透らない青
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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「ねえミスティア様、どうして海は青いの?」
「空の色を反射してるからですよ。諸説ありますけど」
「出たー、ミスティア様のしょせつある!」
三日目。
孤児院の窓を拭きながら、子供達の質問に答える。
今日のメンバーは大体六歳から十二歳くらいの子供達だ。
フォルテ孤児院では大体日中食べる寝る遊ぶがルーティーンの、
産まれてから五歳までの子供、
食べる寝る遊ぶに学ぶが加わる六歳から十二歳くらいの子供、
さらに食べる寝る遊ぶ学ぶ将来について考える十三歳から十八歳の子供、
と分けられている。
赤ちゃんが居るのは極めて稀だが、
いる場合は病気とか衛生、安全、
その他諸々の面でかなり生活は分けられられる。
そして今日は六歳から十二歳の子供達。前世時代で言うと、
小学校くらいの年頃の子供達と楽しいお掃除の時間である。
窓の外は爽やかな青空が広がり、
窓を磨けばさらに透明化してその青が鮮やかに見える。
ということもなく、窓は普段から綺麗に磨かれている為、
汚れを落とし綺麗にするのではなく、綺麗な現状を維持する為の清掃だ。
澄み渡る青空。本来ならば心も踊り、
見ているだけで晴れ晴れとした気分になる、そんな青天。
しかし私の心はまごうことなき曇り空である。
その原因は、ひとつしかない。
何せ、今日も今日とて馬車ではレイド・ノクターの隣の座席だったからである。
三日目だ。全八回中、折り返し、
現状レイド・ノクターの隣じゃなかったためしがない。
もうこうなると最早強制力を疑うしかない。
恋愛イベントも無く、奉仕活動すら触れていなかったけれど、
おそらくゲームの裏設定的な物では、移動系の座席は常にミスティアが、
あらゆる手を使ってレイド・ノクターの隣になるように仕向けていたのだろう。
そしてその強制力的な物が、現在の状態を引き起こしている。
だってあの苛烈の権化のミスティアが、
「移動の席くらいはレイド様の隣じゃなくても大丈夫ですわ」
なんて言うはずがない。
物理的な距離も心の距離も同じと言わんばかりに、
レイド・ノクターの隣をキープしていたはずだ。
そうして強制力により強いられ続けている馬車での苦行ならぬ修行を終え、
今日は子供達と朝から清掃活動だ。
掃除はわりと好きだ。
というか、インドアで出来ることは大抵好きだ。
考えたくはないけれど、投獄死罪がギリギリ回避できず、
逃亡を図ることになった場合、平民として仕事に就かなければいけないわけで、
その場合は掃除婦か、
どこかの屋敷で侍女として働くことを選択するとなんとなく決めている。
……投獄死罪。
アリスはその最もたる、ミスティアががっつり断罪され、投獄され死罪を受けるルート、
いわゆるレイドルートに入っている。
他キャラクターでもダイジェスト的にミスティアの凄惨な末路はぺらっと描かれるが、
レイドルートはレイド、アリス、ミスティアの三人を中心に描くため、
危機感が倍だ。レイドルートのイベントは、ミスティアはほぼ出ている。
攻略対象でもヒロインでも無いのに、ミスティアが一人の部屋で癇癪を起し、
鏡を叩き割るシナリオもあるくらい、登場回数が多い。
これまで以上に二人との関わりは断たなければならない。
だというのに、早速昨日の帰りの馬車も今朝の馬車も、
レイド・ノクターの隣に座っている。
いっそ、途中で馬車から転がり落ちて、
怪我人として移動する事も考えたが、
先月に襲われたことで屋敷の皆の精神は大変不安定になっている。
これで私が馬車から落ちて怪我をしようものなら、
屋敷から出してもらえないということもなくはない。
「じゃあさあ、ミスティア様はさ、大きくなったら何になるの?」
さっきまで海の青を気にしていた男の子が、
窓を拭きながらこちらに顔を向ける。
その前に、大きくなるかならないかの瀬戸際にいるの。
最悪大きくなる前に首とかバッサリされちゃうの。
なんて言えるわけも無い。それに、大きくなる。
投獄死罪は回避する。大丈夫。将来のことだ。
回避した後、何になるか。
とりあえず、この時代的に結婚はしなきゃいけないとして……。
「まだ決まってないですねえ」
「そーなんだ。僕はアクセサリー作る人になりたいんだ」
「素敵な夢ですね、職人ですか……」
「うん。畑で野菜を育てて、それを他人に売りながら、
ミスティア様専属の職人になるの!」
めちゃくちゃ堅実だ。将来設計がしっかりしてる。
「じゃあ、アクセサリー楽しみにしてますね」
「うん! 待ってて! 永遠に作ってあげるから!」
永遠。流行っているのだろうか。
この孤児院の子供は皆、
「永遠」とか「ずっと」とか「一生」という言葉を何かとよく使う。
「永遠に施設にいてくれればいいのに」
「ずっと私のことみててね」
「絶対ミスティア様の御屋敷で働くから、一生!」
などなど、何か流行っている話の中に、
似たようなフレーズがあるのだろうか。
かなり高頻度で出てくる言葉だから、
そのワードが出てくると少し気になってしまう。
「ミスティア様大変!」
職人志望の男の子とのんびりと窓を拭いていると、
ばたばたと女の子がこちらに向かってきた。
かなり緊急事態のようで、半ばパニックになっているのが目に見えて分かる。
「どうしました? 何があったんですか?」
「あのね、アリス先生の腕が取れちゃいそうなの、助けて!」
女の子は私の腕を取ると、一気に駆け出す。
そしてそのまま私の腕を引っ張るように駆け、
されるがままついて行くと、アリスが何かを抱えるようにしゃがみこんでいた。
「ミスティア様連れて来たからもう大丈夫だよ! アリス先生!」
女の子がしゃがむアリスに声をかける。
よく見ると、アリスの右腕はすっぽりと壺に入り込んでいた。
腕が取れちゃうというのは、
おそらくはまって取れなくなったということか。
「……ミスティア様」
アリスが私を認識したらしい。
顔が真っ青になる。
「大丈夫ですか……?」
「いえ、き、気にしないでください、洗ってたら、
私、この壺、気に入っちゃって、
ははは、取れないなんてことは無いです。
はははは」
アリスは冷や汗をかきながら、目をぐるんぐるん泳がす。
絶対に、取れなくなっている。間違いなく。
分かりやす過ぎる。
「取れなくなってますよね……?」
「……斧を貸してください! 腕を切ります。
人様にご迷惑をおかけするこの腕は、
我が人生に不要です……!」
壺を腕に嵌めながら必死に懇願するアリス。
狼藉の代償とでも言いかねない様相だ。
というか、アリスのこの生きるか死ぬかそれしかないかの様な、
極端な発想は何処から来るのか。何だかもう、頭痛がする。
「人間の身体より大切な壺なんて存在しません。
ちょっと待っていてください」
周囲を確認すると、丁度掃除中と言うことで、バケツと水はある。
近くの子供たちにアリスが変な気を起こさないよう見張ることをお願いして、
手洗いに向かう。流し場の石鹸を取って、アリスの元へ戻る。
そのままバケツの水で石鹸を溶かし、石鹸水を作り、
アリスの腕と壺の口の間に流し込むようにかけ、ゆっくりとアリスの腕を動かすと、
するっと引き抜けた。
「石鹸水使って一気です。腕切る必要なんかどこにも無いんですよ。
……じゃあ、逃げましょうか」
「逃げる?」
アリスが首を傾げる。
……逃げる?
思わず口から出た言葉だけれど、何だ?
自分でもよく分からない。
「……いや、あー……、何でもないです。
えっと、壺……よろしくお願いします」
「はい! ぴっかぴかにします! ありがとうございました!」
敬礼するアリスに一礼して、その場を後にする。
何か、頭が痛い。手が石鹸水でぬるつく。
その手の感触が、前にもあったような気がしてならない。
でも何かに腕がはまって取れなくなったこともないし、
はまって取れなくなった人を助けたのも初めてなはずだ。
流し場に向かい、手を洗いながら、
一つ一つ思い返していくけれど、思い当たるようなことは無い。
なのに頭の中に違和感を感じる。
何かをすっかり忘れているような、既視感に似た、空虚感?
「前にも、した……?」
「ミスティア様? どうしたの? 何か嫌なことあったの?」
いつの間にか隣にいた女の子がこちらを心配そうに見る。
「いいえ、ちょっと考え事をしていただけですよ」
まずい。
隣に誰かいるのかも気付かないほど考え事をしてしまっていたのかもしれない。
完全に意識が無かった。どれくらい時間が経過したかもわからない。
「そうなの? あいつに嫌なことされたんじゃない?」
「あいつ?」
「レイド先生」
女の子が周囲を確認しながら、忌々しそうにその名を発する。
何でここでレイド・ノクターの名前が出る……?
「どうしてレイド先生に何かされたと思ったの?」
「だってミスティア様、あの人とお話する時、
ちょっと変だから、肩とかぎゅってしてるし、ぎゅって」
そう言って女の子は、自分の肩と首をぎゅっとくっつける。
何か、ロボット感がある。とりあえず避けているとか、
逃げようとしている様子のことを示しているのだろう。
「レイド先生は、悪い人じゃないですよ」
「本当?」
「はい、優しい人です」
「じゃあ、どうして仲良くなれないの?」
鋭利な質問だ。
まさか死にたくないからとは答えられないけれど、
中途半端な答え方をするのも良くない。
「……秘密に出来ますか?」
「出来るよ!」
「……私はこの一年間、
絶対に彼と些細な揉め事でも、起こしてはいけないからです」
「どうして?」
「そうしないと、良くないことが起きちゃうんです」
レイド・ノクターとの関わりは、
投獄死罪という、地獄の末路に直結すると言っても過言ではない。
私だけが死ぬならまだしも、家族も、使用人の皆も不幸にする。
そしてアーレン家が大幅に援助している施設の何もかもを巻き込んで、
破滅する。
それだけは、絶対避けなくてはならない。
最悪の場合は家族と逃げ、使用人の皆を一斉解雇し、
施設は他の支援先をしっかりと見つけ、
領地は早々に手放すよう父にお願いすると決めているけれど、
家族と住み慣れた屋敷で、使用人の皆と一緒に暮らしたいし、
施設の子供達、領民の人々の生活は、アーレン家で保証したい。
「じゃあ、来年来る時は仲良しなの?」
「なれてるといいですけど、
もうその頃には完全に嫌われてるんじゃないでしょうか?」
「どうして?」
「理由があっても、人を避けることは良くないことです。
私のしてることは、とっても良くないことで、
相手に、酷く失礼なことをしていて、最低の振る舞いですから」
今まで、レイド・ノクターに対してまともに接したことが無い。
事あるごとに避け続け、誘いを断り続けている。
社交辞令としての誘いといえど、
断られ続けば、いい気は絶対にしないはずだ。
ただでさえ、幼い子供に異常な執着を抱く変態と思われている。
来年婚約者という肩書が消えれば、最低限の挨拶のみの関係になるだろう。
「私、来年になったら、
ミスティア様とレイド先生が仲良く出来るよう応援してあげる!」
「ありがとうございます」
「うん!」
女の子が「任せて!」と自分の胸を叩く。頼もしい。
そんな女の子の様子を見ながら、
ふとレイド・ノクターの未来について考える。
現在、アリスはレイドルートにいる。
ということは婚約解消になる流れに持っていかなければならない。
けれどレイド・ノクターがアリスと恋に落ち、
果たして真面目で正義感の強いレイド・ノクターが、
「他の女の子好きになったから婚約無しにしてください、よろしく」
なんて言い出すだろうか。
一応、十歳の頃、チェスで戦いレイド・ノクターを負かした時、
好きな人が出来たら言ってくれとは伝えてあるけれど、
レイド・ノクターはその約束を覚えていてくれているだろうか。
……一度、もう一度、
好きな人が出来たらの話をしておいた方がいいかもしれない。
アリスがレイドルート入ってまだ浅いであろう、今のうちに。
でも、レイド・ノクターと婚約についての話をするのは、
彼が円満に弟であるザルドくんに、
ノクター当主の座を渡す未来にも関わる話だ。
彼の弟狂いを悪化させる原因になりかねない。
……あれ、そういえばアリスと結婚すると、
レイド・ノクターはノクターの当主になるのか。
でも、ザルドくんに当主の座を渡すために、
アリスと一緒に平民として暮らすのもあるのか……?
いやでもアリスと恋をすれば、流石に弟狂いは完全に治るだろう。
「まぁ、先の未来は分からないし、私は関係ないしいいか……」
「何の未来が君に関係ないのかな?」
女の子の声にしては、結構低い。
昨日は院長の声にしては結構高い声を聞いたけれど、
今はその逆だなあと考えながら隣を見て絶句する。
そこには、女の子の姿は何処にも無く、
何処までも透き通った瞳をしたレイド・ノクターが立っていた。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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