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────落ちてきた世界────

「いたたた。お尻打っちゃった……。って、え~ここはどこですか?」


 尻餅をついた春華はこの場所に見覚えは無かった。見えるのは暖かい火と空に星、地面、木々の群れ。そして、


「と言うかてめーは誰だ」


 回答をもたらす男、目の前に焚かれた火で表情に影を見出していた。顔の彫が深いようだ。そして、胸の筋肉、腕の筋肉、全ての身体のパーツが洗練されていた。髪の毛は金色で後ろに立てるように仕上げていた。


「あたしは、えっと、水無月春華です」

「いきなり空から女の子が降ってくるとか、うひょ神秘だね」


 もう一人の人間、こちらは黒髪で、腰を過ぎるほどまでに伸ばし、身体は細身の部類に入るだろう。表情は何処と無く卑猥に見える。

 沈黙が流れた。

 二人の男は警戒している。当然であろう、どう考えても不自然な人間が夜、空から降ってくるのだから日常で有る筈が無い。


「あの~ここ何処ですかね?」


 春華も警戒しながら声をかける。どちらかといえば知らない土地、知らない人間という恐怖の方が先行しているが、現状を把握しようと言う自己防衛が働いたのだ。


「そうだな、森の中だ。これで満足か」

「サトー君そんな誰でも判るようなことを、とりあえずお嬢さんだけ名乗るのも変な話だね。俺は【石崎 拓也(イシザキ タクヤ)】だよ」

「たしかになぁ、俺は【サトー・ガイ】だ。……春華だったか」


 自己紹介はしたが別段警戒を解いたわけではないのだろう、サトーの語気は荒い。


「あ、はい」


 春華は名を呼ばれて、びくびくしながらも返事を返した。


「お前の目的は何だ。スパイだってんならここで殺すことになるが、構わねぇよな?」


 目が本気で睨まれるだけで息が止まった。いや息をすることを許してくれなかった。スパイというが、何のことかまったく分からない春華。自分の身の潔白を証明しよう考えるが何も良い案は浮かばなかった。


「え、え、え? あの、あたしは、その、わ、わかんないです、ごめんなさい……うぅ」


 もう、サトーの殺意に耐え切れなかった。故に、涙が勝手に流れた。


「これも演技なのかな? うひょ、う~ん」


 品定めをするかのように泣きじゃくる春華を見る二人の男。


「だがまぁ、アレだな。俺たちのところに来るスパイってのも考えづれぇな。だいたい、そんなたいした霊力も感じね~し。むしろ、ただの人間みたいだな」

「うん、たしかに。ねぇ、君の目的は何なのかな?」


 しかし春華にはそんな言葉は届いていないのだろう、訳が分らず泣いているだけだった。


「泣いてちゃ判らんだろうが、おい春華、泣き止めよ。とりあえず取って食いはしねぇから」

「うぅ、え、ほんとうですか……?」


 上目遣いをしながらサトーに目線を合わせる。やはりまだ怖さは抜け切らないが、口調には優しさがあったと思えた。


「その、なんだ、あぁ男に二言はねぇ、なぁイッシー」

「うん、もちろん。って、なに照れてるんだよサトー君」


 そう言いながらイッシーはサトーの脇腹を小突いた。


「ばかやろう、別に照れてなんかいねぇ。女の涙はいつになっても慣れねぇだけだ」  

「まぁたしかにね。【緒里奈(オリナ)】ちゃんたちとは別行動だし。【リコ】ちゃんなんか別れ際涙溜めてたしね。思い出しちゃったかな?」

「ふん、まぁそんなところだ。さてとだ、春華、この質問も何度もしたが一体お前はなんなんだ」

「えっと、あたしは、どうやってここに来たのかも分かんないです……あ、もしかして……え、嘘だよね」


 そう、自身こんなことになることは予想できなかった。そして、一つ気になることがあった。思い出の中、過去をイメージする。ぐるぐると、流転する。それで頭が痛くなってきた。


「おい、どうした」

「頭が痛いのかい?」

「あ、だ、大丈夫です。すこし、思い出したことがあって、きっとあたしはここの世界の人間じゃないと思うんです。実験してたら、色々おかしなことが起こってそれで、こっちの世界に来たんだと思います」


 二人の男は顔を見合わせる。普通の人間だと確かに思ったが、この世界の住人ではないと宣言する。安易に信じることなど出来はしないが、この状態で放っておくことも出来ない。

 この時間。既に夜の二十二時を回った。辺りには間違いなく人喰いの獣が存在している。


「はぁ、お前アレだ記憶が変になってるんじゃねーの? とりあえず肉でも食って休めって。見張りは俺がしておくからよ」


 サトーが春華を気遣った。

 焚き火に豚肉のような物が香ばしい匂いをたてていて、それを進めてきた。


「そうだね、まぁとりあえず食べなよ、このブタイノとっても美味しいから。うひょ、もぐもぐ」


 そう言ってイッシーは春華を敢えて煽るように、自ら進んで肉に手を伸ばした。

 暫くの後、


「あの、じゃあいただきます。はむ……もぐもぐ、あ~、おいしい」


 その光景に耐えられなかった。お腹も空いていたし、香り、肉汁がとても美味しそうで。


「へぇ、うん、やっぱり」


 スパイならば敵の食い物などに手を出すはずが無いのだ。


「え、なんですか」

「いや、君はスパイではないんだろうね。かといって怪しい人間でもないんでしょ。だから、とりあえず俺たちが保護してあげるよ」


 イッシーは春華の行動を見て確信を得た。


「あ、ありがとうございます」

「おい、イッシー面倒なこと引き受けるなよ」

「何言ってるのさ、サトー君だってそのつもりだったんじゃないの? 見張りなんてしてさぁ。いつもならする必要ないじゃない」

「ふん、うるせぇ。まぁいいさ任務に支障が出ないようにな。とりあえず、おい春華、思い出したことでもねぇのかよ」

「え~とさっきも言ったとおりこっちに来たのが今なので、あたしが覚えているのは向こうにいるころの話で……」

「何でも良い話せよ」

「分かりました。あのですね……」


 今日の出来事を話した。紫闇の研究所に行って実験の被験者になったこと、その後夢と思われる知識を経てこの場に落ちて来たということを。


「はぁん、さっぱりだな。やっぱり記憶が──ん」


 急にサトーの気配が厳しくなった。周囲に神経を飛ばし状況を判断しているようだ。


「イッシー」

「うん、囲まれたね」


 そのやり取りは春華には何のことだかさっっぱりだったが、この二人の豹変からしてただ事ではないのだろうと推察できた。


「五匹くらいかな」

「あぁ、女に釣られたな」

「まったく、そりゃそうか、こんな男二人食べても美味しくはないもんね」

「ふん、ちげぇねぇ。いっちょやるか。春華、動くなよ」


 言われるがままに頷き身体を硬直させた。

 そして、瞬間の事象。行われたのは一斉に黒い生物が春華を目掛け襲ってくる光景。悲鳴を上げる間、視認する刹那。出来事は発生する。

 掻き消える男たち、腰に備え付けられた白い筒のような物を取り出し、紅い刃が宿る。それは、サトーが起こした精霊の力だ。

 炎を纏った刃、カレンの力を駆り相手を屠る。それがサトーという炎の男が繰り出す攻撃方法。

 敵は同時に存在している。狙われているのは自分ではない。守りながら戦うなどこの男には存在していない。故にもう一人の男が要る。

 イッシーと称される風を纏う男。その力は春華の目の前に展開される重圧の風の壁。これを出すには本来詠唱を必要とするが、そのような工程を飛ばし、イメージした瞬間想像を具現化する。

 今行われているのは一秒にも満たされていない、五つの方向十二時、二時、五時、七時、十時から黒い塊達は飛び込み、飢えた身体に肉を捕食しようと行動した。

 だが、そのような出来事は起こらなかった。否、起こさせなかった。二人の男を前にして灰燼と化すからだ。

 第一に紅い刃は二刀あり、右腕で持ったものは十二時の頭を串刺しに焦土と化し、その物の腹を蹴り方向を転換、十時の方向へ飛翔。左から右に薙ぎ、頭から右腕で真下に切り抜く。四つに解体された黒焦げの肉が転がった。

 残り三つ、春華に届く獣共の爪。しかしそれは不可視の壁に阻まれ跳ね返された。次いで仰け反りの硬直、逃さず左の炎の刃を投擲する。それは七時の腹に刺さり炎上し地面に転がる。

 同様に右手の物も五時方向へ投擲。頭蓋を貫通し大木に刺さり炎上した。残り二時方向の一体。

 今は徒手空拳の男。防御にしか徹していない男。


「イッシー!」

「うん!」


 阿吽の呼吸、同調する力。解放される炎と風。 

 左手を払うサトー、そこから現れたのは出鱈目の軌道を描く炎の波。それを一つに纏め上げる風。真空を上手く制御し炎を一点の線にする。

 高温の炎は二時の脳天を黒く焦がし事象の終了を告げた。所要時間一秒半。


「きゃ……え……」


 悲鳴を上げようとした春華だが、その瞬間に脅威は消え去っていた。


「ふぅ、ってまずい木が燃えてやがる。頼むぜ」

「了解。風よ……」


 炎上している一つの木を対象に酸素濃度を下げ、真空を作り出し、炎を鎮火した。


「ったく、めんどくさかったな。春華無事か?」

「は、はい。あの……今何が起こったんでしょうか」

「ん、腹を空かせたクマンタ共がお前を襲おうとしたんだ」

「そう言うこと。で、俺たちが退治しました。うひょ、めでたしめでたし」


 辺りを見渡せば確かに色々と転がっていてそれを見ると嫌悪感が競り上がってきた。当然と言えた。このような残虐なモノ本来であれば見ることは無い。たとえ肉を口にしていても殺す瞬間など見ないのだから。


「うぇ……気持ち悪い……」


 惨状に目を背け口元を押さえた。


「すまねぇな。まぁ仕方なかったんだ。じゃなけりゃ死んでるぞお前」


 その言葉、確かにと理解する。一瞬のことで判らなかったが今生きているのはこの二人がいたからこそなのだ。


「あ、……ありがとうございます」


 故に、気持ち悪さはあったが礼を言うという行為をした。


「ふん、まぁ気にするな。にしてもアレだな。俺たちなら問題はないがここは危ねぇか」

「そうだね、春華ちゃんがいるとなると移動したほうがよさそうだ。でもどうしようか」

「ここからなら白い家が近い、そこにいきゃとりあえず宿には困らねぇし春華も預けられるだろう」

「じゃあそうしようか。春華ちゃん歩けるかな」


 胃から這い上がってくるものは未だにあるけれど、歩く程度なら問題はなさそうだった。


「あ、はい」

「安全なところに行くぞ」

「分かりました。あのその、聞いて良いですか?」


 今はこの人たちの言うことを利いたほうが良いと判断して反応を返し、素直に思った質問をしてみることにした。


「んぁ、何だ」

「お二人は超能力者なんですか」


 火を使い、風を操るなど人間が出来る芸当ではない、しかし理由のこじ付けを脳内で変換し許容しなければ心が壊れてしまう。人間はそういう生き物だからだ。


「うひょ、これは精霊の力だよ。まさかとは思うけど精霊の力を知らないのかな」

「え、あ、はい……絵本とかでなら識ってますけど」


 現実にそんなものは存在しない。子どもの頃ならいざしらず、中学生を過ぎれば幻想や魔法などないのだと理解している。でもこの現状を見れば言われたことは正しいのではないのかとも思えた。


「う~んそっか、まぁそんな感じだと思うよ」

「やっぱ、お前は記憶喪失だって、間違いねぇ。この世界にいて精霊を知らねぇなんてありえねぇからな」

「いや、あたしはここの世界の人間じゃ……」

「もしかしたら、誰かに記憶を操作されたのかもね」

「なるほどな、確かにそれなら納得できるか、いけ好かねぇやつらだな。……影の国か」

「可能性、無くはないね」


 二人は春華の意見を聞き入れず。己が見解だけでことを進めようとしている。そして春華は今何を言っても信じてもらえないのだと心で思い、従うようにこの場を移動して白い家へと向かうのであった。

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