お迎え
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「んー、風が気持ちいいねえご主人。すっごくいい気分」
馬車の窓を開き、エリクが髪を風に靡かせ、気持ちよさそうに伸びをする。
私はエリクに促されるまま、ハイム家の馬車に乗って、
バグラ教会に向かっていた。けれど、さっぱり状況が掴めない。
何でエリクが……?
「あの、エリク……先輩は、
クラウス・セントリックさんの紹介で来たんですよね……?」
「そうだよー」
「ふ、二人って、お友達だったんですか?」
エリクが、クラウスの紹介で来た。それも驚きだが、
エリクとクラウスが知り合いというのも驚きだ。
クラウスはサポートキャラと言う位置づけであるから、
顔見知りであってもおかしくない。けれど、あのクラウスが、
助っ人、協力者としてエリクを指名したのだ。
ある程度の交流はあったわけで。
「友達なんかじゃないよ。
まぁ、知り合いかな?」
「い、いつから……?」
「うん、入学してちょっと経った頃かなあ。人手が必要な時に、
お手伝いが出来ないかってあっちから声をかけてきてくれたんだ。
それからかな。後は顔が合えば挨拶くらいはする感じ?」
すごく、クラウスのやりそうな手段だと思う。
おそらく、エリクとも私やレイド・ノクターと同じく、
好青年状態での知り合いなのだろう。
「あの、紹介のこと、頼まれた経緯を聞いても?」
「んー? 普通に自分が案内してあげたいけど用事があるから、
代わりに行って欲しいって頼まれたんだー」
ということは、私はただバグラ教会に興味があるだけ、
って感じで話をしているのだろう。
クラウスの用事。
案外後ろの方で様子を窺っていたり、と言う可能性もある。
注意していないと……。
「まあ、他の人間の案内なら絶対断ってるけど相手はご主人だしね。
バグラ教会について案内する内容は聞いてあるし、
立ち入り許可も貰ってるから、今日は安心して僕に任せてよ!」
「案内する内容?」
「うん、ばっちり勉強しておいたから。
何が起きたとか、……何があるとか。
カンテラとかも用意したし、準備も万端!」
カンテラ。私も持ってきている。
二人分の光量は心強いと考えていると、ふとあることに気付く。
エリクは、事件のことを知っている。それは当然だ。
バグラ教会を知るうえで、あの事件を知らない訳がない。
そのわりに、何故バグラ教会に行くのかエリクは全く尋ねてこない。
普段なら、聞いてきそうなのに。
もしかして、気をつかわせてしまっているのだろうか。
「エリ……」
「ふふ、それにしても何だか、
ご主人とデートしに行くみたいだねえ」
エリクは嬉々として笑う。
確かに年頃の男女が二人、
通学でもなんでもなく、馬車に揺られている訳で。
傍から見れば完全にデートだ。
絶対アリス、他関係各所に見られてはならない。
エリクの風評に関わる。
「いやいや……」
「ねえ、このまま旅に出ちゃわない?」
エリクは嬉々として笑う。
状況的に勿論冗談だろうけど、目や声色は本気で返答に困る。
するとエリクは「どこがいいだろう……」と窓に視線を向け始めた。
「どっか、遠いところがいいよね。
ご主人と僕の事を、だーれも知らないところに。
……ねえ、本当にこのままどっか逃げちゃう?」
「駄目ですよ、夏休みは永遠じゃないんですから」
「へへ、そうだよね」
エリクが窓からこちらに顔を向け、
今度は困ったようにして笑う。
冗談か、本気か分からない。
いや、勿論冗談のはずだ。でも、
肯定してはいけないような気がしてしまって、
つい否定してしまった。あまりに非現実的な話しで、
そんなはずないのに。もっと軽く返しておけば良かったかもしれない。
「……はい」
「……そー、だよ、ねぇ……」
エリクはまた窓に視線を視線を向ける。
すると「あ」と声をあげた。
「エリク?」
「ほら、ご主人! 見えて来たよ!
こっちこっち、あれがバグラ教会! あの白いやつ!」
エリクが私を抱えるように肩を抱き寄せ、窓の外を指し示す。
すると、木々の奥に白い屋根が見えた。
図書館で読んだ本でもその姿を見たけれど、
それよりもっと前に見覚えがある気がしてならない。
けれど、それ以上の何かを思い出せない。
どこか落ち着かない心のまま、馬車に乗っていると、
馬車はゆっくりと停車し、ハイム家の御者が扉を開いた。
するとエリクが先に降りて、こちらに手を差し伸べる。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「いーえ」
エリクの手を取り、馬車を降りる。
周囲は木々で覆われ、物語の中に出てくるような、
森の中の教会、と表現する事が一番正しい様な、そんな場所だ。
そして私たちの目の前には、森の中にぽつんと佇むようにありながら、
まるで森を支配するかのような純白の教会、バグラ教会が建っている。
「ここが、バグラ教会だよ」
エリクが一歩進み、入り口の門に手をかける。
その門には、教会とはどこか不釣り合いな蜘蛛紋章が刻まれている。
頭が、痛い。
痛みを感じていると、ふと映像が痛みとともに頭に流れてくる。
無邪気に遊ぶ子供達を、ただじっと、見ている私。
ふと周りをきょろきょろ見回し、探検でもするかと、
私は、この教会の裏に行って……。
そうだ、ハイム家で、エリクとお茶をした時と、
同じように、私は子供達の無邪気に合わせるのに疲弊した。
そして、しばらくいなくなるかと、その場を離れたんだった。
「エリク、とりあえず、中に入らないで裏から見てもいい?」
「うん。ご主人の好きなように」
隣にいるエリクに声をかけ、承諾を貰って教会の裏へと歩みを進めていく。
教会の前は、雑草一つ生えていなかった。けれど、
裏へと進むたびに雑草は増えていく。
なんとなく同じようなルートで私はこうして通った気がする。
前だけ雑草抜いてるのか。ということはここは誰も来ないはず。
と考えた、ような。
周囲を見回しながら、教会の裏に到着すると、
ステンドグラスが視界に入る。教会の裏側の壁はステンドグラスで出来ているらしい。
が、あたりは完全に膝下ほどまで伸びている雑草で生い茂り、全体像は見えないし、
裏面だから分かり辛い。
反対側は崖のようになっていて、先には進めない。
……来た覚えが確かにある。
この崖の、岩場の中腹から滝が流れ、
下には岩や石に囲まれている、池のような滝壺があるのだ。
崖の方へ近づいて、下をのぞき込みたいのに、足がすくむ。
高いところは落ち着かない。
……ん、でも、この時はそこまで高いところに対して、
何とも思っていなかったような気がする。
犯人が自白する系の崖だ! とテンションが上がっていた。
下を確認できていたのだ。あの時は高所に対して恐怖を感じていなかった。
他に何か思い出すことがないか周囲を見渡す。
教会の裏の壁はステンドグラスで出来ているが、
さすがに硝子だけだと耐久に問題があるらしい。
ところどころしっかりとした壁になっている。
その壁に近づき注意深く観察していると、
草に覆い隠されるように壁に穴が開いていた。
その穴をじっと見ていると、エリクが口を開く。
「何だろこの穴、小さい子だったら通れそうだね。
いつから開いてるんだろう。
案外小さい子の秘密の遊び場になってたりして」
「この穴、多分、すごく昔から開いてます……」
ずきずきと、痛む頭。
覚えがある。私はこの穴を見て、「うわ、ダンジョン」などと思って、
入った。私は、入った。
「そうなんだ……、入ってみた方がいいんだろうけど、
僕らじゃ無理だね。入り口から入って、この穴の先を目指そうか」
「うん……」
エリクに促され、穴から離れる。
その瞬間、また頭に痛みが走って、映像が流れる。
誰かに怒る、私。
誰に怒っているかが分からない。
でも、この穴と繋がっている場所に行けば、
何かが分かる。そんな気がした。
教会に入ると、それはそれは大きな、教会の天井に届きそうな石膏像と、祭壇。
そしてそれを囲うようにして、
私と同じくらいの背の石膏像が並んでいるのが視界に入った。
そこに光が降り注ぐよう設計されているのか、
極彩色のステンドグラスが設置されている。
教会裏で見たステンドグラスだ。
周囲は埃っぽく、何年も閉じられていたような匂いがするけれど、
光の差している場所は時が止まったようにきらきらと輝き、
どことなく、歪んだ雰囲気を醸し出している。
確か、あの穴がある位置は、丁度祭壇のほう、
礼拝がある時、神父が立つような位置だった。
「エリク、あっちに行こう」
エリクに呼びかけ、祭壇の方へ向かっていく。
すると神父の立つ場所、本や読み上げる紙を置く、
学校でいう教卓のような机の下に、扉があり、
立ち入り禁止、危険、と警察隊の張り紙が貼られている。
張り紙は年数が経っているのか、ところどころ茶色く汚れている。
「これは地下に行くための扉だよ」
エリクが扉を指す。ということは、
地下で行われていた悪行は、ここを出入りして行われていたと言うこと。
ならばやはり、私は地下に行き、被害者の子供と接していたのだ。
地下へ行けば、もっと思い出すだろうか。
「どう? ご主人。何か思い出した?」
思い出した? って。
エリクは、私が何の目的を持ってここに来たか、
知らないはずでは……?
「え……?」
「あれ? 違う?
ご主人、何か思い出したそうな顔してるなって思ってたんだけど」
「あ、あぁ、なるほど……そんな顔に出て……」
「ふふ、何年一緒に居たと思ってるの?
もう、五年一緒に居るんだよ? 僕たち」
エリクは私の傍にしゃがみ込み、張り紙をなぞる。
「でも、僕はもう少し早く会いたかったけどね。
でも、始まりは自分じゃどうしようも出来ないから、仕方ないか」
そう言ってエリクは、扉を閉じるように貼られている張り紙を破いた。
ふわっと、ここでは場違いな紅茶の香りを一瞬感じる。
いや、それどころじゃない。
「ちょっと何してるんですか?」
「ここ、入っちゃおうよ。
もう十年とか経つんでしょ? 僕たちが入って破けたなんて分かんないし、
今破こうが一緒だよ。もしかしたら何度も破けて、
何度も張り直してるかもしれないし」
扉を開くエリク。すると階段が現れ、
下に降りられるようになっていた。
「ほら、行こうご主人。
全部思い出して、綺麗さっぱりにして、
屋敷に帰るんでしょ?」
エリクがこちらに手を伸ばす。
私はその手を取った。
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