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壊れた吊り橋

●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

◇予約ページ◇https://tobooks.shop-pro.jp/?mode=grp&gid=3106846

◆攻略対象異常公式アカウント◆https://twitter.com/ijou_sugiru?s=20/


孤児院の廊下を子供達と手を繋ぎながら歩く。


部屋を出た直後の子供たちはきゃっきゃと私の手を奪い合っていたが、

現在器用に私の親指、人差し指……と指ごとに手を繋ぐというか、

指を握っており、争いは終わり平穏が訪れたものの、

なんだかタコやイカにでもなったような気持ちだ。

指が裂けそうにも見える体勢だけど、

人間の身体は丈夫に出来ているし、子供達もそこそこ加減は出来る為、

裂けるようなことにはならないだろう。


「ミスティア先生は大人気だね」


ふと、子供達を挟んで隣を歩いていたレイド・ノクターがこちらに向かって笑いかける。

大人気。大人気というならレイド先生のほうだろう。

私はどちらかと言うと身内枠に入っているし、

定期的に来るわりと遊び甲斐のある根暗親戚枠。

一方レイド・ノクター大先生は一日で子供たちの信頼と笑顔を勝ち取った。

コミュニケーション能力の鬼。


「そうですか?」

「うん、皆ミスティア先生のこと好きだって言うのが、

 この短時間で伝わって来たよ。ね、皆」

「うん!」

「ミスティア様、だーいすき!」

「一番だいじー!」


レイド・ノクターが教育番組のお兄さんのように語り掛けると、

皆口々に元気なお返事でレイドお兄さんの言葉を肯定していく。

若干先導も混じっているような。

けれどその先導力は流石としか言えない。

レイド・ノクターは何処に行ってもリーダー。

トップとしての能力を存分に発揮している。

そんなレイド・ノクターに感心していると、

一人の女の子が彼に向け企むような笑みを浮かべた。


「ふふふ、レイド先生にいいこと教えてあげる」

「いいこと? 何かな」


女の子の言葉にレイド・ノクターが首を傾げると、

他の子たちも何かを察した様で皆同じように「ふふふ」と笑い始める。

団結力がすごい。それにしても、いいこととは一体。

もしかしてまた何か私関連の暴露を……。


「実は僕たちね、みんなでミスティア様と結婚するの!」

「するのー!」


良かった、恐ろしい暴露じゃなかった。


きゃっきゃと喜ぶ子供達を前に、内心安堵する。

集団婚姻。いわゆる一人の花婿、

花嫁に、沢山の花婿、花嫁が添い遂げることである。

といっても勿論子供達の言うことで、

幼稚園生が「将来先生と結婚する!」というような曖昧なものだ。

初恋は幼稚園の先生、みたいな。

恋愛の親愛的な情と、家族的、

教育的情がごっちゃになった結果である。


「ミスティア様は貴族で、一緒に暮らすにはたくさんお金が必要だから、

 一人一日ずつ交代でミスティア様と一緒に暮らすんだよ!」


にっこり笑う女の子。

このことは、私が孤児院に行くたびに子供達が話す展望である。


私の事を気に入ってくれているらしい子供達は、

その幼さ故に、結婚というものをただ一緒に暮らして一緒にいるものだと考え、

私と一緒にいるには、皆で私と結婚して、

一日交替で私を養おう、なんてことを言っているのだ。

協力する精神が芽生えていると言えど、倫理観の育みに少し不安があり、

中々複雑であるものの、好かれているのは単純に嬉しい。


「やっぱりミスティア先生は人気だね、さっきの自己紹介も、

 みんなミスティア先生に詳しかったし」


こちらに向かって笑みを浮かべるレイド・ノクター。

けれど彼の発する空気に、ほんの少しの重さを感じる。

気のせいで、被害妄想的とは分かっているけれど、

責められているような気さえしてくる。

どうしたものかと考えていると、お手洗いに到着した。


「あ、お手洗いはここです」

「分かった。ここでちゃんと待っているから、行っておいで」


レイド・ノクターが一人の女の子に優しく語り掛ける。

そうか、女の子に「せんせートイレ! ついてきて!」されたから、

私についてきてもらおうとしたのか。

前世で言う小学校手前くらいの子供の「先生トイレ!」には、

普段特に気にせず着いてきてしまっていたけれど、

確かに子供が中で倒れたりと、何かある可能性も否定できない。

今度からそうしよう……。


心に留めて置くと、気が付けば子供たちは皆トイレに向かっていた。


レイド・ノクターと私。二人きり。

アリスとレイド・ノクターが二人きりであるならば、

恋の始まる瞬間だが、残念ながら私とレイド・ノクター。

始まるのは、恋ではなく故意であるかの立証の始まり。

冤罪裁判からの死刑宣告。地獄の始まりである。


まずい、二人きりだ。

私もトイレに行くべきか……。

さりげなくすり足で一歩進んだ瞬間、

レイド・ノクターがトイレに向けていた視線をこちらに向けた。


「ねえ、この先の部屋って何があるの?」


レイド・ノクターが、廊下の先の扉を指し示す。

その先には、薔薇のレリーフプレートがかけられている。

あそこは、展示室だ。

芸術には幼少期から触れていた方がいいという父の考えで設けられた部屋で、

国内の有名な画家や、新鋭画家の絵が飾られていて、子供たちは自由に見ることが出来る。

その隣は作品室で、子供たちの作った作品を展示している。


芸術、といっても美術だけじゃない。この孤児院にはしっかり音楽分野用の音楽室もあり、

防音処理もされ、楽器を好き勝手演奏できるようになっている。


「あそこは、絵画などを展示しているところです。

 色々なことに触れて、自分の興味のあるものを知る意味合いで設けられた場所で、

 有名どころから、新しく加わった作家さんまで、色々いますよ」


そう言うとレイド・ノクターは、扉をじっと見つめ何かを考え込んだ後、

こちらに顔を向ける。


「……そういえば君と絵画の話をしたことはないね。

 今度一緒に、美術館でも行こうか。

 思えば君と二人で何処かへ出掛けたことは一度も無いし」


レイド・ノクターの穏やかな声色。

この世界の絶対的ヒロイン、対アリスであれば、間違いなく、デートの誘い。

フラグが立った。けれど私はミスティア、ミスティア・アーレン。

立ったのは恋愛フラグではなく、死亡フラグだ。

見えるのは甘酸っぱいキラキラデートではなく、

紅滴る鮮血の断頭台である。


「……私と鑑賞しても、つまらないと思いますよ」


相手は婚約者としての義務か何かだと思っているのだろうが、

デートにしか思われない行為なんてして、周囲に見られ噂になって、

多数の人間に私がレイド・ノクターを好きだと思われたら死ぬ。

ゲームミスティアと同じ、

「ミスティアはレイド・ノクターの事が好き」

なんて印象を与えたら死ぬ。今後どう影響するか分からない。


死にたくない。それに私には家族と使用人。そして私に関わる人々の名誉がある。

孤児院の子供達の生活費だってかかっているのだ。

それに、逆に「レイド・ノクターがミスティアのことが好き」みたいな変な誤解が広まり、

アリスとの恋愛イベントが遅延し、弟狂いが治らない可能性もある。

無礼といえど断り一択。



「僕と鑑賞するのは嫌って意味で合ってるかな?」


レイド・ノクターがこちらに目を向けながら、

ぼそっと子供たちに聞こえないように小声で呟く。え、怖。え、直球。

はい、そうです。死にたくないので。そう答えられたらどんなにいいだろう。

けれど、投獄死罪に関係しなかったとしても、

私は美術館にはなるべくなら行きたくない。


「いえ、あの、本当に絵の鑑賞、苦手なんですよ、私」

「……どういうこと?」

「変なことばっかり思う、というか鑑賞能力が無いと言うか」


正直鑑賞能力が皆無、というよりゲーム脳と言う方が正しいかもしれない。

神々しい絵画だと、光属性の魔法打ってきそう、

禍々しい絵画だと、ラスボス。

ちょっと左右に対称のモチーフがあったりすると、

左右のモチーフ壊さないと本体が倒せないやつ、などと、

すぐゲームに直結して考えてしまう。


前世を思い出す前でもそういった感想は普通に思い浮かび、

さらに己の発想がかなり異端である認識をしていなかった為、

感想を求められたらすぐに口に出していた。

よって、雇った家庭教師の美術の先生にはかなり奇異の目で見られ、

何度か先生が変わり、今は屋敷の用務係兼侍医のランズデー先生にお願いしている。

前世を思い出してからは、

人前では感想を濁し言わなければいい場では謹みに謹みを重ねている。


「例えば?」

「え」

「教えてくれない?」


レイド・ノクターがじっとこちらを見る。

食いつき怖。何が彼の琴線に触れたのかさっぱり分からないが、

隠そうとしたところで下手な問答を繰り返しぼろを出しても嫌だ。

言ってしまうか。


「……強そう、とか」

「強そう?」

「何か、屈強そうな男性が槍とか構えてる絵だと、

 攻撃力は強くても、俊敏性にはやや欠ける、とか、

 そういう感想ばっかり、浮かびまして」


流石に火属性で装甲は紙、

素早さ重視で手数勝負とは言えない。言える訳が無い。


「あまりにおかしな感想ばかりなものですから、

 家庭教師、中々の頻度で変わりまして。

 今は使用人の方にお願いしている状況というか。

 なので鑑賞はちょっと……」

「そうなんだ。でも、僕は君の感想、興味深いと思うけどね」


「お前ちょっとおかしいよ」という感想を、

「興味深い」と変換するレイド・ノクターの対人スキル、

どう考えても卓越しすぎている。


「どうも……。

 まぁ、芸術全般得意じゃないと言いますか……、

 作り出すのも苦手でして、そういったところも、

 鑑賞能力が低いことに関わっていると思うのですが……」


大部分は、ゲーム脳だろうが、そもそも絵を描くこと、

物を作ることは苦手だ。

料理は計量して指定された手順通りに事を進めればそれなりの結果が出る。

けれど美術分野は指定された手順通りに進めても、

描こうとした苺が紙面ではトマトになったり、

バジルがキャベツになったりするのだ。

意味が分からない。


「……そういえば模造の授業で、困っていたね。

 ああいうことはよくあるの?」

「ああいうこと?」

「物を壊されたり、盗まれたり」

「いや、全然ありませんよ。それにもう、

 そういうことは起きないと思いますし」

「何故?」


何気ないレイド・ノクターの問い。


まずい、心配させないようにと返した言葉だけれど、

完全に墓穴を掘った。


「いや、あの、作品、一度無くなったんですから、

 監視体制とか、流石に強化されていると、思って」

「……そうだね」


レイド・ノクターは返事をしながら、

どこか見透かすような目をこちらに向ける。


……何かを知っている?

でも、知っていたならば何かしら言ってくるだろう。

聞いてこない理由がある可能性も十分考えられるけど、

レイド・ノクターは正義と優しさの権化、

相手の傷を見ながら話題に触れてもいいかの判断が出来る人間だ。

知っているなら聞いてくるはず。ならばこの目は一体。


何かおかしい。


「あの、レイド様……」

「ミスティア様、レイドせんせー! ただいまー!」


レイド・ノクターに声をかけようとすると同時に、

子供達がトイレから出て来る。


……とりあえず今は、奉仕活動に専念しよう。


私はレイド・ノクターに違和感を感じつつも、

奉仕活動を全うすべく、子供達へ一歩踏み出した。





●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売

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