┗転入令嬢の困惑
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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授業中、そっと、ミスティア・アーレンの様子を窺う。
あの女は隣の席の桃色の髪の女と、何か筆談をしていて、
あの女が紙を差し出すたび、桃色の髪の女はぺこぺこ頭を下げている。
桃色の髪の女は、平民の分際で今年の春、普通の生徒と同じように入学してきたらしい。
そして平民の癖に糾弾されないのは、あの女の取り計らいがあるからだと聞いた。
偽善者。奉仕の精神でも掲げているつもりなのかしら。
苛立つ心を抑えながら、ミスティア・アーレンの普段の様子について思い返す。
転入してから、ミスティア・アーレンを観察して分かったこと。
それは、ミスティア・アーレンは、レイド様に近づかないことだった。
ずっと、ミスティア・アーレンがレイド様に近付いたら、
邪魔をしようと、その機会を窺っていた。
邪魔に邪魔を繰り返し、相手が嫌がらせをしたり、
こちらを窘めようとしてきたら、盛大に泣いてやって陥れてやろうと考えていた。
なのにレイド様がミスティア・アーレンに近付いて言葉を交わすことはあっても、
ミスティア・アーレンがレイド様に話しかけることは全くない。
それどころか近づきもしない。
一緒に学校に行きもしていないし、一緒に帰らない。
二人の関係が秘密であることは、レイド様本人から聞いたから知っている。
けれど一切接さないのはおかしい。
私とレイド様の時間を邪魔されることが無いのはいいけれど、
ここまで接触が無いのは、絶対におかしい。
裏で密会をしているのかもしれない。
そう疑った私は、レイド様から少し離れ、
ミスティア・アーレンが普段教室でどのように過ごしているか男たちに尋ねた。
すると、あの女は教室にいること自体稀らしい。
朝は誰より遅く教室に来て、帰りは誰より早く教室を出る。
学校自体には早くに来て、帰りは誰より遅く帰っていると聞いたし、
一度遠くから見ていたけど、本当にその通りだった。
ミスティア・アーレンは、レイド様と話さない。
でもクラスの人間にレイド様とミスティア・アーレンの関係を尋ねると、
口々に「お似合い」と話す。
クラスであまり会話をしたがらないミスティア・アーレンが、
唯一会話をする生徒がレイド様で、
レイド様はそんなミスティア・アーレンに何かと意見を求め、話しかけるらしい。
レイド様は、私が転入する前に行われた体育祭で、
ミスティア・アーレンを抱きかかえたこともあると聞いた。
そう聞いた時、何かの間違いじゃないかと思った。
もしそうなら、まるでレイド様が、
ミスティア・アーレンを慕っているみたいだ。
レイド様は幼い頃に確かに言っていた。
結婚は親が決めることで、自分の意思なんて関係ないと。
だから、今はご両親の意思に従っているだけで、レイド様の意思は関係ないはず。
ただ、家格が釣り合っている令嬢がミスティア・アーレンだっただけ。
愛なんてどこにも存在しない婚約のはず。
それにレイド様は私の王子様のはずだもの。
私を認めてくれた唯一の人。心の底から欲した人。私だけの王子様。
だからきっと、レイド様は私を助けてくれる。
私を守ってくれる。
でも、最近レイド様はおかしい。
ううん、最近じゃない。転入してからずっと。
茶会の時には向けられたことなんて絶対に無かった冷たい目を私に向けてくる。
……それはきっとあの女。
ミスティア・アーレンのせいに違いない。
そう思って、昨日、あの女にレイド様が好きだと伝えたけれど、
動揺も、嫉妬もなにも見えなかった。上手く隠しているのかもしれないけれど、
……でも。
でも、もしかしたら……。
違う、そんなことはない。そんなこと、ありえない。
だって私はここにいる。だから大丈夫。
休憩時間、髪を整える為に手洗いへ向かう。
本当はすぐにでもレイド様の元へ向かいたいけれど、
しっかり可愛い私でいないと。
「こんにちは、ヘレン・ルキット嬢」
廊下の曲がり角。
振り返るとそこには、それはそれは美しい男が立っていた。
艶めくダークブラウンの髪、褐色の肌、エメラルドの瞳……。
端正な顔立ちと言うのは簡単だけれど、そうとしか言えない美しい顔。
「こんにちは、はじめまして……。えっと……」
計算しつくした笑顔を浮かべながら礼をして、首をかしげると、
彼は特にこちらに興味が無いような目を向けてくる。
「エリク・ハイム。けど憶えなくていいよ、
君がこれからあの子に変なことしなければ、
もう会うことは無いだろうしね」
「……あ、あの、あの子? ど、どういうことですか?
えっと、何のお話を?」
「君、レイド・ノクターが好きって本当?」
こちらの質問に答えずに、彼は問いかける。
エリク……ハイム……。
この国の貿易を支えるハイム家の子息だ。
容姿端麗で明るい人柄で、少女、淑女、数多の令嬢の目を惹きつけながら、
どんな令嬢も相手にしないと有名な……。
でもどうして私にそんな質問を?
「え、ええ」
「じゃあさ、ミスティアに絶対、絶対に変なことしないでね」
戸惑いながら肯定すると、彼は私の目を射抜く。
「えっ……」
「別にレイド・ノクターに何しようがどうでもいいんだけど。
変に嫉妬してさー、ミスティアには、変なことしないでね
あの子、別にレイド・ノクターのことなんて、何とも思ってないからさ」
「ど、どうしてミスティア様が」
「ミスティアのクラスの転入生が、
レイド・ノクターに近づいてるって聞いたんだよ、
そういう奴って、すぐ変な嫉妬で馬鹿なことするから、
その前に教えておいてあげなきゃと思って」
目の前の、綺麗な男が、へらっと笑う。
その笑みに、悪寒が走る。
「あの、私何の話かさっぱり」
「だーかーら、力技でレイドサマ押し切ろうが、
既成事実作って何しようがどうでもいいんだけど、
ミスティアのこと傷つけたら絶対に許さないってことだよ」
男の顔から、笑顔が消える。
「全部知ってるんだよ。お友達になれそう? はは、面白い冗談言うよね。
端からお友達になる気なんて無いくせに」
お友達になれそう。私がそう言ったのは、あの時しかない。
ミスティア・アーレンと、話をした時。
あの時を、見られていた。
「人目がいない時を狙って周り確認するのはいいけどさあ、
あんまり確認が過ぎると今から碌なことしないってすぐ分かるよ」
「わたし、は」
「でも、君がレイド・ノクターに近付くことは別にいいんだよ。
むしろ頑張れっていうか。力技でも何でもいいからさ、
さっさと既成事実の一つでも作ってって感じだし」
「それは」
「……ただ、ミスティアに関わるなら話は別だから」
男は、一方的に話をする。
こちらが、どうでもいいかのように。
ミスティア・アーレン以外が、全てどうでもいいかのように。
「つまり、君はレイド・ノクターが好きなら、あの男だけ追って、
変な気起こさないでってこと。簡単なことだよ。 よろしく」
話はそれだけだから。
そう言って、男はこちらの返事も待たずに去ろうとする。
すれ違う瞬間、こちらを睨みつけるように小声で囁かれる。
「転入早々、退学はしたくないでしょ?」
あまりの悪寒に、動くことが出来ない。
そのまま振り返ることも出来ぬままに、
廊下の真ん中で一人、ただただへたり込んだ。
●2025年10月1日全編書き下ろしノベル7巻&8巻発売
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