応接間にて
思ったより早く書けました。
パッド騎士団長に案内され、紅丸と千子は石造りの廊下を歩く。
階段を昇り幾度か右に左にと交差する廊下を進むと豪華な装飾を施された扉の前に辿り着く。
「ここは応接間だ。まずは着るものを用意するので中入ってくれ。」
そう言って扉を開けると紅丸達に中に入るように促す。
言われるがまま中に入ると見た事もない造りの豪華な椅子と机が置かれていた。
すると何処からか入ってきた女が二人分の服を用意して二人の前に置き一礼してその場に控える。
あまりなじみの無い意匠の服だがこの際贅沢は言っていられない。
紅丸がその場で着替える間に、千子は別室を借りて着替えて戻ってきた。
こちらの世界の女性向けらしくどうにも落ち着かない様子だが裸よりはましと諦めたようだ。
着替えが済むと適当に掛けてくれとの言葉に従い二人が腰を落ち着ける。
「今からこの件の責任者を呼んでくる。申し訳ないがしばらくお待ち願おう。」
「わしらも少し話し合いたいことがある故かまわんよ。」
そう言って千子に視線を向けると、千子は別方向に視線を背ける。
「では私は一旦失礼するがその前に・・・・。おい!こちらに入って来い!」
パッドが扉に向かって叫ぶと、扉を開けて騎士が5人入ってくるとパッドの後ろに整列する。
「重ね重ねすまないが、ここは城の中ゆえ念のため監視を置かせていただく。とはいえ室内に置いては落ち着かないだろう。扉の前に配置するので勘弁してくれないか。」
「ふむ、ここは城の中か。それなら当然だろうの。わしらは気にせんよ。」
「そう言って頂けると助かるよ。では失礼する。お前らは客人に失礼の無いように!」
そう言ってパッドと5人の騎士は退室して行った。
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扉を出て退室するとパッドに対して騎士が口々に抗議の声を上げてきた。
「パッド団長!あのような者に気を遣い過ぎではないですか?」
「そうです団長!あの女性にならまだしもあのオーガにまで!」
「あの女にしても所詮オーガ程度しか扱えない従魔師でしょう!?」
「応接間などもったいない。我らの詰め所でも十分じゃないんですか?」
「そもそも使いの従魔にまかせっきりで当人が挨拶もせんとは!」
パッドはしばらく黙って聞いていたがため息を吐いてから手振りで皆を黙らせると口を開く。
「お前らは実際に対峙してみて相手の実力がわからんか?言っとくがあのオーガは私と同等かそれ以上に強いぞ。丸腰相手と油断すれば手痛い目に会うのは我らの方だ。」
「そんな馬鹿な!オーガ一匹程度なら私一人でも事足ります。」
「馬鹿はお前だ。あの二人は異世界から来たのだぞ!こちらにいるオーガと同じに考えるほうがおかしいだろうが。」
騎士団長にそう言われて5人の騎士からはそれ以上の抗議は出なかったが、納得の行かない顔をしている。
「あの女性にしてもいきなり丸裸で連れてこられて混乱もしているだろう。騎士として男としてそこを慮ってやらずにどうするんだ。どちらにしてもこの後の判断はストナ様が下すことだ。それまでは問題など起きぬよう丁重に扱うようにしろ。」
いいな?と念を押すとパッドは苦い顔をした騎士達を残して去っていった。
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パッド達が部屋を去ってしばらくは応接間は沈黙が支配していた。
紅丸はジッと千子を見ているのだが千子は目を合わせない。
紅丸もなんと切り出したものかと悩み言葉が出ない。
やがて硬い空気に耐え切れなくなって口を開いたのは千子のほうだった。
「・・・・一人で旅をするには男のほうが都合がよかったんだ。」
「・・・そうだろうの。」
「・・・まして仇討ちの旅だ。・・・女である事も捨てた。」
「・・・そうか。」
「名前も捨てた。・・・全てを無くした私は赤の他人に名を呼ばれることは苦痛でしかなかった。」
「そうか。」
「他に言う事は無いの?私を覚えている?あなた以外に私の名を知る者は誰もいないのよ!」
ポツポツと話す千子だが向こうを向いたままであるため表情は窺い知れない。
だが、相槌しか返さない紅丸に対しての苛立ちが声に滲んでいる。
それに対する答えはすぐに返ってきた。
「ちさめ。」
その言葉に反応してこの部屋に来て初めて千子が顔を向ける。
勢いよく向けられた顔には驚きと期待の色が見て取れる。
「すまぬ。男だとばかり思っていたのでな。女子と判るまで気付けなんだ。千雨よ、わしはおぬしが誰か知っている。名前も覚えている。あの村では最後までわしを疑っていたな?だが、村が無くなるその日までは誰よりもわしを慕ってくれていたな?・・・・・死んだと思っていた。今更だが言わせてくれ。生きて、・・・また会えて嬉しいぞ!」
そう言われた千雨は顔を綻ばせたかに見えたがそれも一瞬で顔を下に向けて呟く。
「一度私を殺したくせに・・・。」
「いや、それは、・・・その・・のぉ?」
あまり動揺を見せない紅丸もその言葉には狼狽えてしまう。
「ごめん、殺したのはお互い様だよね。ちょっとからかっただけだから気にしないで。・・・正直複雑な心境なんだ。・・・ずっと恨んできて、終に仇を討って、でもそれが全くの見当違いで、これまでの苦労はなんだったのかな?その上こんな状況で先も見えない。戻るべき場所は無く、行く当ても無い。あの時死んで終わりのはずが、とんだ生き恥よね。」
紅丸も何か言葉を掛けてやりたかったが気の聞いた言葉が出てこず、口を開きかけては閉じるを繰り返すことしか出来ない。
千雨は顔を上げ紅丸のその様子を見て言葉を続ける。
「自分の事ばっかりでごめん。混乱はしてる。紅丸は何故怒らないの?結果的に生き返ったけど逆恨みで私に殺されたのに。」
「殺されたつもりは無いでな。逃げようと思えば逃げれた。わしがわしの意思で殺させたのだから恨む道理はあるまいよ。結局千雨も道連れにした訳だしの。」
「それも今なら感謝してるぐらいだから気にしなくていいの。あのまま生きていても文字通りの殺人鬼になって討伐されるのに時間はかからなかったでしょうから。・・・こうしてまた人として生きられるのだからあなたに救われたと思っているわ。」
千雨から予想外の感謝の言葉まで返された紅丸だがその表情は晴れず苦い物を含んでいた。
何かを言い淀むようにして黙る様子に気付いた千雨が不安げに問いかける。
「一応本心から言ってるんだけど・・・信用できない、かな?」
「いや、そうではないのだ。そう思ってくれていることに驚いているし嬉しく思っている。だが、今から話すことを落ち着いて聞いて欲しい。」
深刻な顔の紅丸に千雨も何事かと紅丸を見つめ返す。
「よいか?・・・おぬしがあの時死んでなければ間違いなく刀に飲まれ悪鬼になっていた。そうさせぬために殺さなくてはならなかった。あの時は何があっても刀を手放す気は無かっただろうしの。」
「だからそれはもう気にしなくていいって言ってるじゃないか!」
「落ち着け。肝心なのはここからだ。その後に生き返ったことも幸運だったが、本当に幸運だったのはわしらが身一つで来たことだ。神隠しがそういう物なのか知らないが素っ裸になるとは驚きだった。」
「真剣な顔をしてそんな事が言いたかったの!?」
裸を見られたことを思い出して羞恥に顔を赤くした千雨が抗議の声を上げる。
「すまん、話がそれたの。あの時わしは確実に死んでいた。それはあのまま刀ごとこちらに来ていればおぬしが悪鬼になっていた。運が良いとはそういう事だ。」
「それはそんな顔をして言うほどのことじゃないね?気がかりがあるならはっきり言って欲しい。」
「・・・・・・・刀の目的が果たされた時、鬼になるとわしは言ったな?あの時それは果たされた。本来ならそれで身体は鬼に変り、心は刀に取って代わられる。だが、おぬしはその半ばで死んだ上に刀からも離れることが出来た。それで一件落着と思っていたがそう簡単な話ではなかったようだ。・・・変化がまだ止まっておらぬ。それはすなわち――――――――」
ノックの音により紅丸の口から答えが出る前に話が遮られる。
そして二人が返事をする間もなく扉が開かれた。
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