────お昼はお腹が減るよね────
時は約束の十二時の三十分前。紫闇は先に待ち合わせ場所に来ていた。
早く来たところであまり意味は無いのだが、目覚めた時間とゲームのキリの良さ、そして若干眠気があったので早めに家を出ることにした。
仮眠を取ってしまって、約束を反故にすることを防ぐためだ。しかし、時間をもてあますので移動を開始した。目的など特に定まっていなかったので、たまたま目に留まったゲームセンターに入り込むことにした。
ゲーム独特の機械音が支配する空間。昼前のゲーセンにはたいした人間はいない。だからこそ、時間を潰すために紫闇はアーケードの筐体に座る。
──アクトレス・ゼロ──昔からやりこんでいたゲームだ。
腕にもそれなりに自信があり、他の者の追随を許さぬ程だ。
筐体に五十円硬貨を放り込みゲームを開始。キャラクターは現在お気に入りの白い猫だ。色々と試しながら腕を慣らしていく。楽しいような、寂しいような。浪費する時間。
最終の戦闘になった。時間も程よく経過してくれたようだ。最後は本気で瞬殺しようとしたとき、乱入を知らせる画面が現れ警告音のようなものが鳴り響いた。
一瞬心臓が跳ねる。何も意識していなかったからだ。だが、乱入してきたのだから、倒さなくてはならぬ。負けるなど赦されない。
相手は、自分の反対。黒い猫を模したキャラクターだ。そして、戦いは始まる。
お互い出方を伺い、牽制を仕掛けながら二十秒ほどたった後、仕掛け始めた。最初こそ拮抗していたが、すぐに結果は現れた。そう、紫闇の完敗だった。
帰り際対戦相手の顔を拝んでやろうと思い、反対側に敢えて回り込む。
「はぁあ?」
思わず声が漏れる。
「ヤホー。相変わらず動きが単調だね。空投げは目を見張るものが有るけど、他の崩しとか見えるよ? もっとめくるとか駆け引き上手くならないと。自分のリズムとか、崩されたら取り戻して、解放とか重要だよ? あと、シールド後の立ちAカウンターしてからの拾いが安定してないし。課題はまだまだ沢山ありそうだね。でも、強引なのは良いと思うよ。ただコンボ精度がちょっとねぇ」
分からぬ人間にはまるで理解出来ない言葉の羅列。それを出会い頭に紫闇へ浴びせる人間。
「上月=コウヅキお前も暇人だな。というか言いすぎ、一応理解してるよ」
【上月 渚=コウヅキ ナギサ】細身の身体、白く透き通った肌。腰近くまである長い黒髪を首筋辺りで縛り、白いTシャツの下には形が良いであろう美乳を隠す。ぴったりとしたジーンズは脚の細く美しいラインを魅せている。
出会いはいつかのゲーセン、腕を上げるために毎日通っていた頃の話。
強い女プレーヤーがいると噂に聞き、よく出没する場所に赴くとそこには見目麗しい女性が、確かに連勝の文字を画面上部に映し出していた。
しかし、その連勝は唐突に途切れたのだ。周りの人間も何故か不思議に思っていた。
気になった紫闇は話したことも無い渚に問いかけた。何で負けたのか、と。
そう、どう見てもワザとだった、玄人だからこそ判る手の抜き方、傍目には問題なく見える負け方。それがどうしても目に付いた。
回答は、相手が“女の子だったから”という不思議なものだった。同姓には優しいのか、謎は謎のまま結局は腑に落ちなかった。そして、そのことがきっかけで紫闇と渚はよく対戦しながら、話すようになった。
そんなこんなで、久方ぶりにエンカウントする二人。
「紫闇君、成長してない気がするけど」
「うるさいな。たまにしかやらないんだから、しょうがないだろう」
「いい訳だね、まったく。でも珍しいねこんな時間にここに来るなんて、しかも地味に人のいない時間帯に。ああ、主に強い人だけど。う~ん何か用でもあって、時間が余ったからちょっと暇つぶしに来ました、みたいな感じかな」
図星を指され、多少驚く紫闇。
「まぁな、そんな感じ。相変わらず読みが鋭いねぇ上月は。探偵でもやれば」
皮肉を込めてみるが、特に意味を成さず。
「バカじゃないの? 私はこうやってゲームしてるのがお似合いよ。彼氏でもいれば別だけどね」
「その容姿で出来ないのは理解に苦しむけどねぇ。好きな奴とかいないの?」
「う~ん。最近、私のことずっと見てくる人いるんだけど、なんかね。まぁ、今度アソンデあげようとは思っているけど」
紫闇から苦笑いが漏れる。その彼が可哀相だったからだ。
「はは、まぁ、程々にな」
「そのつもり、ふふふ、紫闇君がよければ私は貴方が彼氏でも一向に構わないんだけど」
目を細め、獲物を狙う猫のような表情を醸し出す。
「勘弁してくれよ。そうそう、今からデートですから」
「うそぉ。貴方、初恋の人見つかったの?」
「う~ん。まぁ、そんなとこ」
「嘘ね」
一瞬で見抜かれる。適当に流そうとしてもそうはいかないようだ。
「貴方はゲームと同じで、行動も嘘も私には筒抜け。だから、そういうありきたりなこと言わない方が身のためよ」
「はいはい。肝に銘じておきます。……って、やばい。実際待ち合わせしてるんだ、すまん上月。俺行くわ」
後ろを振り向き、歩き出そうとするが、何だか肩辺りが妙に重い、何かが乗っているような感覚。まるで自縛霊が己をここに固定して供物に捧げろと言わんばかりだ。
「待ってよ。ほんとかなぁ、あやし~。付いていって確認する。私の誘い断ったんだからそのくらい当然の代償だよ」
「いつ誘ったよ! ……まぁ、良いけど、見るだけだからな」
「へぇ~、断らない。意味深ね。まぁ良いわ、行きましょうか」
§
走る。周りが早送りで過ぎていって息も上がる。まるで良い事は無い。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
何故歩いていないのか、それは家を出たのがぎりぎりで、半分ほどの距離を過ぎたあたりに、部屋に鞄を忘れてしまったことに気づいたのが原因である。
その中に貴重品一式を入れたので、戻らざるをえなかった。紫闇に色々払わせれば事は済むだろうが、そう言う訳にもいかなかった。
(最悪、でも今日は良い事があるはず。そう信じれば……し、しかし、き、きつい。む……む、り、だ……身体がぁああ、足がパンパン。ふえ~)
それでも脚は止めず、漸く目的地に到着した。
「はぁあ~」
と、大きく息を吸い込み、肩でしていた呼吸を整えながら周囲を見回すが、まだ紫闇の姿は無いように見えた。
内心ほっとしながら、ハンカチで顔に浮かんだ水滴を拭いた瞬間気づいてしまった。
「化粧が、落ちた…………! 近くに在る物、ゲーセン。時間ギリ、行けるかな」
そして、また駆け出す。トイレに行って化粧を直すためにだ。
自動ドアが人間を迎え入れると共に、春華にとっては騒音と思える電子音が聞こえ出す。
縁の無い場所だ。ここにはUFOキャッチャーやプリクラなどは無く、友人間ではまず行く理由、動機が見当たらない。今回のように緊急でなければ入ることも無いだろう。
辿り着く鏡の前、早々に化粧道具を取り出し、朝した手順を化粧が落ちたところに施していく。時間にして一分。高速に仕上げる。自らの中でチェックを入れるが問題ないようだ。
再び気合を入れなおし、出口に向かうところで、
──ミタクナイモノヲミテシマッタ──
知らない女性が紫闇と話をしていた。それだけなら許容範囲内だったが、出て行こうとする彼を後ろから抱きしめているように見えた。
目を閉じたかった。しかし、身体は反比例と否定、拒絶を繰り返し、その行動に対して目を見開き脳に打ち付けるように焼き付けた。
以前、初恋の人の容姿を聞いたことがあった。黒髪の長髪で、瞳は赤いと。この場からでは瞳の色までは判らないが、髪の毛は長い。そして何より、笑顔で後から抱きついている。
紫闇も振り返り、カノジョに向かい何か言っているが、聞き取れない。
あろうことか二人は何か認め合い、春華の目の前を通り過ぎていった。
信じたくなかった。嘘だと思いたかった。
良い事が有ると自らに言い聞かせ、何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。理解などとっくに範疇を超えていた。けれど身体はカッテにウゴクようだ。
後をつける。今行う行動。電信柱の影に隠れ、尚且つ会話が聞こえる位置に行く。
「紫闇君? ……だけ……。嘘…………?」
「今、遅れ…………だろ」
先程よりは、聞き取れるが穴埋めでしか判別できない。これでは重要なことを聞き逃すことになってしまう。
聞こえた部分から、
(ナマエは知っているんだ。やっぱり……)
情報を解析する。
覚えていれば知っているのは当たり前だろう。この女も記憶に留めていたのだと、今から十年以上前の人間を。しかしオカシイと思う。理由を出せばそれは、彼女もまた彼のことを意識していたのではないか、と。
内に篭り、目を瞑る。思考が嫌な方に向かおうと、刹那、鞄の中から慣れ親しんだ曲が携帯電話から流れ始めた。反応するのは春華ではなく、
「掛けた途端、何でこっちから音がするわけ……」
紫闇だった。
足音が聞こえていて気づいたのが遅すぎた。このようなことをしている春華、紫闇にどう思われるか……身体が動かず、意識しないところで震えた。
近づいてくる歩みが目の前で止まる。
どう見えているだろう、彼の目にはあたしはどう映っているんだろう、さぞ滑稽であろう、愚かであろう、最低であろう。心が闇に支配されそうだった。
「何やってんだ春華? 待ち合わせに電柱なんて指定あったっけ?」
至って普通な声音。意図してだろうか、怒っているのではないか。心がマイナスに落ちていく。
「ほら、春華が来なくちゃ始まらないだろ。行くぞ」
何を言っているのか理解できなかったが、手首を掴まれ意識が目覚めだす。今はたったそれだけのことが、とてつもなく暖かくて嬉しかった。引かれるまま歩き、後ろ姿を見る。
(どんどん、背高くなっていくなぁ)
昔は同じだったのにと、ふと考えた。
「上月。これで満足か?」
停止する移動。春華の危惧していた女性の目の前で、しかし何故か不安が消えている。紫闇が手を掴んでくれているからだろうか、それとも既に不安など通り越してしまったからだろうか。
渚の唇が動き出した。
「むぅ、いいわ、認めてあげる。で、二人はどういう関係よ」
質疑など日常茶飯事のことだが、あまり聞き慣れていない質問だった。二人も最近は一緒にいたわけではない、しかも春華は紫闇のことを好いている。回答をすぐに出せるはずも無かった故に「え?」と、紫闇と春華の声がハモった。
目を合わせる、意図は無くただ自然に。それが、渚にどう映ったのか、
「ふぅん、仲は良いようね。はぁあ、私も彼氏欲しいなぁ。あぁ貴女、春華さんだっけ。私は、上月渚。よろしくね」
理解が出来なかった。
今まで自分がしていた行為は一体なんだったのか。ただそれは、改めて彼の事が好きなのだと再確認するに至るだけだった。
本来、このような行いは嫉妬以外の何物でもない。そして、名を名乗ったこの女性。上月渚──春華の勘違いだったのだ。初恋の人間との相違、それだけで自己嫌悪に陥りそうだった。
「あ、えっと、あたしは水無月春華です」
名乗り名乗るのは礼儀だと思ったので、自分の名前を口にした。
「うん。なるほどねぇ。いい子そうじゃない。紫闇君には勿体無いな。しかも、こんな可愛い服着て、う~ん愛でたいわぁ」
どうも不穏な空気が流れてきた。
「上月お前、もしかしてそっちの趣味あったの? そりゃ、男も出来ない……」
「冗談よ。可愛い娘は愛でるのが人間としてのあり方だと思うの、あなたもそうよね? 春華さん。ぬいぐるみとか愛してやまないでしょ」
「え、うん。ぬいぐるみは好きだね……でも、何であたしの好きな物知って……」
春華が言いかけると、
「上月、そうやって、相手を探るなよ。確かに、春華は可愛いところもあるが、お前には渡さんぞ。幼馴染みをみすみす毒牙に掛ける訳にはいかないからな」
(──! え、あたしを紫闇が可愛い…………はじめて言われたぁ。あぁ神様悪いことの後には、必ず良いことが有るんですね。うぅ、目から汗が流れそう)
「なるほど、幼馴染みか、納得。貴方が私以外の女性と話してるのは見たこと無かったから、どうなのかと思えば」
春華が妄想にトリップしかけるが、幼馴染みの一言で現実に引き戻される。
(…………そして、あたしは、幼馴染み止まりなのかなぁ)
「まぁ、そう言う訳だ。で、これから久しぶりに遊ぶから邪魔するな。春華行こうぜ」
言葉を放ちダメ押しをして、春華の腕を取った。
「む。待ちなさいよ。ねぇ、春華さん、折角知り合いになったんだし、私も一緒に遊んでもいいかな?」
「え、え~と、……紫闇が決めていいよ」
何故か春華は渚に勝てる気がしなかった。根本のところで出会ったときから負けていたのだ。自らは隠れ、向こうは大胆に動いていた。その時点で優劣は決していたのだからこそ、この選択は紫闇に任せることにした。
「あら、じゃあ紫闇君。結論聞かせて? 当然返事は決まってると思うけど」
ニヤニヤと渚が詰め寄って来る。
確かに結論は決まっていた。仕方なく呆れ声で返答した。
「はぁ、どうせ無理って言っても付いてくるんだろ? うるさくならないようにするなら、一緒に来てもかまわないよ。春華もそれで良いか?」
「うん。紫闇がそれで良いなら、今日は遊ぶ目的で集まったわけだしね。それに、人数は多いほうが楽しいと思うし」
モノは考え方一つで変わるのだ。結論を出し三人で歩みを進める。
「流石春華さん、話せるね。じゃあ、まずご飯食べに行きましょうよ」
「って、勝手に仕切るなよ上月。まぁ、腹は空いてるから俺はかまわないんだが」
朝の夢は記憶の彼方に失われたのだろう。もう食事を取ることに違和感はない。
「あたしも良いよ。一応予定通りだし」
「ん? やっぱ予定あったんだ。じゃあ、そこに行こうか。なんて店?」
「ヴァルディッシュってところ。最近気になってて、そこのマンゴープリンが絶品なんだって。ちなみにミルクティーとマンゴーのコンボは最強だよ」
「相変わらずだな。最近あったかくなったし、時期的にもマンゴーが出てき始めたな。コンビニとかに結構あったりするし」
渚が紫闇の言葉に反応して、感心した表情をした。
「へぇ、私あんまり気にしないけど季節の移り変わりって速いわよね。ん~、話してたらお腹すいた。早くいこう!」
並列で歩いていた三人から渚が一人飛びぬけ、駆けて行く。場所を知っているのだろうか、非常に不安ではある。
「春華、向こうで合ってるのか? 上月が向かってる方、なんだが怪しいんだが」
「合ってるよ。むしろ紫闇の方があたしは不安だよ。いつも先に行って高確率で反対方向なんだから。表札とか地図見れば良いのに。まぁ二回目のときは安心できるけどさ。何でか一度見たら、その辺一帯の地形把握してるし」
「当然だろ。一度見て覚えられない奴は記憶が無いんじゃないのか?」
「何それ、あたしへの当てつけ? 確かに一度行ってもすぐには覚えられないけど」
「まぁ、人それぞれ得手、不得手があるってことさ」
知らずのうちに、お互いは自然体のまま他愛もない会話に心躍らせている。しかし、もう一人が先行しているのを忘れている。
「ふたりとも~何処行ってるのぉ! こっちだよぉ!」
いつの間にか十字路で右に曲がった渚を追い越し直進していた。気づかず通りすぎたことで、大きな声を放たれた。
「春華。お前、場所判ってなかったのか」
ジト目で睨みつける。
「へへへ。いやぁ、そんなことは無いよ?」
説得力が無かった。
本来は携帯で場所を把握しながら行くつもりだったけれど、一度調べた限り、渚の行く方向が合っていそうだったため、先頭を任せ後ろから着いていこうとしていたのだ。でも、話に夢中になりすぎて見失ってしまっていたことに気づかなかった。
こんな日常が楽しい。予定とは違ったけど、こうして遊ぶのは何より落ち着くと心が改めて理解した。
「ちょっと~。いちゃついてないで早く来なさいよ」
痺れを切らして渚が紫闇たちの下へ駆けてきた。
(いちゃついて……でへへ。そう見えるんだ。ちょっと嬉しいかな。あは♪)
春華の気持ちが、先程少々落ち着いた妄想を開始させる。
「いやぁ悪い、久しぶりの話で盛り上がっててな。で、目的地はもうすぐなのか?」
「はぁ、貴方の目は節穴なのかしら、目の前にデカデカと看板があるでしょう」
二人の会話で春華の視線もそこに移動する。目的地に間違いないようだ。
黄色い看板に、黒い鎌のような紋章が刻まれている。
声を発する春華。
「うん、あれあれ。紫闇はゲームばっかりして目が悪いんだね。ふふふ」
「へ~へ。どうせ目が悪いさ。さっさと入ろうぜ」
照れを隠してか、二人を待たず早々に店内へ入っていった。
装飾が何処と無くアメリカン。雰囲気は明るいのだが、知らぬうちに引き込まれるシックな色合い。レジカウンターの店員は金髪ツインテールの背丈の小さい女の子。
奥にいる店長を見ると、どうにも女の子たちを見る目は平和にボケているようだ。
(この店の店員全員に、ロリっ娘属性が付与していているのは俺の気のせいだろうか……)
心の中で、疑問を口にするがその回答を持つ者は存在していない。
「紫闇なにやってるの? 早く席に着こうよ」
春華が紫闇の肩を叩き、店員に従い案内されるテーブルに着いた。そこには、当然の如くメニューがあるのだが、品書きがどことなくオカシイ。ファンシーというか、キャラ物のデフォルメされた絵が至る所に描かれている。可愛いといえばそれまでだが、ゲームをする紫闇には、この店長の趣味が完全に理解できてしまった。
(まぁ、人の有り方なんてそれぞれだけどねぇ)
思考を内に篭らせていると渚が気になったのか声を掛けてきた。
「なぁに考え事? 春華さんの胸元に視線が釘付けじゃない。はぁ、私ももっと大きくなりたいわぁ」
(え? 紫闇、あたしの胸好きなのかな………………。ふへへ)
「何言ってんだ。ただボーっと考え事してただけだろうが。どうして、そういう卑猥なこと言うかな」
(違うんだ……うぅ)
「ほぉら、春華さんもしょんぼりしたじゃない。紫闇君の甲斐性なし」
紫闇ではなく何故か春華が代弁する。
「え! いや、そんなこと無いとあたしは思う、よ?」
「はいはい、まったく、上月といると疲れる。早くオーダーこないかなぁ」
そして完全にスルーしながら、話を逸らす。
「なによぉ、失礼な。ふん」
そんなやり取りをしていると、先ほどの店長がオーダーを持ってやって来た。
「こちら、フライドポテトとお飲み物になります。残りのお品はもう少々お待ちください」
ダンディズムを感じさせる手際の良さで品物を並べて一礼とともに去っていた。
「ねぇ」
小声で渚が話しかけてくる。いかにも意味深だ。
「店員見れば判ると思うんだけど────みんな、可愛いのよ」
「は?」
「お持ち帰りしたいと思うの、誰が良いと思う? ここは女性の春華さんの意見も参考にしたいのね。最近、男の友だちばっかり増えて女の子が少ないのよ。あぁでも今日はもう既に、春華さんっていう可愛いお友だちができたんだけどね」
「あたしは別に、可愛くなんか……」
「また、しょうもないことを」
品定めをしながらレジの娘と目があった渚。
「君に、きっめったぁ。ふ、ふ、ふ~」
嗤いに悪意が篭っている。意見を求めると言いながら、自らの目に入った女の子にチェックを入れる。
「春華気をつけろよ、こいつに捕まるのは非常にまずい。いざとなれば俺が守るが────」
(ぇ────今、紫闇あたしを守るって…………あぁ~)
紫闇の言葉の自分にとって良い所だけを解釈して妄想する。やはり今日という日は春華にとって良いことが起こり続けている。つまり、不幸も同時に起こらなければ人間バランスが取れない。不可能なのだ。常に良いことばかり起こるなど、どうあがいたところで世界が許さない。
「お客様困ります。うちの店員は皆様が愛でるものであり、個人の所有物ではないのです。どうか、そこのところご理解とご協力をお願い申し上げます。そして、お待たせしました。ご注文の商品になります。ローストペッパースープ、コーンチャウダー、茸スパゲッティー、挽肉の揚げパイ、フィレステーキ、ベーコンチーズのピザでございます。食後にマンゴープリンを三つお持ちします。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「大丈夫です、どうも」
紫闇が店長に声を掛け下がらせ、笑みを崩さず次の来店した客の対応をしに向かった。しかし、何処か胡散臭いモノを背後から放っているようにみえた。
「しかし、こんなに沢山注文して、上月、食えるんだろうな?」
「みんなで食べれば良いんじゃない? 私もそんなに食べれるわけないし」
「はぁ? お前……だったら頼むなよ」
「いいじゃない、どうせ紫闇君のおごりなんだから」
一瞬空気に氷が混ざったように冷たくなった。沈黙が一瞬過ぎ去る。
「ありがとう紫闇」
折角なので春華も便乗してみた。
「ちょっと待とうか! 俺がそんなに金を持っているとお思いで」
春華の表情に小悪魔が宿る。
「あるよね。だって昨日バイトなんだからさ。しかも、遊ぶ約束を当日まで忘れてるし」
「酷いわぁ紫闇君。ならお金、あるんじゃないの?」
コンボ攻撃を仕掛けてくる二人。切り返しを考える。
「いやいや。普通バイトしたからって、金がもらえる訳無いだろう。十五日締めとかあるじゃないか」
「ふふ、つまり貴方は普通じゃないんでしょう。自分の口ぶりから判りそうなものだけど頭弱いのかな。ということで、ご馳走様」
己の言葉を反芻すると、残念な結果が待っていた。
「へん。まあいいさ。ったく。なら残さず食うぞ……いただきます。うぉおおおおお!」
かつかつ、もぐもぐ、ごっくん。目にも止まらぬ速度で次々と料理を胃に収めに掛かる。
自らの金銭が掛かっている、少しでも多く食わなければ損だからと。
二人は目を丸くしている。こんな姿を想像したことがなかったから。そして、笑顔がこぼれだす。
「「はははは!」」
笑いが漏れたのは、二人の女性から。この光景がよほど可笑しかったのだろう。
「……何だよ、もったいないだろ。食わないならお前たちのも食うぞ」
「ふふ、だぁめ、紫闇君食い意地ありすぎ、びっくりしたよ」
「うん、あたしも、まさかこんなことで意地を張るなんて思わなかった。いやぁまだまだ、知らないことってあるもんなんだねぇ」
「さて、じゃあ私たちも食べますか」
「うん。そうだね。いただきます」
そして、時はゆったりと過ぎていく。
後の紫闇は腹がパンパンで会話に参加できなかった。
「春華さんの予定だと、この後どうなってるの?」
「え~と、ご飯食べたら適当にその辺をぶらぶらしようかと思ってたけど」
「つまり、ウインドウショッピングってことか。店員を冷やかすのは私も好きだよ」
「冷やかすのはどうかと思うけど、することはその通りだから、まぁ仕方ないんだけど」
二人は会話を続ける。紫闇が会話を挟まないからこそなのだろうか、いつの間にか春華と渚は物凄くよく話すようになっていた。まるで旧知の共のように笑いあい、話題を尽きることなくコロコロと変えている。
紫闇は聞いているだけだったが、男では判らない会話は参考になったような気がしていた。なまじパソコンでゲームをしているだけなので世界情勢など、まったくと言って良いほど知識が皆無。しかも今回は女性の話だからこそ目を見張るところがある。その一つが、胸の話題だ。紫闇がいるのを気にも留めず語りだす。
「ねぇ、春華さんは胸の大きさどのくらい? 私、もっと大きくなりたいんだけど何か秘訣とか在ったりするの?」
「今はちょっと、増えたからEの七十くらいかな。でも、大きいのはそんなに良いことじゃないよ。肩凝るし、最近は少し腰にも……」
(Eつまり九十越えだと! 春華お前、いいじゃないか!)
目線が一瞬にして胸元に釘付けられる。妙に開いた胸元は谷間を強調するために設けられているようだ。
「わぁ思ったとおり九十超えてるんだ、ははぁ。ねぇ触って良い?」
「ちょっと、ここは喫茶店だよ、いやん、っちょっと、だめだって……」
渚の手が伸び、柔らかいであろうふよふよした双丘に手を這わせ揉んでいる。
(上月代われ……………………って、何を考えているんだぁアアアアアア。相手は春華だぞ、俺には好きな人がいるんだから、いかんいかん。いや、しかし、うぅむ。悩むな俺、負けるな俺……っく)
精神がくじけそうになっている。頭の中では葛藤を続けているが、目線は行動を凝視している。
「あらぁ紫闇君、顔が真っ赤だけどどうしたの? ははぁん、春華さんの胸が気になってしょうがないと、柔らかいわよぉ、揉みごこち最高、ほら」
「あん、もう、やめてよ」
脳が葛藤をやめそうだ。しかし、この行動、意味を見出せば不自然じゃないだろうか、紫闇は口に出さなかったが、あえて話題を転換して意識を向けさせているようなそんな。
「上月、お前、やめなさい、春華が嫌がってるだろうが。ったく、公衆の面前でなにやってんだよ」
その言葉で渚はムッとしたが、春華から手を離した。当の本人は赤面しながらほっと息をついている。
「まぁいいわ、ちょっとは上手くいったでしょ……さて、そろそろ会計しましょ。いつまでもここにいないで何処かパーッとしたところに行きたいね」
「そうだね、移動しようか」
立ち上がりながら、二人は行動を開始する。
渚の意味深な言葉は気になったが、あえて無視して紫闇も同調する。そしてご丁寧に渚が請求書を突きつけてくる。悲しい現実が心を打ちひしいでくるが、何とか持ちこたえ現金を支払った。
会計の際、紫闇がレジにいた金髪ツインテールのロリっ娘のことを可愛いと素直に思ったのは内緒だ。
昼食を食べ終え移動することになった三人。
「じゃあ、デパート行こうよ。見る物も沢山有るし良いんじゃない? 場所によっちゃゲーセンもあるだろうしさ」
渚の提案により目的地が決まった。この辺りにあるデパートは二つ、シャスコと伊勢団。
伊勢団はどちらかといえば場違いであり、学生が遊びで行っていいような場所ではない。逆にシャスコは色々な玩具から、食品、書籍と揃っているので見る分には飽きないだろう。しかも、渚の目的のゲーセンも完備してある。
二択だったわけだが選ばれるのは決定している。
「ならシャスコで決定だな。ここからなら五分かからないだろうし」
「うん、そうだね。あたしもぬいぐるみ見たいし」
「私はゲーセンね。そうと決まればさっさと行くわよ。この時間なら強い奴がいるかもしれないしね。ふふ、腕が鳴るわぁ」
哀れ、渚にボコされ金を投資するのだ。あぁ不運。
早足の渚に引っ張られるかのように歩くと、予定より少々早く目的のシャスコに着いた。
ここからは各々行動をとることになる。
「紫闇はこれからどうするの? あたしはおもちゃコーナーでぬいぐるみ見るし、渚さんはゲームしに行くんでしょ」
「俺は春華と一緒に行くよ。今のお子様に、どんなのが流行ってるのかも気になるところだし。だから、上月……ってもういないし。まぁいいや、行こうぜ春華」
(…………うぁ、やっと二人きりな訳ですけど……緊張が……でへ)
二人で並びながら歩き始める。その様は、彼氏と彼女と捉えられそうではある。そして、歩くうちに宝石の専門店があって紫闇の足が止まり物を見始めた。
「紫闇は宝石とか好きなの」
「あぁ、偽物に無い輝きがあるからな、う~ん春華に似合うのはローズクォーツのネックレスなんてどうだ?」
「ローズクォーツ……どれ? ピンクの奴?」
ガラスケースの中を覗き込むと、そこには桃色をした少しくすんだ宝石があった。
「ああ、これは市場だとアフロディーテの石って言われてるんだ。名前ぐらいは知ってると思うが、アフロディーテはギリシャ神話の最高の美神と言われているんだ。でな、何故春華に進めるかといえば、実はこの女神、最初は豊穣の植物神で地母神であったと考えられていて、アフロディーテは性植と豊穣“春”を冠する神だったんだよ。だから春華にはぴったりかなと思ってさ。普通なら誕生石のアクアマリンとかコーラルを選ぶところなんだが、ピンクの方が似合うだろう?」
(わぁ……紫闇が説明してる…………しかも、あたしの為に……あぁ涙が出てきそうだよぉ)
「その……そこまで説明してくれたんだから買ってくれるのかな」
己が希望を込める。期待しても良いのではないかと思った。
「……ぁあ、うん。────はぁ、俺も甘いなぁ。良いよ買ってやる」
思考の末、結論を出す。先程散財したのだから高だか四千円安いものだと腹を割った。
「え、ほんとに良いの? ありがとう!」
あまりの嬉しさに紫闇の腕にしがみ付いた。
「おい、はしゃぐなよ」
と言いつつ、心ははしゃぎそうだった。何故かと言えば、左腕には柔らかい特大のものが存在を誇示しながら攻撃を仕掛けてきていて。しかも、女の子独特の匂いと言うのか、それまでもが紫闇の意識を奪い去ろうとしている。さらに、胸が気になってしまったが故に、這わせた視線の先、ちらりと白いブラジャーと谷間が目に入った。
(っく……俺よ、冷静になれ。相手は幼馴染みで春華なんだから)
言い聞かせようとするが、なかなかに辛い。
「まぁ、喜んでくれたなら嬉しいよ」
「うん、宝物にするよ。へへへ」
目を輝かせながら、まだ買っていないローズクォーツを眺めている。その光景をほほえましく見ながら、紫闇は店員を呼び会計を済ませた。
そして、本来の目的地に向かう、春華のぬいぐるみを見るのだ。
おもちゃ売り場は二階にあるので、エスカレーターを乗り継ぎ一階から向かうことになる。
紫闇は物珍しいのかあちこちをきょろきょろしながら歩いていたので、エスカレーターには春華が五段ほど上に乗った、そして次に紫闇。春華は普段ミニスカートを履かないからこそ本来押さえなくてはならない物を押さえなかった。だからこそ後ろにいた紫闇は、黒ニーソが作る領域の中を垣間見てしまった。
(馬鹿な……黒、だと……上は白なのに下は黒なのか………………ふむ、悪くない、ってだから、ここは注意するところだろう)
「春華、その……」
声を掛けたのがエスカレーターの終わり際、振り向いた春華は足を取られ、後ろに倒れる。瞬間。
「っあぶない!」
紫闇の行動が開始された。時間をスローに捉え、距離を算出。行うのは支えること、段差を瞬時に埋め、左手を春華の腰に右手を頭に。
目を閉じていた所為で今の状況を捉えられていない春華、転ぶ痛みに耐えようとしたが、それは来ず。逆に優しい抱擁を受けていた。
(? ほうよう……! 紫闇があたしを抱きしめているぅううう)
「っ、大丈夫か春華?」
尋ねると、顔面の距離が近い。上目遣いの春華の顔がそこにあった。そして、変化する表情、頬に色が急に付き始め、耳まで真っ赤に染め上がる。
言葉が何故か生まれなかった。沈黙が一分ほど続いてゆっくりと春華から離れたときだ。
「ねぇ、ネックレス着けても良いかな?」
こう切り出した。申し出を断る理由も無いので、肯定を首を縦に振ることで示すと、一瞬微笑み、先程貰った小さい紙袋からローズクォーツを取り出し首につけた。それが何の意味を示していたのか、胸にくすみながら淡く光るそれを見ると二人から笑みが零れた。
「ふふふ」
「ははは」
重なるのは平穏な笑顔。何も起こらなければそれが何時までも続けばいいと素直に思える瞬間。望めばそれは叶うだろう、だが、叶える事は難しい。想いが重なり、二人が求めあわなければならないのだから。
二人の距離は縮まった、物理的にも心理的にも。
春華の目的の地、おもちゃと書かれた売り場。
愛くるしいぬいぐるみや、人形、ままごとセット。男子を狙ったプラモデル、エアーガン、カードゲームが陳列されていた。
「懐かしいなぁ、カードやらなにやらは昔よく遊んだぜ」
「紫闇どうかしたの?」
胸にぬいぐるみを抱えながら問うてきた。
「ん、いやぁ時代を感じるなぁとつくづく思ってさ」
「なんのこと?」
「あぁまぁ気にするな、で春華はそのぬいぐるみ買ったのか?」
「うん、買った。名前はマルにしようかと思って」
「また安易なネーミングセンスだな。丸いからマルなのか?」
「そうだよ。いけない?」
頬を膨らませながら抗議してくる。
「いやぁまぁ良いんじゃないか? そいつも、お前に買われて幸せだろうさ」
「そうかな? うん、そうだね」
丸くて青い塊に白いつぶらな目を二つくっつけて、白い口を長方形にしたのが、マルと称されるぬいぐるみの容姿。
一世代前に流行った物の売れ残り、存在した意味を見出せてマルは幸せになったのだろう。心の無いぬいぐるみだが、そう思ったのは間違いない。
紫闇は書籍のところに行こうと提案した。
春華も異見は唱えず、欲しい本があるから行くつもりだったと言った。
本屋は目と鼻の先、位置的には隣にある場所だ。そこに来て二人は雑誌売り場に行く。
「紫闇はどういう本読むの?」
と、言いながら紫闇が今手にとって読もうとしている本を覗き込んだ。
「ん? 月刊武具って奴だ。最近武器にはまってさ、今やってるゲームも剣とか槍とかが出るんだよ。全部ビジュアルが格好よくてさ、たまらんのだ」
説明しながらも、ページを見てニヤニヤしている。
「ふ~ん、やっぱり紫闇も男の子なんだね。そういうの好きなんだ。じゃあ拳銃とかも好きなの?」
「ああ好きだ。昔はエアーガンとか買ってたからな、後はロボットもいいよなぁ。ロマンが詰まってるって言うか」
「へぇ……あ! これ、あたし知ってる。エクスカリバーでしょ?」
春華が紫闇の開いていた本に載っている記事を見て声を発した。
「意外だな、まさか春華が聖剣のことを知ってるとは思わなかった。何かのゲームとか?」
「ん~ん、違うよ。最近学校の図書館で妖精の本があったから、それを読んでたら出てきたんだよ。確かね、湖の妖精ヴィヴィアンがアーサー王にあげたんだったかな。でねぇ、妖精の顔がデフォルメされてて可愛かったの、思わず見入っちゃって。ほら、マルって妖精っぽいでしょ?」
「え、そうか……?」
とても妖精には見えない、むしろ菌に見えるのは気のせいだろうか。
「もう、そうなの、きっとあたしの恋の妖精に……っあ」
「────なんだ春華、好きな奴でもいるのか?」
(うん、ここに。って、あたしは何をいっちゃってるんだよぉ! いや、言葉には出してないけどさぁ……)
春華の目が泳ぎだす。
「べ、べつにぃ」
「はは~ん俺の知ってる奴だな、なら俺も協力してやらんこともないぞ?」
「い、いいよ。そろそろ、渚さんのところ行こうよ。ほら!」
紫闇の背中に回りこみ、ずいずいと前に押し出す。
「お、おい。分かったから、危ない転ぶだろうが」
「うん……ごめん」
「まぁいいや、上月のところ行くか」
雑誌を戻し、今度は後ろではなく横に並びながら歩く。春華の頬は仄かに桃色に染まっている。恥ずかしかったのだ。そして、危うかったのだ自らの気持ちが知られることが。
知ってしまってぎこちなくなるのは嫌だった。この気持ちは封印しなくてはならないのだ。今の関係がやっと戻って、また疎遠になるのはもう耐えられなかった。一緒にいると楽しい、嬉しい、安心する。離れることは辛いのだ。否、辛かったのだ。
己の気持ちを悟られていないかと紫闇の横顔を見るが、そんなことは無いようだ。むしろ、春華という人物を恋愛対象と捉えていないのかもしれない。幼馴染み、それだけで他人よりは有利に気持ちは働くだろうが、それを超えるのはなかなかに難しいことなのだ。
色々な電子音が近づいてくる。本日二度目のゲームセンターだ。
「あっちに人だかりできてるみたいだけど、あの辺にいるんじゃないのかな?」
「おう、そうだな。たしかにあいつの周りにはいつもああいうの集まるからな。俺的には、外野は少ないほうがやりやすいんだがなぁ」
主に男共の群れの中に行くと、三十連勝の文字をたたき出しながら画面に食い入る渚がいた。
「わぁ、渚さんて強いんだね」
「あぁ、あいつに勝てる奴はあんまりいないぞ、どんどん集中してくるし、行動も毎回変わってくる、一度通じないと判断すれば違う行動をしてくる。しかも、同じ行動に見えて空かし投げいれたりな。まぁとにかく強い」
「う~んいまいち何言ってるか判んないけど、とりあえず渚さんはすごいんだね。あ、なんか派手な技やった。あれ、可愛いねパジャマ姿だよ、ネコさんのパジャマか、いいね~」
「あれは、あんまりすごくは……って聞いてないのな」
春華も画面に釘付けになっている。
暫く群集とともに渚の対戦を眺めていると、挑戦者が切れたのかこちらの存在に気づいた。
「あれ、いたんだ二人とも。ごめんね熱くなって気づかなかった。どう紫闇君、楽しんできた?」
「まぁそれなりにな」
「ふぅん。どれどれ、あら、春華さん、そのネックレス似合ってるね。昼はつけてなかったのに誰が買ってあげたのかしら。ふふふ」
明らかに冷やかしの言葉を投げかけられ、紫闇は嫌そうな顔をして春華の代わりに返答した。
「はぁ、俺だ、なんか文句あるのか?」
「いえいえ、別に。私も何か欲しいなぁなんて」
「誰がお前にやるか、大体上月には十分つぎ込んだだろ」
(え……紫闇、渚さんに何かあげたの……、うぅ)
「あら、そうだったかな。まぁ、沢山戦った気はするけどね」
「そういうことだ。だから上月にやるようなものは無い」
そして、タイミングを申し合わせたかのように渚の携帯電話から着信を知らせる音が鳴り響いて、渚が携帯の通話ボタンをおした。すると、
────ナギー! 早く帰ってきて~ご飯だよ~~!────
受話音が大きいのか、それとも相手の声が大きいのか声は二人の耳にも届いた。
「え、あ、うん、ごめんねぇユミィ今から帰るよぉ、……え、ほんとに、うん、うん、そ~かぁえらいぞぉ。…………分った。じゃあまた後で、すぐ行くからね。うん、ばいばい。っと、言うことで私は帰るよ────なによ、その目」
紫闇はジト目で睨み、春華は驚きに目を丸くしていた。
「いや、ねぇ。まさかそんな喋り方するとは思わなかったし、なぁ春華」
「うん、ちょっとびっくりしたよ。妹さんなの?」
「そうよ、私の可愛い可愛い妹、ユミィって言うの。会ったら本当に可愛いって言うよ。うん、間違いなく絶対に、むしろ言え。言わないときっと後が怖いよ?」
目が本気だった。
「って、急がなきゃ。じゃあ、また三人で遊びましょう。楽しかったよ、またね」
と言葉を残し渚はいそいそとこの場を後にした。
「渚さん行っちゃったね。ご飯ってことは、あらら、もう十八時だ。時間って楽しんでると早く過ぎちゃうよね」
「あぁ、だけど良かったよ」
「え、何が?」
「ん、春華が楽しんでくれたんだったらさ。だって上月もいたから、な。まぁ、断りづらかったって言うのが一番なんだが」
「だって紫闇だもん、しょうがないよ。おひとよしって言うか、優しいって言うかさ」
「そうかねぇ、まぁいいさ。さてと、どうする? 二人で夕飯食うか、それとももう帰るか? 俺は特に用事もないし、問題はないが」
春華は一瞬逡巡し、夢の映像が頭によぎったので提案してみた。
「じゃあ海いこうよ、すぐそこだしさ」
「海? まぁいいけど、じゃあ飯はその辺で買っていくか」
「うん、そうしよう」
海、春華の夢で視た場所。そこを自ら指定し、赴く。
シャスコを出て暫く行くと、コンビニの看板が目に付いたのでそのまま予定通り店内に入り物色を開始する。
五分ほどたち、紫闇は先に買い物を済ませ春華の元に行くと、チルド飲料のところで、顔をしかめながら悩んでいた。
右手にはマンゴー、左手にもマンゴー。両方を見つめながらどちらを買おうかと、苦渋の選択を強いられていた。
「微糖マンゴー、濃厚ミルクマンゴー……味は、う~ん濃いほうが良いけど、カロリーは高いし、でも美味しい。いやいや、微糖は仄かな甘味がなんとも……はぁうぅ~」
ぶつぶつ、と誰に言うでもなく確認しながら決めかねている。
「両方買えば?」
見かねた紫闇が春華の後ろから声を掛けた。
「ふぇ! びっくりした~。早いよ紫闇。どっちもはだめだよ。だってお金も掛かるしそれに、そんなに飲めないし何よりカロリーが……」
「やっぱ、そういうところ女の子らしいな」
言葉と共に右手に持っている濃厚マンゴーを取り上げる。
「あ、何するんだよ。まだ、決めてないのに」
「俺が買う、後で少しやるよ。それで良いだろう? で、カロリーとか気にするならそっち買えば問題ないだろうが」
(うぅ、優しいな紫闇……ふふふ、しかも両方飲めるのかやったー)
「うん、じゃあ買ってくるね」
結論を下すと、駆け足で会計を済ませ二人は再び海を目指す。
道中懐かしい話しをした。
子どもの頃公園で一緒になって泥だらけになって遊んだこと、近くの小川でずぶ濡れになったこと、春華を虐めから助けたときのこと。様々な話題は途切れることなく展開された。
そして、目的の地に到着する。
陽はすっかりと落ちていて、月が満ち、夜が醸し出す雰囲気が世界を映す。波は静かにたち、水面に月と星を反射しながら深い紫色を魅せていた。
「へぇ、綺麗なもんだな。こんな時間に来ること無かったから知らなかったよ」
水平線を見つめながら紫闇は、声を発した。
「うん、今日は雲も無くて星が海に映ってとってもいい感じ」
言葉は優しく、ゆったりと、歌われるように流麗に発された。
沈黙が訪れるが、それは嫌なものではなく、自然な間だった。破るものがいなければ、永遠にこの時はこうして静かに揺蕩うのではないのだろうか。気持ちよく、思考を透明に、些細なことなどどうでも良くなるように。
しかし、それを破る音が紫闇の腹から出た。
二人は見合わせ笑った。
「ご飯食べようか?」
「そうだな」
砂浜に腰を下ろし、食す。お腹が空いていたので紫闇はささっと自らの食事を済ませ、買う予定ではなかった春華の濃厚ミルクマンゴーを軽く飲んだ。
「へぇ、結構いけるんだな」
「でしょ、マンゴーは人類の生み出した文化の極みだよ、間違いない、うんうん。って、全部飲まないでよ」
「飲まね~よ、味見しただけだろうが。ほれ」
そう言うと紫闇は一口飲んだジュースを春華に差し出した。
「ありがと」
そして気づく。これは、間接キスではないのかと。
(……恥ずかしい……いや、でも紫闇は気にしてないみたいだし、うん、でへへへ~)
考えを読み取ったのか、ジュースを見て動きを止めていた春華に声を掛ける。
「何だ、飲まないのか?」
「え、いやいや、飲みますとも。じゃあいただきます。ん、ん……たまりません、はぁ~」
感嘆の息を漏らした。間接キスの意味も含めて。
「はは、まぁ喜んでくれたなら何よりだ」
暫くの後、食事は終了した。
再び訪れる沈黙、されど嫌なものではない。自然であり、こうしていたいと思う。
此度、沈黙を破るのは春華。夢の続きを再現しようと息を呑む。
「ねぇ……」
「うん?」
「紫闇は、風音さんのことまだ好き?」
その名前が春華から出たのが本当に以外だった。
「どうした、急に」
「いいから、答えて」
この質問はしなければならない、どうあがいても避けては通れぬ関門だ。一歩を踏み出さなければ変わることなどできはしない。
心臓が脈打つ、止まらない嫌な心音。手には汗。真剣な眼差しで紫闇を見つめる。
「…………そうだな、変わらないよ。諦める理由はないからな」
真剣な声音。返す言葉は春華には辛い現実だった。
「そっか、うん。流石紫闇だよね、ずっとその人を思えるんだもん。きっと風音さんも幸せだよ」
本音だった。十年以上もその人間を好いていられるのはなかなかに厳しいのだ。
それを言ったら春華も、他の人間から告白など何度も受けているが、紫闇のことが好きだからと断り続けていたのだ。
昨今では夫婦になって離婚するなど、よくあることである。しかし、この二人は向かっている方向は違えど、同じように一人を想い続けているのだ。
「そんなことない。諦め悪い、だけだからさ」
「ふふ、あたしも似たようなものだね……」
「あぁ、春華も好きな奴いるんだっけ、俺みたいにずっと片思い一辺倒なのか?」
「うん、きっとあたしは叶うことは無いんだと思う。叶ったら、幸せなんだろうな」
この話しを紫闇にするだけで悲しみが募っていく。本人だからこそさらに報われない。
「そうか。まぁお互いに、叶うと良いな」
(────それは、絶対にありえないことなんだよ)
「おい春華、どうした」
「────え? あれ、あたしなんで泣いてるんだろう。おかしいな、悲しくなんか無いのに、あれ……止まんないや」
「お、おい」
「…………ねぇ、今だけで良いから、胸……借りて、良いかな」
小さくて聞こえないほど細い声だった。
「あ、あぁ」
ゆっくりと距離を埋める春華、そして、
「ありがと、────ぐす……ぐす……うわぁああああああああああん」
紫闇の胸に頭を預け、身を任せた。
誰も入ってくることのない空間。この温もりが暖かい、優しく受け止めてくれる紫闇の身体を離したくない。一緒にいたい、叶わないとしても、それでも、今より離れるのは嫌だ。
波の音が静かに響く中、春華の嗚咽が紫闇の耳に届いていた。何故かは分からなかったけれど、こうすることは理解できた。腕を背中に回し抱きしめる。今は、それが正しい行いなのだと思う。
嗚咽が徐々に薄れていくと、春華が紫闇の胸に手を優しく当て、離れるように力を込めた。そして、後ろを振り向き、
「ありがとう……」
言葉は震えていたが確かにそう聞き取れた。
春華が上を向き明るい声で、
「帰ろっか!」
そう、口にした。もう悲しみは無いように、悟られぬように、元気に見えるように。笑顔を貼り付け、そのまま先行した。
追うように紫闇も春華の後ろを続く、歩幅の問題ですぐに横に並ぶが声を掛けることはためらわれた。いや違うのだろう、こんなときどうしたら良いのか分らなかっただけなんだから。
コツコツとアスファルトを蹴る二人の足音が響く中、春華が声を発した。
「なんか、ごめんね……急に泣いちゃって」
「いや、気にしてないさ、まぁそんな日もあるんじゃないか?」
「うん、でもありがとう」
ふと何か話題を変えたほうがよさそうと考えた紫闇は、バイト募集の張り紙を見つけ、
「春華ってさバイトとかしてたっけ?」
と、問うた。
「え……ん~ん、してないよ。しようしようと思ってるけどなかなか良いのなくって。そうだ、紫闇のバイトっておじさんの研究手伝ってるんでしょ。どういうことしてるの?」
春華も紫闇の話題変えに便乗した。
「ん、寝てるだけだ」
「へ、それだけなの?」
「あぁ、被験者だからな。精神をどうのこうのして別の世界を体験するとか、よく分からんがな。寝てるだけだけど金貰えるんだから良いもんさ」
「へぇ……ねぇ。あたしもやってみても良いかな?」
興味が沸いた。何より一緒に居られるのだ、どちらにしてもこの選択は好ましい。
「良いんじゃないか。親父に聞いてみるよ。そしたら今度こそちゃんと連絡入れる」
「お願だよ~。まったく、紫闇すぐ忘れるんだから今日のが良い例だよ」
「いやまぁ、次からは大丈夫さ。……おっと、もう分かれ道か」
「そうだね……」
沈黙が一瞬流れた。
「じゃあ連絡、待ってるから、またね」
今日の中で最高の笑顔を紫闇に向け小走りで帰路に着いた。
笑顔には訳があって、心配なんか残したくなかったから。紫闇の気持ちを暗くなんかしたくなかったから。だから、今出来うる限りの最高の笑顔でこの日に終わりを告げたのだ。
春華は紫闇の姿が見えなくなってから、家まで一心不乱に駆け抜けた。
何も考えないように愚直に、ひたすらに。
いつのまにか自分の家に着いていて、気づいたら部屋に直行しベッドに身体を預けていた。そうしたら、考えないようにしていたことが勝手に口から漏れたのだった。
「はぁ、あたしはやっぱり卑怯者だ。進めるために今日は会ったのに、結局は紫闇の気持ちを確かめて自分の想いを言えなかった。ん~ん、言えなかったじゃない、臆病だから言わなかったんだ。……そばにいたいもん。どんな関係でも一緒にいたい。────あぁ、あたし自分が嫌いだ……」