72話 頑張りは伝わったけどね。
結局昨日の人は何だったんだろうと思いながらその後過ごしたが、寝て起きたら結構記憶と言うのは薄れるモノで。と言うか、別に命の危機とか感じてなかったから直ぐ意識の外に流れてしまうと思う。
会話がほぼ一方的でなければ、私だってもう少し記憶に残っていただろう。えっと…シェルシェール…は名前だったな。えっと……えっと…。
「や、夜風さん。また、大きな仕事を受けたみたいですね。」
「あ、インドールさん。はい…また、です。」
今日は武闘部では珍しくデスクワークがメインの日で、出勤してから一人黙々とパソコンと睨めっこしていると、少し集中力が切れてしまったのか、昨日急に来た依頼人の事を考え出して…名前が思い出せない事に軽く戦慄した。や、ヤバイ。依頼書見直したいけど、今仕事中だし…うっう、自力でシェルシェールさんの名字を思い出さないと。
仕事をこなしながらそんな事を考えていると、匂いからして紅茶が入った使い捨てのカップを二つ持ったインドールさんが、ぎこちなくそう聞いてきた。
「こ、紅茶…夜風さん、コーヒー苦手でしたよね?」
「えっ、ありがとうございます。」
紅茶のカップを受け取りながら、今はその依頼をした人の名字が思い出せないとか…滑稽だな私。ちゃんと見るのは後で良いやと、依頼書を斜め読みした過去の自分を殴りたい…。
後、細かいけど…言い方の問題だろうけど、私に声を掛けた時の言葉さ…別に今回も今までも私の意思で受けた仕事ではないのだが。……私、ネチネチ系の小姑みたい。何かそう思うと、落ち込むもんだな…。
「相変わらず身の丈に合わない……た、大変そうな…こっ、こちらが心配になる…仕事、ですね。」
お、おおうっ!?こっちが自己嫌悪スパイラル落ちそうになってると、インドールさんが顔を真っ赤にして、何かに耐える様にキツイ言葉遣いを抑えながら、私を心配する言葉を!?
あ、ああ…目ぇ凄く泳いでるし、良く見たら口も何か震えてるし、さっきまで私に渡したカップを持っていた手は固く握りしめてるし…私まで何か緊張してきてしまう。
いや、内容だけ見たら訂正したのも嫌みに取れそうではあるんだけど…こんな姿を見て嫌み言われたとか、そう思う方が難しいな。プレッシャーとかは感じそうだが…それより今は、インドールさんの方が気になると言うか…心配。
凄く頑張っているのは分かるけど、無理してるのが目に見えて明らかだから。火を見るよりも明らかだから。
「あの、インドールさん?ご心配して頂けるのは大変有り難いのですが、無理しないでしてくださいね?」
「む、無理なんて…無理してる様に見えますかっ!?」
ええ、とっても!!何がどうと聞かれたら説明に困ってしまうけど、強いて言うならそんな雰囲気を貴女からヒシヒシと感じるんです!!…と、インドールさんに言えたらなぁ。
しかし、私の返し方も悪かったな。…ここは早めに話を終わらせる様にしつつ、しっかりインドールさんに感謝を伝える方向に落としていくか。
「すみません、気に障りましたよね…インドールさんのお気遣いに恥じぬ様に、今回も依頼頑張ります。」
「…貴女はいつも頑張っています。だから………し、失礼します。。」
私の言葉に対して、インドールさんは少し拗ねた感じになりながら、何かゴニョゴニョと口の中で呟いたと思ったらキュッと口を一文字に結んで、一つ断りを入れてから自分の席に戻っていった。
…拗ねた感じのインドールさんなんて、何かレアな気がするな。
「何を口の中で言っていたんでしょう…。」
「知りたいか?なぁなぁお嬢さん、知りたいか?」
「うーん……コレは、私は知らない方が良いんではないんでしょうか。」
何となく、だけど…影の精霊に教えてもらうより、インドールさんの口から直接聞きたいかな?




