34話 逃げはしないが隠れたい。
家に戻って荷物を整理してからレポートを書き始め、昼食前には書き終わった。うん、本当学生時代…特に修学旅行の時の経験が活きてるなぁ。何故だかあんまり嬉しくない気分になるが。
「きゅう〜…やっぱりお家が一番落ち着くの。」
気分転換にお茶を淹れていたら、窓際で日向ぼっこをしていた小春からそんな言葉が聞こえた。私が落ち着ける場所になったから、小春も落ち着ける様になったってのも、大きいんだろうなぁ。勿論、小春が自力で慣れたってのもあるだろうが、そう言うのって結構見られてるモノだし。
気分が熱いお茶だったので、息を吹き掛けて冷ましながらゆっくり飲んでいると、インターホンが鳴った。…誰だろう。
テーブルの上にマグカップを置いてから、インターホンのモニターに向かうまでの僅かな距離で少し考える。
一番考えられるのはルナさんと由榎さんだが…何となく、まだ学園に居る気がした。だってお昼の時間だし。
「お嬢さん、お嬢さん。その考えはあっとるけど、判断理由がお昼やからって…もしかして、お腹空いてるん?」
「…まぁ。お茶で誤魔化していましたが、それなりに。」
影の精霊から言質が取れたから、ルナさんと由榎さんの可能性はなくなった。…となると、本当に誰だろう?
とは言えこちらのテリトリー内だから、そこまで警戒しなくても良いんだけど…癖で体を強張らせながらモニターを見ると、私の背筋が何故か凍った。普通なら別に、そんな恐ろしいとかヤベェとか思わなくても良い相手なんだけど…何故だか背中に冷や汗が伝う。部屋は適温に保たれている上、ついさっきまで熱いお茶を飲んでいたと言うのに。
「ふふ、琴波〜。居るのは分かってるのよ〜?開けて〜?」
良く分からない感情になって身動きが取れずにいたら、凄いにこやかだけど有無を言わせない迫力が籠った声が聞こえた。
「は、はい…今開けます、母様。」
突然の母様の訪問に固まること体感一分後、私は慌ててドアの鍵を開錠した。
「少し交通は不便だけれど、良い所ね。ウチよりちょっと狭いけど、一人暮らしなら少し持て余すくらい広いわねぇ。」
「そう、ですね。正直、あまり活用は出来ていません。」
母様にお茶と買い置きのクッキーを出しながら、私は少し苦笑いをした。
可笑しいな。普通に世間話をしているだけなのに、何故だか綱渡りをしているハラハラ感が拭えないよ。リアルであまり綱渡りや丸太渡りをした事ないけど、突然の訪問も相俟って心臓がドクドクしてる。
「きゅい〜。ひなちゃ、久し振りなの!!元気にしてたの?」
「ええ、とても元気にしてたわよ。」
小春の言葉に一瞬理解が追い付かなかったが、そう言えば母様の名前雛菊だったな。あまり自分の親を名前で呼ぶ事ないから、忘れてた。
いや、別に卒業式以来会ってないから忘れかけていたとかそう言う意味ではなく……だって、親を名前で呼ぶ習慣ないんだもの。人によったら、親を名前で呼びあったりあるかもだけど…私やその周辺ではなかった。
とは言え、それでも何だかんだ両親の名前を見る機会はあったから、切っ掛けさえあれば思い出せるのだが。
「はぁ…写真も良いけど、やっぱり小春ちゃんは生で見ると生き生きした活力を感じれて良いわね!!」
「そうですね。このモフモフした手触りや熱量感とかは、生身でないと感じられませんよね。」
私がたまにまとめて送っている小春のベストショットコレクションに触れながら、やっぱり生身で感じる小春の方が良いと言う母様。…それは凄い分かる。分かるけど、本当に何しに来たのこの人。
「ふふ。学生時代も社会人になってからも、あまりにも琴波が実家に帰ってこないから直接来た甲斐があったわ〜。」
母様があまりにキレイな笑顔でそう言ったから、思わず目線をスィィっと逸らしてしまった。




