魔物
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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月明かりに照らされた庭園の花々を見て、
ゆっくりと歩く。
月桂樹型の葉から、ベゴニアが咲いている。
これはフォレストの品種改良によるものだ。
他にも、朝顔、ガマズミ、スターチス、アネモネ、
ハナミズキなどを掛け合わせた花々や、
毒を抜いたドクニンジン、カラフルで蓄光するイカリソウなど、
魔法でも使ったんじゃないかと思う様な改良に成功している。
こういった花々を見ていると、
フォレストは庭師だけで働くのは、勿体無いなあと思う。
だから、もし投獄死罪が確定したら、
庭師の他に研究職も選べるように、内密に研究施設の求人を探している。
研究施設の求人資料を取り寄せるのに、封筒を研究施設のではなく、製菓店を装ってほしいと、先週わざわざお願いして、
捏造した製菓店の封筒をこちらから前もって送るという
相手に多大な迷惑をかけてまで請求した資料が届かない。
先方からは、「即日お送りしますね!」といいお返事を貰ったにもかかわらず、
全く届かない。
……このまま資料が届かないと本当に困る。
二日後に宿泊体験学習がくるのだ。
二泊三日間あるから約三日屋敷にいない。
その間誰かがうっかり中を開封して、
研究施設の求人資料が出てきてフォレストに見られたら、
「え、俺やめさせられるの?」みたいな、変な雰囲気になるに違いない。
実際は、投獄死罪が避けられない時の為の保険。
余計な心配をかけたくない。
遅れるなら遅れるでいいから、
宿泊体験学習の間はいっそ届けないでほしい。
明日……一応門番の皆に、
「封筒が来ても開けないで誰にも封筒が来たことを言わずに、
その場に居合わせた人が持ってて」
なんてお願いしてしまおうか。
でも、それはそれでまた心配かけそうだ。
郵便局留めが欲しい。
「あぁ……宿泊体験学習が来るのかぁ……」
何も、足が生えてやってくるわけでも、
近隣の建物を破壊してやってくるわけでもない。
しかし、私にとっては未曽有の大怪獣の襲来や、
未確認生命体の侵略よりも大ごとである。
宿泊体験学習。
自主性自立を極める為、使用人のいない場所で、
二泊三日の宿泊体験学習。
前世時代で言えば、修学旅行だ。
修学旅行は本来最終学年やその一つ前の学年で行われ、
一年生という入学したての身の上で旅行に連れ去られることなんて無かったが、
今回の修学旅行というか、宿泊体験は、林間学校に近いものである。
馬車で半日かかる海や山のある避暑地のような場所に行って、
各自、自分のことは自分でして過ごす二泊三日間。
別に自分のことを自分でするくらい苦でもなんともないが、
端的に言えばこの宿泊体験学習は、辛苦としか言いようがない。
何故ならば、ゲームにてミスティアは、
アリスを崖から突き落とすのだ。
それはもう「落ちたら死ぬ」としか思えない崖から。
それこそ犯人が自白するような崖から。
アリスが助かった理由が、「主人公補正が効いたから」以外に思いつかないほど、
死に一直線である崖から。
そんな崖下から生還したアリスを見て、
ミスティアは「随分しぶといわね、あの小娘」なんて言っていたけれど、
普通なら「亡霊」を疑う。
それくらい落ちたら死は免れない崖から。
よって私は欠席がしたい。けれど、
エリクに続いてレイド・ノクターを更生させる責務がある。
これから先、悠長に構えていれば、
アリスとエリクの仲がどんどん深まるだろう。
なにせ、エリクは「女遊びがド派手で性に開放的な感じ」が全くない。
やや無邪気で素直な頑張り屋。勉強も真面目に取り組んでいるし、
性格が良い。そして主従狂いが治ったのだ。
仲良くならない理由が無い。そして二人の関係があまりに進んでしまったら、
レイド・ノクターは交際相手のいる女性に近付くなんて不誠実だと、
アリスに近付きすらしなくなる。
だからこそ今のうちにこの宿泊体験学習で、
レイド・ノクターとアリスの仲を深め、
彼女の癒し効果、主人公補正……。
アリスセラピーにより弟狂いを治してもらわなければいけない。
その為に、色々と工作活動をする為、
私は宿泊体験学習に出席する。
まぁ、「私が」崖に近付かなければ、
私に突き落とされるアリスは落ちないはずなのだ。
崖に近付かなければ、どうということはない。
というか、シナリオではミスティアが、
「わざわざ」アリスを崖に呼び出し突き落としたのだ。
呼び出さなければ良い話である。
そもそも私とアリスは気軽に互いを呼びだせる関係性じゃない。
おそらくゲームでのミスティアとアリスほど険悪な関係は築いていないが、
会話量はゲームの四分の一にも満たない。
今週の会話は、授業中指名されてなお健やかに眠るアリスを起こしたのと、
アリスが解けない問題の解法を教えただけである。
ゲームでのミスティアの呼び出し時、
アリスは「ミスティア様から呼び出された、今度は一体何のお話だろう……」
と戦々恐々としていた。そう、「今度は一体」である。
ミスティアはアリスを何回も呼び出しているのだ。
一方私がアリスを呼び出したことは一度も無い。
私が呼び出した場合、アリスは、「ノート借りたっけ?」
という、呼び出されたこと自体への純粋な疑問を浮かべるだろう。
それこそ転入してきたルキット様とアリスの方が、
互いを呼び出しても不自然な仲じゃない。
だからきっと、私が呼び出しさえしなければ、
変なことは起きないはずだ。
だが念の為、
アリスの動向には注意しておかなければならない。
ちょっとでも私がぶつかろうものなら、シナリオの強制力が働き、
とんでもない斥力が働いて、
アリスの腕を吹っ飛ばし大怪我をさせてしまう可能性もあるし、
一切そんなことが無かったとしても、
「ミスティアがアリスの腕をもいだ」くらいになるかもしれない。
「駄目だめちゃくちゃ行きたくない……」
そもそも入学前の見積もりでは、
今頃はさっさと国外に出ているはずだったのだ。
留学とか、色々しているはずだった。
だというのに、この有様である。
なぜこうもレイド・ノクターの弟狂いは治ってくれないのだろうか。
一時学校を辞めると追い詰められたロベルト・ワイズも、
今は無事正常であるし、エリクも主従ごっこ狂いは終わり、
今は健全な状態。ジェシー先生は元々まともだし、
どちらかといえば最も品行方正で、
最も非の打ちどころがないレイド・ノクターの弟狂いが、
ここまで治らないのはおかしいと思う。
元はと言えば私が思い出し笑いをし、
数々の変態不審者疑惑を抱かれるようなことをしてきたと言えど、
絶対におかしい。
「とりあえず宿泊の時は、
あらゆる手段でアリスとレイド・ノクターを近づけねば」
レイド・ノクターと、アリスの仲を深める。
もう、体育祭のような失敗は許されない。
何としてでもさっさとレイド・ノクターの弟狂いを治して逃げないと、
もう半年で私の首は断頭台に置かれ。死ぬ。
……あれ。
思えば、レイドルートのハッピーエンドの際、
ミスティアはなんやかんやで、
アーレン家の不正で捕まっていた気がする。
日頃、母や私にでろでろに甘く、
母に「まぁ、あの人はちょっとね、ふふふ。仕方のないところが無くも無いわね」
と濁される父がそんなことをしているようには見えないけれど、
知らない間に、とか、うっかりの可能性は無くもない。
父はやる時はやるタイプと言えど、シナリオの強制力の関係もあるし、
これから先、突然狂いだして、と言う可能性もある。
そうなるとかなりまずいんじゃ……。
「今宵は月が綺麗だねえ、お姫さん」
「あ、こんばんは、ランズデーさん」
隣から声がかかり顔を上げると、いつの間にか、
侍医兼家庭教師兼修繕何でも係のランズデーさんが立っていた。
シャツを着崩したそのスタイルは医者には見えないけれど、
立派なお医者だ。
そしてアーレン家の修繕に携わり、
屋敷だけじゃなく物が壊れたらランズデーさんに渡せばすぐ直る、
くらい何でもできる人だ。絵画方面の芸術にも造詣が深く、
何でも出来過ぎて、何でこの屋敷で働いているか分からない。
「良い酒が飲めるからかなあ?」と笑っていたけれど、
使用人で働くより芸術家や医者その他諸々で働いた方が、
絶対に良いお酒が飲めると思う。
「こんなところで考え事かい? 物思いにふけっちゃって」
「まぁ、そんなところです」
「ふうん。じゃあお姫さんが悪い奴に攫われちゃったりしないように、
しっかりおじさんが見てないとねえ」
演技がかった声で笑うランズデーさん。
その笑顔を見て、ふと思い出す。
この屋敷で、一番長く仕えているのは、執事長だ。
そしてその次にランズデーさんのはず。
ということは、
父が何か良くないことに関わっているのだとしたら、
ランズデーさんはそれを知っているのでは。
執事長は基本的に父のそばにいるし、
父の前で「うちの父さん何か悪いことしてませんか?」なんて絶対言えないし。
「ランズデーさん」
「どうしたの? 改まっちゃって」
「ランズデーさんは、父の仕事について、
知ってたり、とかしますか……?」
恐る恐る尋ねると、
ランズデーさんは、眉間に皺を寄せる。
「んー? まぁ家令よりは知ってるかなあ。どうして?」
執事長より知っている。
それはかなり有力なのでは。
「……あの、何か、良くないことをしてるんじゃないかと……。
お、お金の使い方、荒いと言うか、私に何でも買い与えようとして、
そのお金、どこから来てるのかな、とか、思ったりしまして」
一応、理由も付け足しておく。
するとランズデーさんは、目を大きく見開いた後、
突然大きく笑い始めた。
「はははは! お姫さん、そんな心配してたの?
おかしいなぁ、はははは、苦しい、ははは」
「ら、ランズデーさん?」
「あはは、ごめんごめん。お姫さんがあんまり見当違いなこと言うから、
おかしくなっちゃってさあ! 苦しい、ははははは!」
ランズデーさんは、目尻に浮かんだ涙を指で拭いながら、
話を続ける。
「まぁ、大丈夫だよ、この家の金回りがいいのは、
領民がこの家のことが大好きっていうだけだから」
「そ、そうですか……?」
「ん? その顔信じてないなー?
おじさんがお姫さんに嘘吐いたことあったかい?」
「無いですけど……」
ランズデーさんはふざけたり、冗談ばかり言うけれど、
嘘を吐いたことは無い。でも、
本当にそれだけで船や島を買うお金が得られるだろうか。
ゲームのアーレン伯爵は、
「島三つは無理だけど……船ならぎりぎり」みたいなことを言っていた。
一方の父は、
「島? 二十くらい買って、
大陸作ってー、ミスティア大陸を次の誕生日のプレゼントにしようか?!
それとも船買っちゃう? ミスティアの十四歳を祝うから、十四隻!」
と世迷言を言い、本気で実行しようとしてくる。
ただでさえゲームでは不正で逮捕されているのだ。
島を二十買うお金は本当に普通のお金なのだろうか。
「じゃあ、こうしようか。もし、伯爵が悪いことをしそうになったら、
おじさんが、何をしてでも、ちゃんと止めてあげる。
それなら安心出来そう?」
「え、ええ」
「なら、おじさん頑張っちゃうよ。お姫さんの約束だからねえ」
半ば押し切られるようにして、頷くと、
ランズデーさんは満足そうに笑う。
うーん。でもランズデーさんがこう言ってくれている訳だし、
ランズデーさんは色々なところと繋がってる、
と前に聞いたことがあるからそれが一番安心かもしれない。
「よろしくお願いします」
「うん。じゃあ、そろそろ屋敷へ戻ろうか。
この時期でも、あんまり夜風に当たると冷えるし、
魔物に攫われちゃうよ?」
そう言うとランズデーさんは畏まった様子で私の手を取る。
「お姫様をお守りするのは騎士の役割ですから、
エスコートはお任せください、なんてね」
「はは。じゃあ、屋敷までお願いします」
ランズデーさんの笑顔につられて、私も笑う。
そうして私は、不正問題がひとまず解決したことに安心しながら、
庭園を後にした。
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