超探偵・神之言葉~どんな謎でもちょちょいのパッ~
かつて、ミステリーに対する批判のひとつに
「探偵は真実を推理するのではなく、探偵が推理したことが真実とされる」
というのがありました。
だったらと、それを追求してみました。
●OP用主題歌(作詞・仲山凛太郎。作曲・あなた)
どんな謎でもちょちょいのパッ 思わず神もひれ伏する
すごいぞ カッコいいぞ 超探偵
●問題編
○月×日の新聞記事。
『今朝未明、某体育大学校で、同学生の高久飛武氏が死んでいるのが発見された。死体は校庭の中央に出来た、穴の中にあり、警察では、殺人事件として調査を始めている。
高久氏は走り高跳びの選手で、時期オリンピックのメダル候補とされている。彼は前日、校庭で高跳びの練習をしている途中に行方が分からなくなっていた。検死の結果、死因は全身打撲によるものと判明した。奇妙な事に体の前面は凍り付き、後面は大火傷を負っていた。
現場では前日の夜に雪が降っており、校庭を覆っていたが、穴の周囲には足跡がなく、一部からは一種の密室殺人との声も出ている』
新聞には、大学の遠景と一緒に、校庭に出来たという綺麗な人の形をした穴と生前の高久氏の顔写真が載っていた。
「神之、君はこの事件の真相を知っているというのか?」
私は目の前でシャボン玉を飛ばす男に言った。彼の名は神之言葉。自称・世界中の名探偵が束になってもかなわない超探偵である。
ちなみに、私の名前は平野盆太。自慢じゃないが、身長、体重、体脂肪率、視力から各種身体能力、学校の成績から会社の給料まで日本人の平均と同じという神之曰く「奇跡の平凡人間」である。私としては、そんな奇跡はいらないのだが。
「君にはわからないのかい。こんな単純な事件の真相が」
「わかるわけないだろう。データが少なすぎる」
実際、私は真相がわからなくてもちっとも悔しくなかった。
「データが少ないんじゃなく、君がデータを探ろうとしないだけさ。昔と違って、今はインターネットという便利なものがあるんだ。各種掲示板には、頼まれもしないのに事件に関する情報を事細かく書き込んでくれる人もいる」
「しかし、ああいうのはいい加減な情報も多いだろう」
「情報は全て発信側の主観によるものだよ。だから複数の情報、複数の視点からの情報を比べ、その上で自ら裏付けを取らなければならない。それをせず、自分の好き嫌いで真偽を決めていては真実は見えない」
言っていることは正しいと思うが、それが神之から発せられると妙にうさんくさく感じる。
「じゃあ、君はそれをしているんだね」
「もちろんさ。例えば君は某体育大学のグラウンドの方角を調べたかい? 調べれば、彼が練習していたコースが東西に延びていたことが解るはずだ。正確には、彼は西から東に向かって走り、跳んでいたんだ」
「それに意味があるのか?」
「大ありさ、逆方向に走っていたなら、彼は死なずにすんだはずだ」
私には彼の言うことがわからなかった。
「じゃあ、体の前半分が凍り付いて、後ろ半分が火傷しているというのもちゃんと説明が出来るんだね」
「もちろんさ。それだけなら何通りもの解釈が出来る。例えば、焼けた鉄板と凍り付いた鉄板に挟まれて死んだという解釈だ。しかし、状況から考えてそれを事実とするのは難しい」
「難しいも何も、そんな解釈をするのは君だけだよ」
「それだよ。君は可能性も考えず、自分の中の価値観や常識だけで見ようとする」
「僕の価値観や常識は十分真実の方を向いていると思うが」
「向いてはいても見ていないのさ。それではヒントをあげよう。彼の死体が発見された穴の形を見たまえ」
「見たよ。まるで漫画だね」
実際、その穴は綺麗に(とは言っても子供の落書きレベルだが)人の形をしていた。
「もう一つ、同じページの右下の記事を見たまえ」
右下には、
『衛星放送、一時途切れる。通信衛星のトラブルか?』
の見出しと共に、小さな記事が載っていた。
「衛星放送がトラブったのと、この事件とどう関係があるんだ? この記事だって、事件の概要がわかるだけで、真相は分からない。どうして死体はこんな奇妙な状態なのか? 犯人は、どうやって足跡を付けずに現場に行けたのか? 死体のあった穴はいつ開いたのか? 練習中の被害者を、どうやって人目に触れず、連れ去る事が出来たのか?」
「簡単じゃないか」
●神之からの挑戦状
「読者諸君。君たちの頭脳は、平野君よりも明晰だと信じている。必要なデータはすべて提示されている。この事件の真相を推理してくれたまえ」
●平野からのアドバイス
「読者さん。考えるだけ時間の無駄だ。さっさと解決編を読むことをお勧めする。わからなくても大丈夫。わかるほうが変なんだ」
●解決編
「一般に火事場の馬鹿力と言われているもの。瞬発的に、通常では考えられない力が発動することがあるのは、君も知っているだろう。高久君は高飛びの練習中に、それが発動したのさ」
「まさか?」
「火事場の馬鹿力というものは、自分の意思で発動させられるものではない。それができたら誰もが超人になれるからね。言い方を変えれば、火事場の馬鹿力という物は自分の意思とは無関係に発動するのさ」
「否定はしないけど、馬鹿力が出る時は、それを必要とする時だろう」
「君は彼が練習の時は手を抜いているとでも言うのか。スポーツ選手が本番よりも練習の時に良い記録を出すのなんか珍しくもない」
確かに。私はそれを否定できなかった。
「君の言う通り練習中に彼に火事場の馬鹿力が発動して自分でも信じられない記録を出したとしよう。でもそれがこの事件と何の関係があるんだい?」
「大ありさ。いわばそれが凶器だよ。彼は馬鹿力によって高く跳び上がり、地面に落下して死んだのさ」
思考が停止しそうになるのを私は何とか阻止する。そして言い聞かせる。落ち着け、私には常識という武器がある。
「高く跳ぶって、どのぐらいだ?」
「宇宙までさ。彼の体は引力圏を突破し、人工衛星に激突した。結果、衛星にトラブルが生じ、衛星放送が一時途切れ、彼はその衝撃で即死した。死後、彼の体は地球に戻り、校庭の中央に落下したのさ」
「馬鹿馬鹿しい。ロケットじゃあるまいし」
「ロケットだよ。ロケットを打ち上げる際、どの方角に発射するか知っているかい。地球の自転によって生じる遠心力を最大限生かすために東に向かって打ち上げるんだ。彼もそうだった。コースを東に向かって走っていなかったら、いくら火事場の馬鹿力が発動してもそこまでは跳んでいかなかっただろう」
あまりの馬鹿馬鹿しさに言葉が見つからないでいると、神之は勝利の笑みを浮かべ、
「証拠は彼の体さ。宇宙まで跳んだ時、彼は前を向く形だ。宇宙の絶対零度により、前面は凍り付いた。地球に落ちた時は逆向きだ。だから、大気の摩擦熱で後ろ部分を大火傷したんだ。突然、行方が分からなくなったのは、彼が頭上に向かって消えたからだ。校庭の穴は、落下の衝撃で出来たものさ」
「宇宙から落っこちたら地面に激突した際、肉体は木端微塵になる」
私はまだ抵抗を試みる。
「だから穴に注目しろと言ったんだ。人の形をしていると言うことは、手足を大きく広げていたということだ。つまりそれだけ抵抗が大きく、ブレーキの役目を果たしたのさ。さらに言えば、地面に激突した面積がそれだけ大きくなり、肉体にかかるダメージは小さくなる。つまり彼は死して受け身を取ったんだよ。わかるかな」
「わからないよ」
私は神之の言葉を遮り、二、三度大きく深呼吸した。
「君の推理はあまりにも常識はずれだ。ギャグマンガだって、そんな無茶苦茶はしない」
「常識という枠に捕らえられては、この事件は理解出来ないよ。ほら、日本だって千年前の蓮の種が発芽し、花を咲かせたじゃないか」
駄目だ。これ以上神之の話を聞いていたら私は非常識になってしまう。私は逃げ場を求めてテレビを付けた。神之以外の人間の言葉が聞きたかった。
テレビでは、ワイドショーの司会が信じられないような顔をしていた。
『たった今、ものすごいニュースが飛び込んできました。通信衛星なろう2号の機体に、人型の跡が発見されました。宇宙局の調べでは、人の形をした何かがすごい勢いで衝突したために生じた物で……』
映像を見て私は固まった。
人工衛星にできた人型の跡、その頭に当たる部分にくっきりと残された跡。それは紛れもない、事件の被害者である高久のデスマスクだった。
「凍り付いた状態で激突したために、こんな跡が残ったのか。指の所からは、指紋が採れるかも知れない。この衛星は回収、保存すべきだよ。人間の可能性を示す証拠としてね」
シャボン玉を飛ばしながら、神之は微笑む。
室内を漂うシャボン玉の一つ一つに、彼の会心の笑みが映っていた。
超探偵・神之言葉。彼に解けない謎はない。
●ED用主題歌(作詞・仲山凛太郎。作曲・あなた)
どんな事件もちょちょいのパッ すべての人が恐れ入る
ステキよ 抱いて超探偵
どんな謎もちょちょいのパッ たまらず悪魔も逃げ出した
イカスぞ 無敵の超探偵
(終わり)