穏やかな檻の中で
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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何をするでも無く、
自室のベッドで、上体だけ身体を起こし、壁に背を預ける。
ベッドのそばに設置された椅子には、メロが座っており、
静かにこちらを見ている。
あの事件から二週間が経った。
初めの一日から三日は静養、四日目からは警察隊に現場の状況や、
加害者との面識についての質問に応じるなどして過ごし、それらが六日目に終わった。
次の日また静養に戻った七日目。つまり一週間が経過した。
そこからさらに一週間経過し、事件から二週間。
一人で部屋から出れない。
それは何も、外に結界がはられていて出れないだとか、
屋敷に閉じ込められているだとか、外が未曽有の悪天候に見舞われているだとか、
そういったことは一切無い。
普通に、使用人の皆に止められるのだ。
「じゃあちょっとトイレに行ってくるね」
「畏まりました」
ベッドから降り自室から出ようとすると、メロが立ち上がり、ドアを開く。
そのまま自室を出て、トイレへ向かおうとすると、メロが当然のようについてくる。
手洗いを済ませ、自室に戻りベッドに戻ると、メロはまたベッドのそばの定位置に着席した。
……事件以降、メロ及び使用人の誰かが私の傍から離れない。
流石にトイレの中にまで入ってこないけれど、それ以外は完全に一緒だ。
私が寝ている時は、使用人皆交代制で部屋の外を見回っているらしく、
深夜、トイレに起きたら普通に庭師フォレストと掃除婦長が、
部屋の前に立っていた。
二人とも直立不動で、
世間話をしているわけでもなくじっとしていたから普通に怖かった。
驚愕のあまり声も出ず目を見開いていると、
「どうされましたか?」とフォレストに尋ねられ、
「お手洗いに」と答えれば、
「畏まりました」と何食わぬ顔でついて来て、
フォレストは手洗いの前で待機、
掃除婦長が手洗いの中まで入って来ようとした。
「しっかりとお守りできるよう、
男女一組でお待ちしていますから大丈夫ですよ」
トイレの扉の隙間からこちらに入り込もうとした掃除婦長の言葉である。
心配がすぎる。夜中見回りしているのも驚きだし、
入る前提で見守りが編成されているのにも驚きだし、
どこから指摘すればいいのか分からないくらい混乱した。
窓に近付くのも嫌がられ、
少しでも足が別のところに向くと「どちらへ……」と視線が集中する。
厳戒体制である。
扱いが脱獄の前科がめちゃくちゃある重犯罪者に近い。
正直屋敷の中くらいは一人で歩き回りたい気持ちはある。
しかし私は「平気だよ」なんて言える立場では無いのだ。
というのも、私はルキット様が襲われた次の日の登校日、
要するに私が斧で襲われた日、
「わざわざ昨日の今日行く必要は無いんじゃないか」「屋敷の外は危険じゃないか」
「もう一生外に出ない方がいい」といって登校を止めようとする使用人の皆の心配を、
「貴族学校なんだから外から危ない人なんて入ってくるわけが無い」
と受け流していた。
にも拘わらず私は斧で襲われて帰って来た。
その結果使用人の皆は、「あの時御嬢様を外に出してしまったから」
「最初からしまっておけばよかった」
と次々と自責の念に駆られてしまったのである。
しまっておけばって。冷蔵庫におやつ隠す子供か。
あれからフォレストは、「学校」という単語で大発狂し、
料理長は気が付くと泣きながら転がり暴れ出している。
掃除婦の皆は隙あらば私を囲む……もはや体制はかごめかごめに近い。
そんな中メロは大分落ち着いていたなと思っていたが、
窓の外の木に鳥がとまった時、
「御嬢様を狙う何者かが化けているのかもしれません」と言い出すなど、
全然落ち着いていなかった。
御者ことソルさんは八割がた背後にいる。
「御嬢様はずっと外にでないから、背後係になる」らしい。
背後係とは一体。それに外に出る。ソルさんは職場復帰する定めにある。
そう、そろそろ部屋の外に、ではなく屋敷の外に出なければいけない。
学校に行かなければならないのである。
来週にはテストが開始される。学校に通わなければいけない。
今まで無遅刻無欠席を貫いていたから一週間休んだところで何か起きることも無いが、
さすがにテストとなると話は変わってくる。
今回のテストは普段の授業に行われる小テストではなく、
今学期の成績を決める大切なテストだ。受けねば。
初めのうちこそ精神的に落ち着かず、不安を感じることもあったが、
あの事件から二週間経って、精神的に大分落ち着いてきた。
今日くらいから外に出る練習をしたい。
……事件。
どうやら、怨恨によるものではなく、通り魔的犯行だったらしい。
事件から数日たったある日、貴族学校から理事長が、
事件の詳細全てを説明に訪れた。
元々精神を病んでいた生徒が、心の中に理想の令嬢を作り上げていた。
斧を持ち彷徨うところへ通りがかった私を「理想の令嬢」として認識し、
襲い掛かってきた、というのが事件の概要らしい。
私の名前はアーレン家の令嬢と言うことで知れ渡っており、
名前を呼んでいたのもそれ故だと言っていた。
そして彼が言っていた「プレゼント」という言葉。
理事長の話曰く、彼は不特定多数の机、ロッカーや靴箱に贈り物を置いたり、
女子生徒が美術室に訪れるよう画策し、実行を繰り返していた。
被害者の事もあるため名前は公表できないが、私以外にも被害者は多数存在していて、
私の場合、その画策は、粘土を破壊し美術室に来るよう仕向ける。
塗料缶の中身を抜くなどだった。
しかしプレゼントには思い当たる点が無い。
それは、どうやら彼のプレゼントは、
送られた先が酷く汚れる嫌がらせめいたプレゼントだったことで、
朝のうちに回収されたり、清掃が施され、該当生徒には認識されなかったらしい。
裁判の状況にもよるが、
死罪を回避することが出来たとしても牢から出られることは無く、
一生を牢の中で過ごすそうだ。
その裁判だが、年齢、事件性を考慮され、
私の被害者としての出廷は無く、ただ結果を待つ、
夏が終わる頃には結果が分かると理事長は話をしていた。
「ちょっと屋敷の中散歩しようかなと思うんだけど」
「お手紙の返信はされなくてよろしいのですか」
ベッドから足を下ろそうとすると、
すかさずメロが差すのは机にそびえたつ二つの雪山……、
もとい領地からの手紙である。
アーレン家の領地は、
我が父、アーレン伯爵の独裁統治により領民を摂取し、
領民を苦しめ、私たちは潤いある生活を……なんてことは一切無く、
父はしっかり領民の為に働いている。
学校を脅迫し罪をもみ消せる大きさがあるアーレン家、
領地も広く、領民も多い。よって、
その父の娘が通っている学校に不審者が入ったらしいと聞きつけた領民からの手紙が、
毎日数十通の単位で届いてくるのだ。
新聞にも載っていないのに、本当に情報がどこから漏れたか分からない。
本来の貴族がどうなのか分からないけれど、
この国の貴族は領地に住むというより国の中心地に住みつつ、
近かったり遠かったりする領地を経営することが多い。
いわば自分の持っている領地に住んでいない貴族が多々居る。
アーレンの屋敷の土地は勿論アーレンの土地であるが、
いわゆるただ住んでいるだけの土地。
ノクター家も、ハイム家も、シーク家もそうだ。
貴族学校は全寮制じゃないから、馬車通学が出来るよう、
攻略対象の家が学校の馬車通学可能圏内に配置された結果、
「自分の領地に住んでいない貴族もいる」みたいな感じになっているのだと思う。
屋敷と領地へは結構離れている為、
領地へ行くのは季節ごとだったりまちまちだが、
貴族学校に入学してからは一度も行っていない。
その為近況連絡の意味合いがあると思うが、それにしても量が多い。
届いた手紙はとりあえず読み終わったもの、読んでいないものと分け、
隙あらば読んでいるが読む速度と届く量が追いつかない。
全く持って追いつかない。五通読んで、一通返信する間に、八通届く。
手紙を書くことは、相手の為に時間を割くこと。
しっかり誠意を持って返信したいが、どんどん手紙の塔が机上に建築されていく為
断腸の思いで家、孤児院など施設ごとに分け返信することに決めたまではいいが、
量が量の為思うように進んではいない。
未読の山がその標高をどんどん上げていく。
「手紙の返信もするけど、ちょっと歩く練習的なものをしたくて……、あ、どうぞ」
話をしながら、部屋の扉がノックされていることに気付く
扉に声をかけると、
大きな茶封筒を抱えた執事のグレンが入ってきた。
「失礼いたします。御嬢様、学校の御友人のクラウス・セントリック様から、
門番経由で書類を預かって参りました」
「クラウスが?」
怖い。爆発とかしそう。
いや、流石に書類で爆発は無いか。
怪文書とか、暗号とか?
「はい、先程屋敷に訪れ、御嬢様からお借りしていたものを届けてほしい、と。
こちらになります」
差し出された封筒を受け取ると、
グレンは礼をして部屋から出て行った。
クラウスに、物なんて貸していない。
何かしら届けたくて吐いた嘘だろう。余計怖いな。
恐る恐る封筒を開くと、授業ノートが入っている。
取り出してぺらぺらとめくると、最初の方は確かに数学のノートだが、
中央のページは不自然に二枚重なり、意図的に綴じられているようだった。
引き出しからペーパーナイフを取り出し、
綴じられている部分を切り取る。
すると見事な鏡文字……しかも達筆で書かれた文章が現れた。
「か、怪文書……」
思わずつぶやくと、メロが尋常じゃない勢いでこちらを見た。
「いやいや、大丈夫大丈夫」
メロをなだめ、引き出しから鏡を取り出し解読する。
『宛名書くか迷ったけどやめた。
これを見てるお前へ。
やれ季節がどうのだの、なんだの、外を見りゃ分かるから割愛するぞ。
お前も求めてないだろうしな。 それとも監禁されてんのか?
でも窓の外の景色くらいは見えてるだろ。
外見ろ外、それが全部だ。
季節の言葉終わり。
で、俺は親切なので、お前のいない間学校がどうなったか教えてやる。
どうせお前の屋敷ではろくに話せやしない。
だからこうして俺がありがたーいお手紙を書いてやったんだ。
感謝しろ。学校の状況を説明してやる。
よく読んでしっかり考えるんだな。
まずは最高に面白い上層についてだ。本当に笑える。
お前に関わるとろくなことが無い証明がされたぞ。
理事が一人辞めた。お前の事件の責任を取ってだ。
怪しいって前々から言われてたみたいだから、
昔に何かした奴を消したってことだな。
お前と斧暴れ野郎の近親者でもねーし、
何か絶対消しといた方がいい奴を処理したんだな。
関わってるもん全部碌なことにならねーなお前は。
学校で変わったことと言えば、
学校の警備体制とそいつの首だけ。
教師陣営もその他諸々の仕組みは何も変わってない。
安心しろ。
ちなみに。
学校は朝学校に侵入者が入り込んだってことで片付けた。
生徒はいなかったことにされてるぞ。
まあ、学校側の配慮だろうな、
事実を広めたと同時に学校は信用を失い、
お前も不審者に襲われた令嬢になる。
っつーことでお前が襲われたことも広められてねえぞ。
ちなみにだが、
お前のクソ長え休みは、病気ってことになってる。
既に風邪は治ったが虚弱すぎて身体慣らしに時間がかかって、
通えるのはいつとは言えないらしいな。
それとお前のクラスの様子も教えといてやる。
毎日葬式みたいになってるぞ。最高に笑える。
俺は一生そのまま葬式やっていて欲しいところだが、
お前がいなければまあ面白いことも起きない。
早く来い。つまらない。
どうせお前は死なないんだから不安に思っても何も意味ないぞ。
さっさと来い。
まあ来たところで死ぬより辛い目に合わない保証は無いけどな。
でもこうしてお前が襲われ、今屋敷にいるってことは、
一つの大きい山を切り抜けたってことだぞ。
分かってるのか?
手紙を書くのも結構つまらないもんだな、飽きてきた。
長い前置きをしたが本題に入るぞ。
俺がお前を心配して手紙を送ってるのは、
他でも無い、お前に聞きたいことがあるからだ。
今、心配したと思ったか?
思ったなら馬鹿だろお前は、
思ってないならお前はその認識能力を他に向けろよ馬鹿。
いいか。今から俺の質問の答えをちゃんと用意しとけよ、
ちゃんと相応の対価を用意してやるから。
お前を陰湿なゴミから助けた担任以外のその場にいた奴を全員教えろ。
答える必要はないが、答えなかったらどうなるか想像しておけ。
後から答えておけばよかったなんて後悔しても遅いんだからな。
ちゃんと頭使えよ。以上。
追伸 ちなみにこの手紙が届くころには、
確実に愉快な仲間たちがお屋敷に訪問してるだろうな。
逃げたいならさっさと逃げとけよ。
どうせお前は手遅れだろうがな』
「え、普通だな」
一瞬クラウスからの手紙ということで怪文書では……。
と疑ったが普通だ。
縦読みでもなければ斜め読みでもない。
上に書き損じた時に生じたであろう、
くの字型みたいな試し書きがあるだけだ。
何となく振ってみたが何も変化が無い。
クラウスの事だから、何かしら暗号を用いたりくらいはしていそうだ。
火であぶる? 水で濡らしてみる?
しかし両方ともリスクが莫大だ。
ノートごと駄目になる可能性がある。
どうすべきか考えつつノートを観察していると、
部屋の扉をノックする音が小さく響いた。
「どうぞ」
声をかけると、扉が開かれ、執事のグレンが現れる。
「御嬢様、お客様がお見えになりました。いかがなさいますか」
お客様……理事長再び……とかはさすがに無いか。
「今行く、誰が来た?」
「ジェイ・シーク様、ヘレン・ルキット様……」
先生と、ルキット様。不思議な組み合わせだな。
あまり見た事の無い二人だ。
返事をしようとすると、グレンがまだ話を続けようとしている。
まだ……いる?
「そして、アリス・ハーツパール様です」
は?
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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