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────違うのは、現実だからか────

 漠然とただ視える。ゆっくりと流れるような景色。吹く風を感じながら視界が動いていくのを理解する。

 右を向こうと思えば動くようだ。

 映ったのは大きな木が沢山存在しているという事実と、日差し、木々のコラボレーション。葉の切れ目から光の柱が影になっている所を照らしているという風景。

 歩いている。知らずうちにテクテクと。

 雑音が聞こえている気がするが、それは理解の範疇を超えていたので無視した。だが、何故か雑音は耳に残って離れない。音色、いや“声音”が奏でているからなのか。

 声、つまり相手が居るのではないかと、この世界で理解した。

 先程は右を向いた、ならば次は左を向けば良いのではないか。今思えばこの音は左側から途切れることなく聞こえていないだろうか。


「し……あ…………く」


 音が認識出来て聞き取れたのが、し、あ、くの三文字だった。




         §




「おい、起きろ紫闇」


 低く、重い声が聞こえた。色にして灰色といったところだろうか。


「実験は終わったんだ、いつまでもそこに寝ていられると、邪魔だ」


 何処か苛立ちを含んだ声に反応して、沈んでいた紫闇の意識が戻ってきた。 

 目を開くと白髪の男性と思しき人が立っていた。

 肩口まである髪、衰えは覗えず、背筋が伸び、筋肉も程よくバランスを保っている。そして、一番目を引くのは足元まである長い白衣だった。

 紫闇は同様に、声音にドスを利かせ、


「……そうかよ。────親父、ちゃんと金払えよ」


 父親【神無月 庵時(カンナヅキ アンジ)】に現金を請求した。


「ふん、後でやる。さっさと家に帰れ」


 鼻であしらうと、帰宅しろと命令。


「へいへい」


 いつものことと分かっているが、紫闇も命令されるのは気に食わなかった。それでも、仕方の無いことだった。父という上の人間、従うのは理に適ってはいる。逆らうのは時間の無駄ということも理解していた。よって、素直に今は従うのだ。

 これはバイト。実験の被験者になることで、自給千五百円をいただいているのだ。ただ、時間はいつも決まって四時間、計算しても日給六千円だ。

 ベッドの上に横になっているだけで現金が貰える。ボロ儲けと思えたからこそ、紫闇は引き受けた。

 実験の内容も、ばかばかしいモノだったのも理由に挙げられるだろう。

 この世には可能性の世界が無限に広がっているらしく。それを観測することであらゆる事象をコントロールするとか、まさにオカルト、ゲーム、アニメの世界、夢物語と言えた。

 そんなもの不可能だと腹をくくった紫闇だが、最近成功してきているのか、不思議な夢のようなモノを視るようになってきた。かといって、寝ている間に視ているだけなのだから対して心配もしていなかった。

 服を着直し、実験室を後にした。ここから家までゆっくりと歩くと十分程で着く。それはいつも通りのこと。

 何事も無く歩みを進めていたが、今回は思考の片隅に実験中に視た夢のような世界での“雑音”が気になっていた。

 自らの内側の記憶を辿ると、ざらざらしながら映像が流れ、何か適合する人物がいるような気がした。しかし、脳はそれ以上答えを出してくれない。何か大切なモノのようなそんな……。

 考えすぎていたのか外の闇もあったのか、いつの間にか自らの家の前に紫闇は立っていた。


「はぁ……まぁ、そんなこといつまでも考えても無駄だな。ゲームしよ」


 鍵の掛かっているドアを暗証番号で開ける。ピーっと機械音が響き家の者を招き入れた。

 伸びをしながら階段を上がった。部屋のパソコンの電源を入れ、椅子に腰掛けた。マウスをクリックしながら中途半端だったシミュレーションゲームを始めることにした。

 ゲームはとても好きで、娯楽としてもそうだが最近では生や死、善悪の良し悪しすらも学ぶことは多かった。

 集中していたのだろう、気づかぬうちに時間は午前零時を回っていた。すると、机に置いておいた携帯が震えだした。

 液晶を見ると────着信、水無月春華。

 忘レモノハ在リマセンカ…………?


「も、もしもし……」


 春華の着信の理由を考えれば、すぐに合点がいくことだった。


「あ、起きてた。今日、何曜日でしょうか?」


 声には明らかに苛立ちが含まれている。

 そう約束を忘れていたのだ。自ら掛けると言っておきながら、当日の今の今まで。


「え~と、すまん。今思い出した」

「まったく、ちゃんと遊べるんだよね?」

「ああ、大丈夫だ。で、特に案も無い訳なんだが────」

「はぁ、相変わらず計画性が無いところは変わらないという、そういうのダメだよ、直しなさい。そんなこんなで、考えてないのはお見通しだった訳です。あたしが実は考えておきました。取り敢えず、十二時に商店街の入り口に待ち合わせです。お~け~?」


 パソコンの時計を見ながら時刻を確認する。


「あいよ。すみませんね、計画性がなくて。十二時だな、りょ~かい」

「じゃあ、明日、というか今日ね。遅れないで来てよ。それじゃおやすみ」

「おう。お休み」


 時間も決まり、ゲームのきりも良いことから、紫闇はそのまま就寝することにした。

 パソコンと電気を消しベッドに横になって目蓋を閉じるが、なかなかに寝付けなかった。

 理由としてはバイトの実験であり、いつもはこんなに早く寝ないということがあったから。

 しかし最大の理由は、違う。

 思考を埋めていたのは、ざらざらした空気、映像。耳鳴りがして、くらくらと酔うような実験のときに見たカノジョ……?

 結論が、誘った。

 映る世界の変貌、それが何を意味するのか、見えているのは森だった。

 理解の及んでいるのは、思考の許容できる処まで。

 俯瞰から見えている、そして何かがいる。襲われている人間、それを空中から確認しながら、何処か識っている気がした。

 それは簡単で、知らないのはイケナイコト。

 イケナイのはいつも見て向き合っている存在。アンサーは己、神無月紫闇本人であるからだ。

 果てに自分と認識した。だが、不思議な世界だと思わない事は不可思議なこと。

 己が視える夢。それは変ではないか。

 本来夢であるのなら、視界は自分というものを認識せず始まり、唐突に終わりを告げるものだろう。だからこそこの夢はオカシイ。自分の存在が二つ在り、同調していないのだから。

 襲われている。

 視界は近くに移動して欲しいと願っているのに、都合はそう良いものではない。故に、空中から最悪の瞬間を理解する。

 襲っているのは、熊と見て取れる黒く二メートル以上あるモノ。

 愚かな彼は、腕の長さほどある木の枝を持ち、熊に戦いを挑んでいる。

 笑いがこみ上げてくるほど滑稽で在り得ない。

 自分として認識しているのなら尚更だ。武道の心得が無いのだから、熊らしきモノの豪腕に打ち砕かれ、切り裂かれ、喰われるのがオチだろう。

 さぁ進む、振るわれた腕。もう一人の、己の剣と見立てられた枝が粉々に砕け散る瞬間、残されたのは────


「うぁあああああああああ!」


 演目の終演。起き上がるのは現の己だ。


「はぁ、はぁ────はぁ……。夢、か」


 続きを想像した。あの後の自分はどうなったのかと。結果は簡単だろう。


「ったく……はぁ」


 携帯を手に取り、時間を確認すると、午前六時。


「ないわぁ、こんなに早く起きるとか……。まぁ、早起きは三文の得ってか。腹も空いたし、下で飯でも食う────」


 思考したら、その単語を消し去りたかった。ここにきて回答がふつふつと生まれた。

 そう、おそらく喰われたのだろうと、視たくないが故に自らが自己防衛にまわり、視界を強制終了させたのだ。


「……おえ。はぁあ、だるいね。飯はやめて、パソコン安定か……昨日は変な神父が久しぶりに出てきて、金ピカについて聞いたところで終わったからな、今日で全クリして、丁度良い頃に春華との待ち合わせかな」


 結論は出た。そうと決まればと、パソコンに向かい続きを再開する。紫闇はこのゲームが好きだった。

 引き込んだのはその文の力、在り方、キャラの個性。そして、正義の味方だった。




         §




 視点の変動、幾分前の過去への移動。


「はぁ、久しぶりの電話は緊張するね、まったく。紫闇、自分から掛けてくるとか言っといて忘れてるんだもんなぁ。そんな気はしてたけど。でも、明日はデートかぁ……ってあたしは何を言ってるんだ! で、デートだなんて、いや、まぁ間違いではないかな、むふふ。でも、二人で遊ぶんだしそういうのはきっとデートで合ってるから、やっぱりデートだよね。うん、へへへ」


 ニヤケが止まらず、黒く丸い猫のデフォルメされたぬいぐるみを抱きしめる。うにうに、と変形していくそれは、顔がまるで落胆を示しているようだったけれど、胸に埋められ、幸せそうにも捉えることができた。


「うん。じゃあ、早く寝よう、お休みクロウ」


 ぬいぐるみのクロウに言葉を放ちニコニコしながら、幸福な夢に落ちていく。

 深層意識が紡ぐ春華の夢。

 紫闇と二人浜辺に立ち、海に煌く月を背景に唇を合わせている。そして、それは願望の奥底に封印されたモノ。不可能だと理解する。そうなれば良いなと願う。この後、紫闇の家に手を繋ぎながら歩くという幸せな時間。如何なる妨害も赦さない甘く蕩ける空気。それが春華の夢見た理想の果て、今までの想いを押さえつけていた反動の希望。

 幼少の頃から紫闇を想っていた。

 出会いは、十年も前の話。引越ししてきた春華は、公園で一人遊んでいた紫闇と出会う。

 何故独りでいるのかと、いつか聞いたことがあった。

 返ってきた答えは──【風音(カザネ)】を待ってるんだ──と、誰だろうと子ども心に思った春華。問い掛けから生まれたのは──俺の好きな人──胸が痛かった。締め付けられ、言葉が出なかった。それからは少しだけ距離を置くことにした。遊ぶことは変わらず、何度も何度も一緒にバカ騒ぎをした。ただ、心は“氷”のままで。

 時は過ぎ小学生の終わり頃、春華は周りの愚かな餓鬼=男共に虐められる。理由は胸の発育が他人より早く、しかも大きかったことが挙げられる。牛などといった言葉から始まり、終わりなど無かった。春華も性格上相手に対して言葉を返すが、火に油だった。火は更に炎上し際限なく繰り返された。

 クラスの男子は団結して春華に嫌がらせをした。女子は、そんな春華を守ることが出来なかった。次の標的が自分に移ってしまうのが恐ろしくて。故に、孤独に戦う。

 救いは無く。先生や自分の両親に相談することも無かった。我が強かったことが、そういう結論に至らせた。

 しかし如何な屈強な心も二ヶ月が限度だった。エスカレートしていく様。耐えることが出来なかった。

 終わりを告げたのが、下駄箱に入った画鋲を紫闇に見られたことだった。それは偶然の出来事、クラスの違う二人、出会ってしまった現場。

 紫闇に問いただされるが、説明はしなかった。否、出来なかった。したくも無かったし、こんなことを知ってほしくなかった。救いが無くなって欲しくなかった。一緒にいることで安らぐ紫闇を、自らの理由で嫌なところに行って欲しくなかった。

 だが、そんなことは関係なかった。

 彼は何を考えたのか、視線の先、映ったのは春華のクラスの男子の集団。事情を聞きにいく。──やめて──心の願いは通じなかった。

 げらげら笑いながら春華を指し理由を語る子供達。

 決壊した。知られてしまった事実。救いを失った現実。涙が留まることを知らなかった。しゃがみ込み、ただ悲しみをたたえて泣いた。意識を閉鎖し、この世に絶望しようとする。救いなどこの世に無いのだと、自分は不幸なのだと理解する。

 しかし、何かが伝わってきた。暖かいと思う。守られているのだと……。

 この温もりは──開幕の合図だった。

 まずは肉がぶつかり合った音、次に人間が地面に倒れる音。次々に怒号と共に暴れる音。最後に、ガラスが砕ける騒音。

 中心に立つのは、紅い涙を零している紫闇の姿。

 救いは未だ一つ残されていた。

 春華の為に彼は拳を奮い、恐れなど無く愚かなモノ達を殴り倒した。

 後に騒ぎを聞きつけた講師陣は事情を聞くが、誰一人として回答を出さなかった。

 理解していたのだ、この行動はいつまでも続けて良いものではないと、子どもが大人になり分かっていたのだ。

 そう、きっかけが欲しかっただけだったのだ。それだけで春華への虐めは止められただろう。やめられなかった理由はもう一つあった。皆が春華のことを好きだったのだ。子どもは好きな娘をいぢめてしまう。それが虐めに発展してしまったのだ。そして押さえが利かなくなった。それだけの理由で春華は虐げられた。くだらない事実。紫闇はそれを止めた。怒りがあった。知らなかったが、この人間共を殴らなければ気がすまなかった。

 幼馴染みを泣かせたのだ、怒りが心を支配した。結果は事なきを得たが、後にその親御さん全員に謝罪をすることになる。

 だがそれは苦ではなかった。守ることが出来たから、実際嬉しかったのだ。ヒーローのように出来た自分が。仲間を守れた自分が。

 そして、春華の凍結された心は動き出す。

 自分の心に生まれた救いと想い、紫闇のことが好きだということ。初めて、人を欲した。己の為に戦ってくれた人間を得たいと思った。大切なのだと理解した。気持ちに嘘をつくのは自分を苦しめるだけだから。

 進む、時は流転しながら。

 しかし、変わらぬ想いを識る。時と反比例しながら変動しない気持ち。紫闇を想う心。だからこそ、これまで以上に共にいた。いつかこの気持ちを言うために。

 だが理解していた。それは出会った時まで遡る──好きな人──最初に言われた言葉。紫闇の気持ちは決まっていた。

 だから、自分の気持ちは結局封印するに至る。特別であるのは変わらない。一緒にいるのも。今の関係をずっと続けていく。隣に居るのは高望みしすぎなのだと。

 それは、永遠に続ける悲しい現実。己の心を一人の優しい人間に向け続けること、難しく叶え辛い事実。

 雀が朝の到来を告げた。隣にはクロウが居る。

 泣いていたのだろうか、何処か頬が腫れぼったかった。

 最初の夢は理想を奏でていたのに、後の夢は現実を知らしめた。

 今していることは何なのだろうか、……ふと、思考を埋めようとした。すると、それを否定するかのように携帯が震えた。

 同時に現在の時刻を確認する。起きるためのアラームが春華の意識を繋ぎ、今の時間が午前九時だと判別できた。


「ふぁあ、最初はよかったんだけど……むぅ、ああいう過去は滅多に見ないのになぁ。紫闇と会うからそんな夢見たのかな。ちょっと欝」


 欠伸をしながら夢への批評を飛ばす。そして、行動開始。朝ごはんのバナナとヨーグルトを食し、髪を整え、化粧をする。最後に着ていく服を選ぶ。


「紫闇はどういうの好みかなぁ……ん? ま、て、よ。夢に見た服が有るような気がする。夏服かな、引っ張り出さないと」


 箪笥の中を引っ掻き回す。時期外れの服は奥に仕舞われているのだ。しかも、約束の時間まで一時間をきった。


「まずいなぁ、早く出て来てよぉ」


 言葉に焦りが混じり、行動の速度も倍速になる。

 十分の後、目当ての品が見つかった。

 白い花柄の刺繍が入った胸元が妙に開いたちょっと大きめのTシャツ。そして、黒のミニスカニーソを探し出した。試着してみる。


「ちょっとエッチすぎるかな……いや、あたし。正夢を信じましょう。きっと、反応は返してくれる筈。う~ん、でも不安だなぁ」


 鏡とにらめっこすること二十分。


「うわぁ、やば。今から行かないと間に合わない! 仕方ない、これで行こう。うん、前向きに前向きに……進むものも進まないってね」


 己に結論を下し、そそくさと物をまとめ部屋を後にした。

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