶対に話をつけると覚悟を決めた。
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